第一章 ゴブリンたち 第9話 カレンバッハ男爵。

 出発は早朝。

 ヴラツロフ辺境伯の屋敷前には、ヴラツロフ辺境伯家のヘラジカを図案化した家紋が付けられた馬車が停まっている。

 その馬車にはすでにヘンリクが乗り込んでおり、ヴラツロフ辺境伯は乗り込む前に娘デルフィナに最終確認をしている。


「決してやりすぎるなよ?」


 と。


 ヴラツロフ辺境伯が乗り込むと、馬車は走り出し王都ヴァルミナへと向かう。ヘンリクの部下とヴラツロフ辺境伯家の騎士一〇名とその従卒三〇名を含めて。


 父を見送るデルフィナも、愛馬に跨ると部下たちに号令をかけようとするのだが、


「父上にも念を押されたようだが、自分の立場を考えて行動するんだぞ。」


 と、見送りに来ていた長兄アウグストに言われる。


「私ってそんなに信用がないのですか?」


 不満そうに唇を尖らせ、デルフィナは抗議する。


「そういう表情を見ると、年齢相応なんだがなあ。」


 次兄フレデリクがそう口にする。

 どこか背伸びをしようとする傾向が強く、それが故に実年齢よりも上に見られる妹が親しい者にしか見せない表情だ。


「普段の行いを省みれば、俺たちが信用しきれない心情も理解できると思うのだが?」


 長兄アウグストは容赦のない言葉を吐き出す。


「な、なんのことでしょうか?」


 露骨に視線をアウグストから外して、話を逸らそうとするが、


「特に今回は、より慎重さが必要なのだということを、その頭に入れておくように。」


 アウグストから念を押される。

 長兄にしても、これ以上言及する気は無いようで、


「カレンバッハ男爵領は、この辺りよりも冷えると聞く。

 なるべく暖かくなるような服装で行きなさい。」


 先ほどと違って、優しい口調で忠告する。


「はい、革鎧の中には綿入れを入れておりますし、外套マントも保温性の高い物を用意しております。」


 デルフィナはそう返事をする。


 アウグストは妹の返事に頷くと、妹の隣に立っている初老の騎士に向かって、


「色々と迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼むぞ、ギュンター。」


 ギュンターと呼ばれた騎士は恭しく一礼すると、


「デルフィナ様のお転婆ぶりには慣れておりますゆえ、ご心配は少なくて済むかと思います。」


 そう答える。その答えにアウグストは笑い、フレデリクは苦笑している。

 確かにギュンターはデルフィナに付けられてから長く接している。なにせ、デルフィナが自分の部下を持ちたいと言い始めた時から付けられており、その期間は一〇年に達する。

 なぜ騎士を付けたかといえば、父ヘンリクがお転婆娘が言いそうなことを察して、軍事教練ができる者として付けたのだった。

 ただし、若い女性の中に男一人では色々と外聞もあるため、付けられる者には二つの条件が課されていた。

 それは、妻帯者であることと、その妻も同様に軍事的知識を持っている者ということ。なので当然ながら、この場にはギュンターの妻がいる。


「デルフィナ様、そろそろ出発しませんとカレンバッハ男爵の元に到着するのが日没後になってしまいます。」


 ギュンターの妻アンナの言葉にデルフィナは頷き、


「ではお兄様方、行ってまいります。」


 そう言うと、部下たちに号令をかけて馬を走らせる。


 デルフィナとその部下二〇騎はカレンバッハ男爵の元へと旅立った。



 ーーー



 夕刻。


 デルフィナの部隊の先触れとして駆ける女騎士一人と、その従卒三名。

