大文字伝子が行く54改
クライングフリーマン
総子の結婚
======== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。
大文字学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。階級は巡査。
愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。巡査部長。
青山たかし警部補・・・久保田警部補の後任。愛宕の上司。
物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。
依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。
小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京の企画室長。依田と結婚した。
福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
鈴木祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。後に福本と結婚した。
久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。
橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。
渡辺副総監・・・警視庁副総監。
金森和子空曹長・・・空自からのEITO出向。
増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。
青山警部補・・・丸髷署生活安全課刑事。愛宕の相棒。
大町恵津子一曹・・・陸自からのEITO出向。
田坂ちえみ一曹・・・陸自からのEITO出向。
馬越友理奈二曹・・・空自からのEITO出向。
右門一尉・・・空自からのEITO出向。
服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。
山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。
みゆき出版社山村・・・伝子と高遠の原稿を担当している。
本庄尚子弁護士・・・本庄病院院長、本庄虎之助の姪。
幸田仙太郎所員・・・南部興信所所員。総子のことを「お嬢」と呼ぶ。
中津健二・・・中津警部補(中津刑事)の弟。興信所を経営している。
南部寅次郎・・・南部興信所所長。江角総子と結婚。
江角総子・・・伝子の従妹。南部興信所所員。
大文字綾子・・・伝子の母。
江角真紀子・・・伝子の叔母。
江角徹・・・伝子の叔父。
天童晃(ひかる)・・・かつて、公民館で伝子と対決した剣士の一人。
筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。伝子と一時付き合っていた。警視庁副総監直属の警部。
久保田管理官・・・EITO前司令官。斉藤理事官の命で、伝子達をEITOにスカウトした。
久保田警部補・・・あつこの夫。以前、愛宕の相棒だった。
早乙女愛巡査部長・・・白バイ隊隊長。
逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部と結婚。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。
草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。元ホワイトハッカー。
藤井康子・・・伝子のお隣さん。
=======================================
午後2時。大阪。ハルカスに程近い、黄金ホテル大阪。
南部寅次郎と総子の結婚式場。挙式を終え、披露宴が行われていた。
「お色直しが多いのはいいけれど、来賓は・・・質素ねえ。」と伝子の叔母、真紀子が言った。
