出会う

 自分の手を掴むその手が丸みを帯びているのを見るに引っ張っているのは女性らしい。

 自分の手を握る手を見ているうちに、彼女に対して様々な疑問が浮かぶ。自分なんかをなぜ助けたんだろう、なぜここにいたんだろう。あげてもらったら聞けばいい、今は目の前のことに集中しよう、そう思い切り替える。

「うんしょ、うんしょ。」気の抜けた掛け声と共に体が持ちに上がっていく。よく見れば女性の腕は細いながらも引き締まっている、日頃から力仕事をしている証拠だ。

 そして彼女の「よいしょ」というう掛け声ビルの上まで勢いよく引き上げられる。 

 彼女の前に座る。

 彼女は無事引っ張り出しだせたので、安心したように大きく息を吐き、額の汗を拭い取る。

 「ありがとうございます。」目を合わせることができず、下を向き感謝を述べる。しかし、それ以上の言葉が出てこない。聞きたい質問も言えない。何をいえばいいのか、いくら頭を絞っても出てこない。

 彼女は痺れを切らし、大きく空気を吸い込み一言。

「この、くそ馬鹿野郎が!」

 その細い体からは考えられない程に大きい声、その容姿につかわない罵声が、予想外に自分に飛んでくる。その言葉からは普段使ってないことからくる、拙さがあるように見える。

 ぽかんとしているうちに、さらに彼女は畳み掛ける。

 「私はさ、あなたのことはほとんど知らないけど、でもあなたのその死は心の底では満足していないようにしか見えない。そんなんで死んだら後悔するよ。」

 女性は尋常じゃないほど怒っているようだ。その怒りは心の底から自分を心配し助けになりたい、そんな想いが伝わってくるようだ。ビリビリと体が痺れていくようなそんな感じだ。

 おもいだしてみれば、こういうふうに怒られたのは始めてた。自分が受けてたのは期待か同情だけ。そのせいなのか、怒られているこの時間がとても心地よく感じた。

「……。それで、言いたいことはもうないけど。軽く話そうか、それでなんか聞きたいこととかある。」

 一通り話終わると満足したような表情になる。

 彼女に対して聞きたいことは山程あった、その中でも最初に聞くべきじゃないかもだけどどうしても知りたいことがあった。

「あなたの名前はなんですか?」

 理由よりも、自分を助けてくれた人のことが知りたい聞いておきたいと思った。

「なるほど、私の名前は横浜桃花とうか、桃に花と書いて桃花よ。気軽にモモって呼んでね。趣味はテニス、それなりにうまいんだよ。」

 モモさんは間を開けたあとそう答える。

「まあ、とりあえず。見下ろして話すのはあんまり好きではないから立ち上がってもらえるかな?」

「えっと、はいわかりました。」

 立ち上がってみて初めて分かったがモモさんは自分よりもだいぶ大きく、目を合わせるには、見上げないといけない。自分が女性の平均身長の同じだということを加味しても大きい、ももさんは170はあるだろう。

「それで、そっちは名前はなんていうの?」

「僕の名前は天野小幸こさち22歳です。一応探偵をしています。趣味はミステリー小説を読むことです。」

「ええっ‼︎ちょっと待ってちょっと待って、天野くん22歳⁉︎全然見えないんだけど。」

 モモさんはのけぞり口を大きく開け、まるで漫画の様な驚き方をしている。

 この身長なうえ、童顔なので勘違いされることは馴れているが、ここまで驚かれるとは思わなかった。

 今さっき聞けなかったことを聞こうと思い口を開ける。

「あの……」

「天野くんってって、二日ぐらい仕事休んで家開けたりできる?」

 モモさんの発言と自分の言葉が被り打ち消される。

「できますよ。今、一人暮らしで自営業なので大丈夫です。」

「それでさ、提案なんだけど私、山陰木崎旅館の女将の見習いをやってるんだ。私がいる旅館にで泊まらない?明日の分の予約、ちょうどキャンセルが出ちゃって、困ってんだ。」

「山陰木崎旅館ってあの有名な?」

「そうよ。」

 モモさんのことをただものではないと思っていたけど、山陰木崎旅館の女将見習いだったとは。

「いいんですか?山陰木崎旅館って、最上級の旅館で一般人が軽い気持ちで行っていいようなところではないんじゃないですか?」

「大丈夫だよ、うちの旅館の客は著名な作家や脚本家などが多いんだけど、そういう人たちは大抵変人で周りの人のことなんて気にせず自分のことしか考えてないから、大丈夫だよ。」

「なるほど。そうなんですね。」

「私もうやらないといけないことがあるから、もう行くよ。だから、これ旅館の電話番号。わからないことがあったら聞いてね。最後に、死なないでね。」

 モモさんは、右手の文字盤がないシンプルな腕時計をみて、そう言ったあと雨でぬれ、しわしわの紙を自分に握らせ去っていた。

 1人になった、また静かで無機質な空間が広がる。

 その中で考え事をする。彼女に最後まで理由について聞けなかった。それに、彼女は何か変な感じがする。彼女には何かがある。でも、彼女の自分を思ってくれたきもちだけはほんとうだった。信じたいけど信じられない、行き場のない気持ちが心が覆っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

探偵はいつ死ねるか 工藤佐々木 @black_kuro777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