 ヴラツロフ辺境伯の統治する地域では、駅伝制が整えられており、替えの馬も駅亭と呼ばれる休息所に用意されている。

 それらを活用して、カレンバッハ男爵領へと駆けていく。


 カレンバッハ男爵の本拠地である小都市カリシュの城門を潜り、カレンバッハ男爵の屋敷の門前に辿り着く。


「開門!!ヴラツロフ辺境伯よりの使い、デルフィナ様の部下クロエが先触れとして参った!!」


 女騎士は兜を外して門番兵にそう呼びかける。


「なにっ!?クロエ様だと?」


 門の中が騒がしくなり、門に併設されている物見櫓からクロエに向けて灯りが照射されるのだが、この灯りにクロエが驚く。


「魔法か?!」


 思わずそう口にするが、魔法の発動に必要な魔力が使われた様子は無い。


「クロエ様だ!間違いない!!」


 門番が大きな声をあげ、それが合図のように門が開かれる。


 開かれた門を通り、クロエと従卒は中に入って行く。


「クロエ、久しぶりだね。」


 声をかけてきた方を見ると、そこにはカレンバッハ男爵家当主にしてクロエの父親であるカールが立っている。


「伝書鳩も送られてきたから、少しは事情は理解しているが、詳しいことを教えてもらえないか?」


 カールはそう言って屋敷の中に入っていき、クロエもそれに続いて屋敷に入っていく。

 屋敷の中に入ると、懐かしい面々がクロエを出迎えている。


「お嬢様、御帰りなさいませ。」


 最初に声をかけてきたのは執事長を務めるエミル。


「お帰りなさいませ、お嬢様。」


 侍女長のエラが会釈をしながら挨拶をする。


 出迎える者たちと挨拶を交わしながらカールの書斎へと入っていく。


「デルフィナ様が来られるまで、大して時間は無かろうが少しは互いの状況説明をするとしよう。」



 ーーー



 デルフィナたちは到着後、入浴を進められている。


 入浴後、カレンバッハ男爵の待つ大広間にて晩餐となるのだが、その大広間に入って驚く。陽も落ちているにも関わらず、この大広間は昼間であるかのように明るいのだ。

 灯りの魔法でも使っているのかとも考えたが、魔力の発動は感じられない。蝋燭ろうそくなのだろうかとも考えたが、大広間全体を昼間のように明るくするほどの本数などそうそう使えるわけではない。


「驚かれているようですね。」


 カレンバッハ男爵の言葉に、


「ええ、とても驚いています。大広間をここまで明るくできるとは。」


 その言葉を聞くと、執事長のエミルに目配せする。するとエミルは何かを取り出すと、それを天井に向けて何やら操作する。

 その操作に合わせるかのように、大広間明かりは暗くなっていき、真っ暗になったかと思うと今度は一気に元の明るさに戻っていく。


「これは一体どんな魔法なのだ?」


 ギュンターは驚きの声をあげる。


「魔法ではありません。電灯というものです。」


「電灯?」


「はい。この街では街中を通っている用水路に発電機というものを取り付けておりまして。そこで電気を作り、それを利用したのが電灯なのです。」


「ほう。」


 と呟きはするものの、どういうことなのかは理解不能である。


「カティン大森林のゴブリンたちは、私たちには理解できない“電気”という技術を扱い、さまざまなことをしております。

 それゆえに、私はゴブリンたちと本格的な接触をしようと考えたのです。」


 カレンバッハ男爵がそう語っている間に、料理が運ばれてくる。

 前菜から始まる、本格的なコース料理だ。


 途中、アンナが声をあげそうになるが、それをギュンターが制している。その後、デルフィナに目配せしたところをみると、後でまとめて疑問を男爵にぶつけるつもりなのだろう。 