「そうだな。こちらは綾子さんと伝子さんと学君。南部さんの親族はなし。」と、伝子の叔父、徹が言った。」
伝子が「南部さん側、新郎側は興信所の社員さん。来賓は中津さんと本庄弁護士、と数名の取引先。寂しいわね。」と言うと、伝子のスマホが鳴った。テレビ電話だった。
「慶子か。」「先輩。中継して下さいよ。」「いいけど、こんなだぜ。今3回目の色直し中だ。今度は普通のワンピースだな。」
案内係に案内されて、なぎさが伝子達のテーブルに着いた。「遅れました。すみません、おねえさま。お久しぶりです、江角の叔父様、叔母様。」
「あの頃とは随分違ったな。」「栄養失調だったのよ、おとうさん。」と真紀子は徹を窘めた。
午後4時。
披露宴は何事もなく終わった。伝子達は、総子が暴れるのではないか、とヒヤヒヤしたが、事件は起きなかった。綾子と伝子夫妻は、新郎新婦と同じ、このホテルに泊まることになり、なぎさは江角夫妻の家に泊まることとなった。
午後5時。ホテルと目と鼻の先の距離の江角家に着いた、なぎさは感動した。真紀子が、なぎさの為に、と『関東だき』という名前で知られる、おでんを煮込んでくれたからだ。確かに、おでんと随分味が違う。
「お父さんの転勤で、くっついて来て、大阪に根を下ろしたから、すっかり大阪文化に馴染んだけど、総子、バリバリの関西弁で驚いたでしょう?」となぎさに真紀子は尋ねた。「ええ。前々から違和感はありました。」
「総子はね、小学校1年から、こっち。だから、小さい頃は、伝子ちゃんがオムツを替えたこともあるのよ、『いっさ』。」
「そうですか。あ。私は、なぎさでいいですよ。おねえさまには、いつもそう呼ばれているし。」「おねえさま、って呼んでいるの?伝子ちゃんのこと。女同士のアレ?」
「いえ、尊敬です。年上ですし。他のメンバーにも、そう呼ぶ者もいます。あ。先輩って呼ぶ者もいます。」「みんなに好かれているのね。」
「それで、総子ちゃんは、同級生の影響ですか?」「本人は、『バイリンガル』って言っているけど、本当はイジメにあって、矯正したの。」「転校生イジメですか?」「そう。」
「地元の子供より関西弁、というか大阪弁になったわ。喧嘩も負けたことない。」
「まあ、そうでしょうね。おねえさまへの対抗意識も旺盛ですよね。」「姉妹みたいに育ったせいね。姉妹って、妹が姉に対抗意識持つものなのよ。大体そんなもの。綾子を見てて分かるでしょ?」「私は、あまりお話をしたことが無いんですけど、ある事件をきっかけに柔らかくなった、っておねえさまから聞いています。」
「さ、暖かい内に頂きましょう。おとうさーん。」自宅で畳職人をしている、徹が顔を出した。「今日は早めの夕飯だな。伝子ちゃんの話、たっぷり聞かせてくれないか。」
「喜んで。」と、なぎさは笑った。
午後7時。白浜温泉のホテル。
和風の部屋で、依田と慶子が寛いでいた。「昨日はアドベンチャーワールドに、とれとれ市場。今日は熊野古道。疲れたわねえ。やっぱり旅行も楽じゃないなあ。」と依田が言うと、慶子が「世界観が変わった?」と浴衣を脱いで、言った。
「また、子作り?」「ここはお部屋にも温泉風呂があるのよ。露天風呂も悪くないけど、昨日満喫したし、今は雨がざあざあ、だし。」「分かったよ。」
依田が服を脱ごうとしたその時、時計の音がした気がした。おかしい。ホテルの部屋は和風ではあったが、時計はない。依田はスーツケースを開けてみた。見知らぬパンダの小さな縫いぐるみがあった。その隣には、小箱が。時限装置?依田は、脱いでハンガーにかけてあった服から、DDバッジを取り出し、押した。
「慶子ちゃん。服を着て。逃げるんだ。時限爆弾だ。」慶子は慌てて服を着た。
二人が逃げようと部屋を出ようとした時、中居が入って来た。
「時限爆弾ね。解除します。」と、依田と慶子に言った中居は、あつこだった。数分後、時限装置を解除した。懐からガラケーを取り出し、「時限爆弾でした。解除しました。処分お願いします。」と、どこかへ連絡した。「そのガラケー。」
