第2話 夢現(ゆめうつつ)


 目が覚めると、目の前に学校があった。


 既に学ランを着ていて、ほかの人たちのように第1ボタンを外すようなことはせず、キッチリと全てのボタンが締められていた。


 学校の時計は、ちょうど8時。

 もうすぐで予鈴が鳴る。


 桜舞う匂いを背に受けて歩き出し、校舎へ入ると、賑やかな声が聞こえる。

 今日は色んな人から声をかけられた。


「--くん!」


 机に座ると突然、女の子に声をかけられた。

 可愛い子だった。

 可憐という言葉が良く似合う。


 あれ……こんな子、いたっけか。

 別クラスかな。


「あのさ、その……私、あなたのこと……す、好きで……その、」


 モジモジとするその様子が、正直可愛くて仕方ない。

 絵になるとは、こういった事だろうか。

 漫画やアニメで見る光景が、目の前にあった。


 こんなこと、今まで無かった。

 初めて告白された。

 しかも、こんな可愛い子から!

 もちろん、僕の答えは--


「い--」





 ガバッ





 また、目が覚めた。

 2回も目が覚めるという経験により、自分の頭が混乱している。

 カーテンが日を通さないように閉められ、スマートフォンの目覚ましだけが、けたたましく鳴っている。



「あれ……」



 ドッと目の前に広がる光景を目にして、多量の冷や汗が流れた。

 ボロボロの壁や床に、綿のない薄い布団。

 破れかけたアイドルのポスターや、空になったカップ麺の容器が転がっている。


 自分はあの時より数十年も歳をとっており、伸びた無精髭がかゆい。


「夢……」


 あれが夢であってたまるか!

 そんなの嫌だ!


 そうだ!

 こうやって何度も何度も起きて寝て、起きて寝てなんて面倒じゃないか!


 それにまた、違う夢を見たらどうする。

 僕はあの夢を見たいんだ!


 彼は、静かに眠りについた。

 眠りが浅かったのか、思いのほか早く眠りについた。



「おい、こんなところでボサっとしてるな!」

「え、え!?」


 戸惑いの声が出たが、戸惑いの感情は一瞬で無くなった。

 ゲームで聴くようなものじゃない。

 妙にリアルな乾いた音を聞いた。

 銃声だ。


 自分の服装を見ると、迷彩服にヘルメットとまるで自衛隊の兵士のような格好であった。


「いいかよく聞け、この戦場では--」


 次の瞬間、彼の目が撃たれた。

 鮮血が飛び出す。


 その血を見た瞬間、自分が自分ではなくなる気がした。


「う、うわあああああああああ!」


 恐怖のあまり背を向け逃げ出した瞬間、転んでヘルメットのベルトが切れた。


(やばい!)


 反射的に背後を振り返った瞬間、自分の頭が撃ち抜かれた。



 ガバッ



 全身から脂汗と冷や汗を吹き出しながら、起き上がった。



「なんだよあんな夢!」


 俺が見たい夢はあんなんじゃない!

 あの夢を忘れていない間に、早く寝ないと……!


 さすがに3度寝になるからか、なかなか寝付けず、目を瞑っている時間が長かった。



「……あれ、どこ行ってたの?」

「あ、あれ……」


 気がつけば、机の上にいた。


 時間はまだ8時10分。

 さっきから時間は経っていないようだ。


「いや……その、さっきの返事を言いたくて--」

「う、うん……」


「ぼ、僕も好き……」


 初対面の子に何言ってるんだ。

 でも、ひ、一目惚れだし。


「ほんと!?」

「う、うん……」


 か、かわいい……!


「じゃ」


 心臓のドキドキがすごい。


「じゃ、せっかくだしどっか抜け出しちゃう?」


「大丈夫!普段ちゃんとしてたんだから、今日くらい。」

「いや、その……君みたいに可愛い子と、つっ、付き合えるなんて、夢みたいだと思って。」

「あ、夢みたいって思ってる?」


 イタズラっぽく彼女は笑うと、その口元をニィイと笑った。


「じゃあ、夢じゃなくさせてあげるね。」



 ガバッ



 目が覚めたような感覚がした。


 気がつけば、ボロボロの壁や床の部屋にいた。自分は綿のない薄い布団にくるまり、破れかけたアイドルのポスターや、空になったカップ麺の容器が目立つ。


 あれ、夢でも見てるのかな。

 覚めろ、覚めろ。

 あれ、つねっても目が覚めない。


 あの子に会いたいのに!


 夢から覚めないと。

 つねるより強い衝撃があれば起きるかな?


 ガンガン


 地面に頭を叩きつけても目が覚めない。


 そうだ!

 夢の中であれば、死んだら目が覚めるはず!


 さっき、頭撃ち抜かれた時もそのおかげで目が覚めたじゃないか!


 僕は包丁を持ち出して、自分を刺した。


 血が暖かい。


 よかった!

 これで、これでようやく眠れる!


 そのまま床に倒れ込むと、スウッと自分の体が宙に浮くような浮遊感を感じる。


 そして、自分の意識が今までの中で一番早く無くなった。

 一瞬で意識は無くなった。


 これで現実に戻れると確信し、浮遊感を感じ始めた頃、一匹のゴキブリが僕の体を這っているのが見えた。

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短編集:やいばのハンドスピナー 蔵薄璃一 @licht_krauss

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