 デルフィナとその一行は食事をしっかりと楽しんでいた。



 ーーー



「男爵。見事な料理の数々、ありがたく思う。」


 ここでデルフィナは一旦言葉を切ると、食事中に感じた疑問の数々をぶつけていく。


「食前酒の葡萄酒ワイン、とてもよく冷えていた・・・・・・・が、どのようにして冷やしていたのか教えてはいただけぬか?」


 葡萄酒は基本的に冷暗所に保管してあるものであり、それなりに冷えているものではあるが、出された葡萄酒はそれで説明できるものではなかった。


「それは、冷凍・冷蔵庫なる道具にて冷やしていたのですよ。

 葡萄酒だけではありません。前菜の時に出された“冷製スープ”もですし、食後にお召し上がりくだされた“アイスクリーム”もなのですよ。」


「では、前菜のサラダに使われていた野菜は?一部には、この時期には採れぬものが使われていたようだが?」


「その野菜は、ゴブリンたちから購入いたしました。なんでも、時期を外れたものでも収穫できる方法があるのだとか。その方法は、カティン大森林近くの村々に教えても良いとのことです。」


 カレンバッハ男爵は澱みなく答えていく。


「なるほど・・・」


 カレンバッハ男爵は嘘を言ってはいないだろうと、デルフィナは判断する。だが、ゴブリンたちがそれだけの技術を元々持っていたとは考えにくい。


「私がゴブリンたちと本格的な接触を持とうとする、その理由はお察しいただけたでしょうか?」


「男爵の言い分は理解した。だが、本音のところはどうなのだ?

 ゴブリンたちがそれだけの技術を突然持ったなどとは、私には到底思えぬのだが。」


「やはりそこを追求されますか・・・。」


 男爵は腕組みをし、少し考え込む様子を見せる。


「2年ほど前、空に浮かぶ島が通って行ったことを覚えておりますかな?」


「覚えている。あの島を探索させようと王都では虎の子の天馬騎士ペガサスライダーを動員して探らせようとしていたと聞く。」


 好奇心旺盛なデルフィナは、なぜ自分が天馬騎士ペガサスライダーでなかったのかと、悔しかったことをよく覚えている。


「まさか、ゴブリンたちはその島の住人と接触したのか?!」


 男爵があの島のことを話したということは、その可能性が高いと見ているのだと気づく。


「当のゴブリンたち、そしてゴブリンと行動を共にしていた女たちの口振りでは、そう判断せざるを得ない状況です。」


 男爵はそう言うと、グラスに残っている葡萄酒ワインを一気に飲み干す。


「申し訳ありませんが男爵。」


 ギュンターが、申し訳なさそうに言葉を発する。


 ギュンターはあくまでも副官であり、騎士ではあっても爵位を持たない以上、デルフィナの前にしゃしゃり出るようなことは避けなければならない。


「ギュンター、何かあるのか?」


「ゴブリンたちは女性たちを襲うと聞いております。

 それなのに行動を共にしている女性というのが、腑に落ちないのです。

 その女性がゴブリンたちの奴隷というのであれば、話は変わりますが。」


 下手に交流を進めれば治安の悪化を招きかねないのではないか、言外にはその意が込められている。


「そのことか。

 私も疑問に思って確認したが、今回の相手にはその心配はいらんだろう。」


 男爵はそう答える。


「その理由は?」


「ゴブリンたちが人種の女性たちを襲うのは、幾つかの理由があるとのことでな。

 その理由というのは・・・」


 男爵が語る理由をまとめると、人種の女性たちを襲うゴブリンたちには共通した理由があるのだという。

 それはそのゴブリンの所属する集団が、抗争に敗北した結果、住んでいた地域から押し出された結果として人種の集落を襲い、自分たちの種を増やすために女性たちを凌辱するのだという。


「今回の交渉相手となるゴブリンたちは、安定した社会を築いており、またその社会を守れるだけの力を持っている。

 ゆえに、ギュンター殿の心配は杞憂であると考えているよ。」


「なるほど。」


 ギュンターは納得したように頷く。


「さて、今夜はもう遅い。

 明日も早くから出発するのであろう?」


 男爵はクロエに視線を移しながらそう言い、それを合図に晩餐は終了し、デルフィナと部下たちはそれぞれにあてがわれた部屋へと案内されていった。

 《《》》

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異世界にて天空の城をもらいました〜思うままに過ごしていたら、大魔王と呼ばれてしまった〜 久万聖 @Kuma1973

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