「そう、通称大文字システム。なるべくスマホを使わないように、って言われているの。盗聴防止に。依田さん、慶子さん、良かったわね。それとなく見守っていたの。後はEITOから処分しに来るわ。地元の警察が絡むと、何故依田さん達が狙われたか問題になるからね。」
午後8時。黄金ホテル大阪。
南部夫妻と大文字夫妻、大文字綾子が南部の部屋に集まっていた。「離婚?いい加減にしなさい。総子ちゃん、あんたが絶対に間違っている。」と、綾子は説教した。
「さっき、依田達が危うく時限爆弾で吹き飛ばされてしまう所だった、と連絡が来た。このホテルだって、安心は出来ない。総子。お前をEITOの準隊員にしたのは。大阪方面を守らせる為だ。調査員をする傍ら、『正義の味方』」を貫くんだ。私たちと合流するかどうかは事件による。正式に南部さんの妻になったんだから、南部さんに従え!夫を悲しませるような行動は、慎め!」
「伝子。私の部屋をお仕置き部屋に使いなさい。」「お義母さん、いくら何でもそれは・・・。」
3人の説諭に、南部は「皆さん、ありがとうございます。総子。分かったな。じゃ、本来の仕事をします。」
高遠と伝子、そして、綾子は南部の部屋を出た。「貴女たちも『本来の仕事』に励みなさい。子作りよ、婿殿。」
翌日未明。
泥のように眠っていた高遠達は、けたたましい非常ベルの音に目が覚めた。
「別館の方で火事が発生しました。新館のお客様は部屋で待機願います。」というアナウンスが館内に流れた。
伝子と総子は別館に走った。途中にあった、消火器を持って。「総子。避難誘導を頼む。」「分かった。」
別館に着くと、煙が充満しつつあった。消防車はまだのようだった。
「先輩。放火です。」と、金森が近寄って来た。「スプリンクラーが何故か作動しません。」「金森。ブーメランを持っているか?」「はい、ここに。」「スプリンクラーの横に投げてみろ。」「はい。」金森は言われた通り、投げてみたが、無反応のまま返って来た。それを掴んで伝子が投げる。返って来たブーメランを金森が投げる。また返って来たブーメランを伝子が投げる。数回繰り返す内、スプリンクラーの先頭部分が内側に外れ、スプリンクラーから水が噴出した。
近くで見守っていた従業員に伝子は、「他の場所は?」と怒鳴った。「ご案内します。」と、従業員が怒鳴り返した。
3人が、別のスプリンクラーの場所に移動した。今度はスムーズにスプリンクラーは水を噴出した。消防車が到着した。
「もう、新館には戻れません。本館の方から出ましょう。」そう言って、従業員は伝子と金森を誘導した。本館の裏口から出ると、他に誰もいなかった。
「ブーメランで、この拳銃が落とせるかな?」と、従業員は笑った。
「マッチポンプとは、よく言ったものだ。責任者クラスならともかく、スプリンクラーの場所をすんなり、煙の中を案内出来るのは不思議だったよ。あっぱれだ。」
「天下の大文字伝子に褒められるとは光栄だね。」その時、どこからかメダルが飛んできて、従業員の拳銃が跳ね飛ばされた。従業員は痛さに顔をしかめ、前屈みになった。
金森が、すかさずハイキックを見舞った。
「総子、よくやった。」「流石、大阪支部やろ?これで、正隊員かな?」「まだポイント1だな。」金森は笑って、従業員を抱え上げて、走って去った。
翌日午前7時。
別館は、漸く鎮火した。本館ロビーで待機していた伝子に支配人が挨拶に来た。
「南部様。いつもお世話になっております。お尋ねの従業員ですが、当社の者ではありませんでした。従業員用の法被が紛失しております。また、今警察が調べていますが、防水設備に手を加えられたようです。大文字様、ご無事で何よりでした。EITOから連絡がありましたので、火事は事故として内々で処理致します。お泊まりの皆様にはモーニングバイキングをスペシャルメニューにしましたが、大文字様ご一行には、お部屋にロイヤルメニューをご用意致しました。どうぞ、お部屋にお戻り下さい。」と支配人は言った。
伝子達が、部屋に戻ると、間違いなくロイヤルメニューだった。「朝からステーキか。食べたら、子作りだな、学。」
