Answer.

みなとくん、好きって何なんだろうねー」


 斜陽の差し込む図書室のカウンター。予定されていた蔵書整理も終わり、私は書庫から出てきた湊くんにそう問うた。

 担当である私たちだけが居残るのは少々癪だったが、晴臣とばったり出くわすリスクを考えると、今日はこれで良かったのかも。


「それって、友情的? それとも恋愛的?」


 湊くんは私の横にある椅子に座りながら、そう訊き返してきた。


「恋愛的に、好きって何なのかなーって思って。もちろんふわふわとはわかるんだよ。でもさ、実際どういうものなのか説明できるわけでもないから」


 れっきとしたスポーツマンである晴臣とは違い、いかにも文学少年な風貌の湊くんに訊いたとしても好きの感覚は別なのかもしれない。しかし、男子がどのようにして女子の好意を持つのか気になった。

 そもそも、仲良くしている男子というのが晴臣を除けば、委員会が同じ湊くんくらいだったから他に相手もいない。


「えっと……」


 もじもじと小さくなりながら、湊くんは話し出した。


「前提として、好きの基準は人によって違うと思うんだ。だから僕自身の基準を話すけど、好きって気持ちは一緒にいたい、一緒にいて幸せに感じることなんじゃないかな」


「でもそれって、友達とか家族と一緒じゃない?」


 私は別に、晴臣といる時だけ幸せを感じるわけではない。みそらといるときも、両親といる時も、もちろん今だって幸せだ。


「恋っていう感情は友情の先にあって、仲良くなるにつれて同性の友達でいう親友、そしてそれを超えた存在になりたいって思いだと思う。ああ、でもこれは対象が異性に限った話。多分同性に向けての好意は、また違ったニュアンスがあると思うよ。残念ながら僕にはよくわからないけど」


 一緒にいたい、一緒にいると幸せに感じる。

 私は椅子と一緒にぐるぐると回りながら考えていた。私は、晴臣と一緒にいる時に幸せと感じているのか。晴臣との日常で、不快に思ったことはない。裏を返せば幸せなのかも。

 みそらは「相手にドキドキするか否か!」って言ってたっけ。

 その瞬間、突然彼の顔がフラッシュバックしてきた。彼の優しい顔が、不意に現れたのである。

 咄嗟に顔を覆った。なぜだか本能的に、今私がしている顔を見られたくない思いが溢れてきた。


「ねえ」


 私は天井を向きながら湊くんに問いかける。手で覆っているから、目の前は真っ暗なままだ。


「幸せに感じる時って、たとえばどんな時?」


 湊くんは少し間をあけて、話し出した。


「好きな人の顔を思い浮かべた時とか? あと、僕にとっては今この瞬間も」


 ニンマリしていたと思う。我ながらとてつもなく緩んだ気持ち悪い顔をしていたと思う。不意に笑いが込み上げてきた。

 私、好きだったのかも。ずっと前から、好きだったのかも。

 ガバッと私は椅子にもたれかかっていた体を起こし、湊くんの方を向いた。湊くんは、当惑した様子でこちらを見つめている。


「ありがとう。私何か掴めた気がしたよ。まだ断片的にだけど、さっきより確実に、ちゃんとした答えの方を向いてる気がする」


 湊くんは私の言葉を聞いて捉えどころのない表情を浮かべている。


「ごめんね、変なこと訊いちゃって。最近、というか今も色々と難問が湧いてきたもので、色々な人の意見を聞きたくて」


「ううん、別に遙さんが悪いわけじゃなくて、その、また何かあったら相談してよ。いつでも相手するから」


 ともかく、私は何か掴んだ気がした。そしてその掴んだ何かを決して離したくないと思った。


「じゃあ私は帰るけど、鍵返しておこうか?」


「いや、僕はもうちょっとここに残るよ」


 湊くんは大きく首を振った。


「そっか、じゃあね」


 私は湊くんに手を振ってその場を後にした。なぜだか無性に、風に当たりたい気持ちになっていた。

 結局、私は何か後押ししてくれるものが欲しかっただけかもしれない。自分が、彼のことを好いているという事実を裏付ける何かが欲しかっただけなのかもしれない。

 そのどちらにせよ、少しずつ、私は真の答えに近づいている気がした。

 この気持ちって、すごく残酷で、すごく素敵。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すから始まってきで終わる 茂 幸之 @122370

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