「体、持ちませんよ、伝子。あ、理事官が、万一の用意をしていて良かった、と言っていました。総子ちゃんのことは、ポイント1でいい、と笑っていました。」と高遠は報告した。
午後1時。関西空港。
ロビーで、高遠夫妻と大文字綾子を江角夫妻が見送りに来ていた。「なぎさは、方面本部に顔を出して、放火犯の事を聞き出すと言っていた。ありがとう、叔父さん叔母さん。」「総子達、紀勢本線で南紀白浜に向かうって言ってたけど、大丈夫かしら?時限爆弾。」「多分、大丈夫よ。」伝子と真紀子の会話に割って入って綾子が言った。「大丈夫よ、総子ちゃんは『正義の味方』だから。」
江角徹が大きな声で笑い、皆も釣られて笑った。高遠と伝子は出発ロビーに向かい、江角夫妻と綾子は見送りロビーを後にした。
午後2時半。羽田空港。
福本と祥子が迎えに来ていた。「お帰りなさい、先輩。」二人は口々に言った。
伝子と高遠は、火事のことを二人に話した。「油断出来ないな。」と伝子は呟いた。
駐車場に行くと、何やら騒がしい。
車の所に行くと、空港署の刑事が近寄って来た。「何かあったんですか?」と高遠が尋ねると、「空港署の前畑警部補です。今、自動車泥棒未遂犯人を逮捕したばかりです。自動車荒らしをした恐れがありますので、警備員の協力を得て、帰宅されるドライバーに確認をとっています。何か盗られたものはありませんか?」と応えた。
福本が、自分の運転した車に異常がないかどうか調べて、祥子が搬送して来た伝子の車の車内をチェックした。二人が首を振ると、「そうですか。では、気をつけてお帰り下さい。」そう言って、離れて行った。そして、車に乗ろうとする、他のドライバーにも職務質問をしていた。
伝子達が車に乗り込もうとすると、先日助っ人に来た、陸自の大町と田坂が、2代の車に滑り込むように乗った。「大文字さん。こんなものが・・・。」と大町が差し出したものは盗聴器だった。福本の車でも田坂が盗聴器を見付けた。
「ふむ。ご苦労様。出発しよう。」と伝子が号令をかけた。
午後1時。伊勢神宮。
依田と慶子とあつこは、白浜から、電車を乗り継いで、『お伊勢参り』に来ていた。
「まさか、伊勢神宮でも事件、起きないだろうな。」「そんな不吉なことは言わない方がいいわよ。」と慶子は依田に言った。
「もう表立って警護するから、大丈夫よ。」と、あつこは言った。
参拝して、鳥居をくぐって、火除橋に戻って来た時に、あつこは言った。「どうやら待っていてくれたようね。」あつこは依田達を観光客の方に下がらせた。
敵は忍者の格好をしていたが、本気だ。あつこはトンファーを出し、応戦した。倒しても倒しても、忍者は増えてくる。観光客は知らない、命を狙われていることを。忍者達が装備している短剣も刀も本物だ。あつこが倒されそうになった時、手裏剣が飛んできた。
「助太刀致す」と登場したのは天童だった。違う衣装の忍者も現れた。忍者ショーの事故という名目で葬り去ろうとした、敵の目論見は崩れた。気迫の違いで、天童達が勝ち、忍者姿で襲って来た者達は、その場で頽れた。天童は長波ホイッスルを吹き、走り去った。あつこはDDバッジを押した。
あつこ達が車に戻ると、一人の男がいた。「筒井さん?」とあつこが驚いて言った。
「勾玉池の向こうの上空に、オスプレイを待機させてある。依田君達は、今後も狙われる可能性があるから、オスプレイで移動だ。宿の荷物や切符のキャンセルは警視、頼むぜ。行こう。」筒井は依田と慶子を伴って、走った。
一方、忍者に扮した敵は、ジープでやって来た久保田管理官が、「ショーは終わりました。整然とお帰り下さい。」と観光客を遠ざけ、ジープでやって来た警察官達が、後からやって来たトラックに次々に敵忍者を放り込んだ。
久保田管理官は、部下と交通整理をしてから、退去した。
午後3時。南紀白浜空港。
また、夫婦喧嘩が始まった。「大丈夫かな?」「大丈夫や。ウチは準隊員やで。」「そやから、大丈夫かな?って言うてんねん。依田さん達は時限爆弾仕掛けられたそうやぞ。」
「同じ罠仕掛けられてたら、アホやで。」と、二人は、空港を出て、タクシーを探した。タクシーは、依田達が泊まったホテルには行かなかった。
午後3時半。
羽田空港を出て、高速道路を福本の車と伝子の車は走っていた。ほぼ東京都に入った頃、伝子の車は福本の車と別れた。
暫くして、あおり運転の車が現れた。いや、銃で撃ってきた。伝子は、総子から貰ったメダルを撃って来る相手にぶつけた。高遠がDDバッジを押し、長波ホイッスルを吹いた。遠くから白バイがサイレンを鳴らしてやって来た。撃ってきた車は、白バイに駐められた。パトカーもサイレンを鳴らしてやって来た。
「ちょっと、からかっただけだよ。」という犯人に。「お巡りさん。ドラレコの代わりに10台カメラ回したけど、証拠になりますか?」と高遠が言った。「勿論よ。」と、早乙女はウインクして応えた。
午後5時。伝子のマンション。
「誘拐されたみたいだ、大文字。」開口1番、物部が言った。「誰が?」「総子ちゃん。」と栞が応えた。物部と栞は、高遠と伝子の代わりに、連絡係をしていた。
「依田達は予想通り、伊勢神宮で襲われたが、天童さんと東栄映画のエキストラチームに救出された。オスプレイで東京に戻る予定だ。で、南部さん達が、やって来ない、とホテルから連絡があった。」「分かった。福本達は帰宅させた、護衛付きで。物部達も帰宅してくれ。」伝子は田坂に目で合図した。
物部夫妻は帰って行った。
「どうする、伝子、アンバサダー。」と、高遠は妻に尋ねた。
「犯人は連絡してくる。増田と金森の出番だ。」伝子はEITOベース用のPCを起動した。草薙が画面に出た。「アンバサダー。物部さんから、EITOが回収した盗聴器受け取ってくれました?」高遠が台所の5台の盗聴器を画面の前に持って来た。
「これですよね。」と、高遠が尋ねた。
「そうです。私のDDバッジですが、今は総子が持っています。エリア、特定出来ますか?その内、誘拐犯人から連絡があるでしょうけれど。」
伝子が草薙に依頼したその時、伝子のスマホが鳴った。草薙は頷いて、通信を切った。」
「大文字伝子だな。」「やはり、空港署のお巡りさんでしたか。」「お前の従妹と旦那は預かっている。無傷で返す方法が一つある。」「何だ?」「今回を含めて、我々の計画を邪魔しないことだ。」「断る。それに、計画でなくて計略だろ?」
「分かった、交渉決裂だな。明日、午前10時。ここに来い。」「ここ?どこだ、そこは?」「南紀白浜。」「白浜のどこだ?パンダのいる所か?」「どうせ、お前らはどうにかして場所を突き止める。この二人の命と、お前の命が交換だ。金は要らないから用立てる時間も要らない。」
電話は切れた。
「ある意味、今までで一番手強い相手だな。」「イクサの前のメシはいかが?」隣の藤井は、沢山のおにぎりとおかずを運んで来た。」「いつから?」と、高遠が尋ねると、「さっきからずっと。玄関開けっぱなしだったわよ、高遠さん。」と、藤井は笑った。
午後7時。
一緒におにぎりを食べながら、伝子は事件の概要を話した。藤井は黙って聞いていた。覚悟して臨む武士を送り出す家族のようだった。伝子は、母親の綾子を叔父夫婦に預けてきて良かった、と思った。
翌日10時。白浜。
増田と金森は張り込みをしていた。草薙が特定したエリアは別荘地エリアで、今無人なのは、1軒だけだった。前畑と名乗った男は、南部と総子を連れて出てきた。部下は10人ほどだった。
伝子がオスプレイから縄梯子で降りて来た。素顔だった。
「今日はワンダーウーマンじゃないのか?」「既にノーメイク、見ているじゃないか。女のノーメイクは全裸も同じだ。スケベ。」「妙な理屈だな。槍術をやったことはあるか?」「得意じゃないんだが、どうせ他の選択肢はないんだろ?」「その通り。」前畑の部下は、槍を伝子に渡した。
伝子は一旦、槍を増田に渡し、鉢巻きをし、増田から槍を受け取った。
死闘は2時間半続いた。強い。伝子は初めて戦慄を覚えた。相手の息が乱れないのだ。
南部が声を上げた。
「大文字さん。この前教えた呼吸法や。ゆっくり、やってみるんや。あんたなら出来る。あんたの素質は天童から聞いている。」
勝負は一瞬だった。前畑は膝を突いた。「1本。それまで!」と南部は叫んだ。
10人の部下は、大人しく、正座した。警察のジープが数台やって来た。次々と警察官は逮捕連行していった。「待ってくれ。」と、伝子は連行される前畑に言った。
「俺の名前は前畑真之介。あんたらが言う『死の商人』の一人だ。負けた腹いせに言わないのも選択肢だが、いいだろう。どうで、俺はがんで、長くはないんだ。教えてやるよ。『ギャンブル』。そのキーワードしか知らない。後はあんたなら何とか出来るさ。うっ!!」前畑は目のめりに倒れた。吐血をした。やって来た、あつこが救急車を呼んだ。
南部は前畑の脈を取り、伝子に首を振った。
南部夫妻と伝子と高遠は、あつこ、増田、金森と共にオスプレイに乗り込んだ。
福本邸。
「祥子。終わった。松下達や東山さんに連絡をしてくれ。」「良かったな、英二。」と、福本の叔父の日出夫が言い、「良かったわ、明日はサチコを散歩に連れて行けるわね。」と、福本の母の明子が、犬のサチコの頭を撫でた。
物部のマンション。
「高遠からだ。終わったってよ。俺たちの新婚旅行に間に合ったな。」と、物部は栞に言った。
池上病院。南原の病室。
「南原さん。高遠さんから連絡が来ました。終わったそうです。帰りに、ここに寄るそうです。」「やっぱり、先輩は無敵ですね。」「先輩は無敵です。」「良かったね、お兄ちゃん。」廊下に通りがかった、院長の池上葉子の姿があった。3人の様子を見て、微笑んで去って行った。
久保田邸。
久保田警部補が電話を受けて、胸をなで下ろしていた。
愛宕邸。
みちるが、避難していた山城と服部に泣きながら報告をしていた。
大阪。江角家。
なぎさが江角夫妻と綾子に報告をし、帰り支度をした。「じゃ、帰ります。」「気を付けてね。あ。これ。総子から預かっていたの。」と、真紀子は、なぎさに『ビリケンさん』のストラップを渡した。
東京。依田のアパート。引っ越し準備をしている慶子に依田が電話の内容を報告した。手伝っている、大家の森に慶子は抱きついた。
伝子のマンション。青木とひかるにLinenを送った高遠は、大きなあくびをし、入って来た藤井に笑われた。
モール。喫茶店アテロゴ。倉庫の整理をしている辰巳に、編集長山村がスマホの画面を見せている。
EITOベース。理事官、草薙たちがジュースで乾杯をしている。
丸髷署。青木警部補達の前で署長が乾杯の音頭を取っている。
オスプレイの中。総子が突然歌いだした。中島みゆきの『時代』だった。
伝子も途中から唱和した。
今はこんなに悲しくて
涙もかれ果てて
もう二度と笑顔には なれそうもないけど
そんな時代もあったねと
いつか話せる日がくるわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから 今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう
まわるまわるよ 時代はまわる
喜び悲しみくり返し
今日は別れた恋人たちも
生まれ変わって めぐりあうよ
旅を続ける人々は
いつか故郷に出会う日を
たとえ今夜は倒れても
きっと信じてドアを出る
たとえ今日は果てしもなく
冷たい雨が降っていても
めぐるめぐるよ 時代はめぐる
別れと出会いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変って歩き出すよ
まわるまわるよ 時代はまわる
別れと出逢いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変って歩き出すよ
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変って歩き出すよ
―完―
大文字伝子が行く54改 クライングフリーマン @dansan01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
下品!!/クライングフリーマン
★3 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます