絶対にシリアスになる世界

虎渓理紗

絶対にシリアスになる世界

「ケイコ知ってる? この世界って絶対にシリアスになる世界なんだって」

「マ?」

 アタシが殺したゾンビの死体をバラしてたら、レイコがそういったんだ。

 ここはなんだっけ教室かな。でも誰もいないの、めちゃウケる。せっかくここまで来たんだよ? ここは旧世界の僻地だから、絶対いい獲物が見つかると思ってたのに。ゾンビの死体からお金持ってないかなーと思って探してたんだけど全然ない。そんなことをしてたらレイコがやってきた。おーいやっほーって声をかけたらレイコはめちゃくちゃいやそうな顔をしてた。まじか、手がベッタベタの血だらけだから?

 嘘でしょ、今更じゃん。

 やば。

「ある?」

「いやー、ないね。財布の中身もすっからかん。誰かに取られちゃったんじゃない? 私がせっかく殺したのにさー」

「めちゃおなかぺこりんちょなんだけど」

「とりま、昨日盗ったメイトで我慢しょ?」

 と、ケイトはスクールバックからカロリーメイトを取り出してレイコに投げたん。賞味期限はとっくに切れてるけど、なにもないよりはマシじゃん? レイコはカロリーメイトを口の中に入れて黙っちゃった。

 なんかいえよ。

「水とかない?」

「えー、水? ここ学校だから……たぶん水道は通ってるんじゃん?」

「ケイコ、汲んできてよ」

「やだよ。外はまだゾンビでいっぱいだよ?」

 そうだ自己紹介をしなくちゃね。ケイコとレイコは双子の姉妹なんだー。で、アタシらが生まれるずっと前、世界中にゾンビウイルスがどっかのしらん研究所から漏れてみんな感染して死んじゃったんだって。マジ笑えん。でね? アタシらのパパとママはゾンビから逃げてる途中で死んじゃって、アタシらはママのお腹から引き上げてもらったの。まぁ今では顔も知らない誰かさんなんだけどね。

 なんでって?

 あたしらが五歳の時に、その人はアタシらを守って死んじゃったから。

 なんとなーく記憶はあるんだ、でも悲しさよりも必死で生きなきゃっていう気持ちの方が大きくてぜんぶ忘れちゃったの。ケイコとレイコ、二人で生きていかなきゃって。

 ゾンビがうろちょろしてから、この世界の銃の規制はゆるっゆるになって誰でも自分を守るために銃を手にしたの。ケイコのはワルサーピーピーケー。小さくて可愛いのがお気に入り。

 レイコはトカレフ。

 しぶいよね。

「レイコ、じゃあ私すぐ戻るしぃ」

 外はゾンビだらけ。バリケードを超えて外に出た瞬間にこれだ。嫌になっちゃうね。まぁ、自分からこんなところに来てるんだから文句はなしなし。――殺そう。

 ゾンビを殺したら補助金が出るんよ。アタシらはそのためにこんなところまできた。これは小遣い稼ぎ。ゾンビを撃つたびに腕に装着しているゾンビカウンターがピコンピコンなってカウントをしていくの。そ、カウントされた数が今日のバイト代。ちょっとシャレぴなカフェのランチが食べられたら嬉しいなー。ちょがんばろ。

 ゾンビが外の世界をうろうろしてから、ゾンビから人々を守る保護管理区っていうのができた。三重の門の中にできた安全な理想郷なんだって。大人の人がそう言ってた。学校があって、緑が豊かでとかなんとか。でもさ、子どもは保護管理区から出られないのは萎えじゃん? なにが理想郷なん。でも十六歳になったら保護管理区から出てもいいってなる。ま、これは都合のいい大人の事情なんじゃない? しらんけど。

 えらーい人たちは外に出なければ安全な場所をちゃんと作ったのに、それに満足できなかったんだ。まぁま、増え続ける虫みたいな人間がいつかこの世界から溢れちゃうって思ったんだろうね。わかるわかる、保護管理区狭くてさ。というか外に出られないのまじ意味わからんくて最悪。

 まじで意味わからんくない?

 で、たぶんこの保護管理区を広げようって思ったのね。狭いなら広げればいい……でも問題があるんだよ。

 外はゾンビだらけ。土地を広げるには外にいるゾンビを殺さなきゃいけない。はじめは国営や民間のギョーシャだったみたいなんだけど、それじゃ足りなかったんくない? ゾンビ多すぎてやばたにえん。で、ギルド登録っていうのをしたら誰でもゾンビを殺してもいいってことになった。ま、いま私の腕についてるカウンターとID番号ね。個人の趣味みたいな人も使わないと追いつかなかったんじゃね? しらんけど。もちろん、ゾンビを殺せばお金がもらえる。ゾンビは弱いから滅多に死ぬ……なんてことはない。

 だからみんなゾンビを狩ったんだって。

 ま、ていのいいお小遣い稼ぎよ。学校が休みだからレイコとこんなところに来てゾンビ狩るの。でなきゃ、涼しいカフェでパンケーキ食っとるわ。

「水かぁ」

 人間は水がないと生きていけません、っていうのはジョーシキ。で、ゾンビになって考える力がなくなってもそれってなんか残ってるらしいんよね。だから水場ってめちゃくちゃゾンビがいる。

 ――うっわぁ、直飲みしてるやついんだけどキモ。

 とりま、一掃して全員殺してー。ヘドショ決めたら気持ちいくらいに倒れていくの、まじおもろくてやばみ。

 で。一応水道にとーちゃく。

「どうしよっかな……一応拭いとく?」

 こんな時に衛生面とか考えるのもどうかなと思うけど、めちゃキモいの見たらそうなるわ。とりあえず布で拭いておけばオーケー? で、カバンから水筒を出して蛇口を捻る。

 まぁ、血が入らなければなんとかなるっしょ。

「やば」

 あ、死んだわこれ。とアタシは思った。やば、やばすぎて笑える。周りをちょっと見てなかったのが悪かったね。殺しそびれたのが一匹いたんだぁ。死ぬ間際に走馬灯が見えるっていうけどあれだ。これこれ。なんかスローモーションみたいで気持ちわる。瞬きをして目を開けたら死んでるのかも。だって蛇口を捻ったアタシの首元にかぶりつこうとするゾンビが鏡に映っていたから。

 死んだわこれ。

「ケイコ!」

「生きたわ」

「なにしてんの! あとちょっとで!」

「悪い悪い。油断してた」

 鈍くて重い銃声の後に物陰からレイコが飛び出してきた。うっわめちゃくちゃ怖い顔してる。だよねー、殺されそうになったんだし。ゾンビに噛まれたらゾンビになる。

 これガキでも知ってるジョーシキね。

「ごめんごめん。水なんだけどぉダメっぽ。水筒に血が入っちゃった」

 いちおー、殺されずにはすんだよ? でもレイコが派手にぶっ殺したせいで水筒に血が入っちゃった。まぁま、アタシの体にはかからずにすんだんだけどね? 水筒に入った一滴の血。さっきゾンビの死体バラしてたじゃん、って掘り返すのは無しね。それとこれとは別。手の血は洗えばなんとかなるし、そうもいってられないから仕方なくなの。でも、なんか得体の知れない血が入った水を飲むのは嫌じゃん?

 バレンタインデーの手作りチョコがなんとなーく食べれないのと同じだって。

「これどーしよ」

「なにって?」

「水筒に血が入っちゃった」

 せっかくオキニの水筒だったのに。えー、レイコのせいじゃん。

 レイコは「ケイコ、さっきゾンビの死体漁ってたじゃん」とかそんな目をしてる。いわんとしてることは分かる。でも違うんだよ。なにが違うんだ? って目で訴えてくる。

 でも、不貞腐れて不機嫌なアタシを見て気を遣ってくれたらしい。

「あとで買ってあげるよ。とりあえず水でも飲んだら?」

 喋っている間にもゾンビがワラワラと群がってくる。やば早く出なくちゃ。アタシは、蛇口を捻って流れてきた水を直接口に含む。冷たくてあー生き返るわ。死んでないけど。本当は水筒に入れたかったけどさっきのでちょっと怖かったからやめた。レイコは自分の水筒に水を入れてたからあとでそれを貰えばいいや。

「じゃ、ささっと殺そ」

 なにも考えないでただ撃つ。

 ゾンビが蔓延る世の中になってもゾンビを殺したくない人たちはいて、そういう人たちは保護管理区を理想郷だと崇めてる。安心なゾンビに襲われない世界。アタシたちみたいにわざわざ出ておこうとする人を怖がったり蔑んだりもする。アタシの友達も親が外に出ないようにって厳しい子もいたりして。アタシらもパパやママがいたらそんなこと言われてたんかな。まぁどうでもいいけど。

「ケイコ、今ので全員だ」

 レイコはトカレフを下げてこっちに振り返った。夢中で殺していたせいかもう当たりはなにもない更地だ。教室だったんだろう。もうずいぶん誰も入っていないみたい。ぐっちゃぐちゃめっちゃくちゃで、こんなところで授業受けたら精神が病んじゃう。お金も落ちてないし帰ろ、とレイコに言いかけた時だった。

「ふにゃぁ、よくねたぁ」

 誰もいない教室。人影なんてどこにも見当たらなかった。もぞもぞと蠢く真っ白い毛玉がなんかずるって机から落ちたの。いやきもって思って。レイコが銃を構えたんよ。で、アタシらは二人でその毛玉っぽいのがなんなのか確認しよーっと思ってさ。レイコが必死にしがみついてくる。まじか、いやいやいや、アタシに確認させるつもり? アタシもめちゃくちゃ怖いんだけど。

「え。かわ」

 それは真っ白い猫みたいないきものだったん。てか、猫やん?

 なんかリスみたいにも見えたんだけど、白い猫みたいなふわふわのやつ。小さいツノと、真っ白な羽根。レイコは可愛いものが好きなんだよね、隣でなんか悶えてた。さっきまでアタシの後ろに隠れてたくせにね。

 そいつは真っ赤な目をこっちに向けていったの。

「ねぇ、君たち世界を救ってくれない?」

 って。やばくない?

「やば。うけ」

「うけだわ」

 アタシもレイコも笑っちゃってさ。腹筋シックスパックになるところだったわ。やば。

 ――笑わせんといて。

 そしたら、――モケケってことにしとくか。ふわふわのケモノみたいだし。名前わかんないと困るし。モケケがめちゃくちゃほっぺたぷくーってしてて。やば。風船じゃん。怒ってる?

 めんご。

「君たち、無礼だぞ!」

「やー笑った笑った。死ぬかと思った。だって、世界ってなに。やばくない?」

「やば。くそわろた」

 またモケケはプクーって膨らんで怒ってる。ま、話進まないからまぁこんなところでおわってさ。モケケの話を聞いたん。めんごめんご。

 で、なに。

「僕の名前は――」

 ま、この辺はカットね。めちゃくちゃ長い名前だったんだけど世界史の点数が低っくいアタシには全く覚えられなかった。話短くまとめてもろて。セリヌンティウス死ぬから早くてほし。

 「この世界は絶対にシリアスになる世界だ。この世界がそうなっているのは魔王の仕業で」

 やば。魔王。この世界はどうやらファンタジーの世界だったらしくて。魔王っていうのがありとあらゆるシリアスになる展開を持ってきて、人間を絶滅させようとしてるんだってさ。

 やばくない?

 で、ゾンビもその手段の一つ。

 アタシらがいるフィールドがゾンビパニックゾーンなんだって。まじか、しらんかったわ。

 くそわろ。

「君たちは勇者として魔王を倒してほしい!」

「え。やだ。お金でるん?」

「うちら普通のジェーケーなんで、魔王倒すとかそういうのは無しにしてもらって」

「だって、髪汚れるじゃん? 泥仕事エヌジーなんで」

「そうそ。肉体労働とかぴえんこえてぱおんだし、むりぽ」

 クソ嫌なんですけど。

 で、モケケはなんかしばらく固まってた。言葉通じなかったのかも。

「は?」

「さっ、レイコかえろ」

「ね。明日はパンケーキ食うぞー」

 勇者になれとか言われてなるやついないっしょ。そんなことよりカフェのパンケーキの方が大事。当たり前じゃん? モケケはポカンとアタシらを見てて、なんかそれはちょっと可愛かった。

「……ちょまてよ」

 キムタクかよ。

「待って! ほ、本当にならないのかい? 君たちはとても強い。魔王をきっと倒せるかもしれない。それでも!?」

「やんなーい。それより、帰るわ。ばいばーい」

「世界が滅んだとしても!?」

「えー、滅んだらその時っしょ。それより、学校行かなくて済むからあげぽよー」

「し、死ぬかもしれないのに!?」

「輪廻転生して来世に期待しまーす」

「………………おっ、お金あげるから世界を救ってください!」

「乗るわキタコレ」

 モケケは汗をダラダラ流してた。真っ白い毛並みがほんのり湿っちゃうくらい。まじか、きっしょいな。

「何億くれんの?」

「……おく!?」

「やっぱ話なかったことしてもろて」

「五億! 五億あげます!」

「まじか。うけじゃん」

 モケケはなんか敬語――になっててさ。アタシらに絶対服従を誓いますとかやばくない?

 なんで、契約? っぽいのをかわしたの。

 モケケの血判を借用書に。連帯保証人も書いてもらったからこれでばっちし。

「よし! 五億もらうぞ!」

「怖いこの人たち」

 モケケは震えてた。

 やばインフル移さないでくれる?

 で、なにすればいいの?

「各所にいる中ボスを倒して……」

「ショートカットさせろや」

「ここから南西方向にある、ミドガルド城に魔王がいます!」

 モケケは尻尾を掴んで振り回すと情報を吐く。なんで、移動中はレイコが尻尾を掴んで宙吊りにしてた。でも、モケケがめちゃくちゃうるさいから、たまにゾンビを目の前で殺して『お前もこうするぞ』っていって脅した。

 で、モケケが言ってた城は、さっきいた学校から歩いて三十分くらいだった。めちゃくちゃ近くてウケるんだけど。モケケが嘘を言ってないか、容赦なくぶん回したけどやっぱここなんだって。

「城?」

 どう見たって城じゃない。てか廃ビルじゃん? こんなところに魔王がいるの?

「嘘ついたらモケケの尻尾切るからな」

 でもモケケはここだっていう。

 嘘だったらタダじゃおかないんだけど、そういうところだいじょうぶそ?

「――ここです」

 まじかー。正直、行きたくない。

 というかユーレイ出そうなんだけどやば。

 こわ。

「じゃあ僕はここで!!」

 ――って、モケケが逃げようとしたからレイコはモケケに向かって銃を構えて撃つ。銃弾はモケケの目の前に被弾してさ。モケケがビクって固まった。

「一歩でも動いたら撃つ」

「だーめ。逃げるとかなしー。てか怪しすぎね? やっぱレイコ殺した方がよかったよ」

 モケケは、

「人選間違えた」

 とか、

「やっぱ怖い」

 とかなんとかぜんぶムシムシ。アタシらはモケケの尻尾を掴んでモケケをランタンみたいに掲げながら歩いた。ビルの中は真っ暗。やば、肝試しみたいじゃん。そういえば去年の夏休みの時にレイコと一緒に遊園地に行って肝試しをしたんだ。子どもの時から何度も行っている、――というか保護管理区の遊園地って一箇所しかなくてさ。だからリニューアルは何度もしてるんだけどいつも同じところなの。で、最近は職員さんネタ切れみたいでオバケがやる気ないんだよ。逆に新しくない?

 ――出そー。

 レイコはこういうの苦手なんだ。さっきのお化け屋敷でもビビっててね。というか出てくるオバケ毎回同じなのに毎回驚けるの才能あるわ。

「……うわっ」

「レイコー、アタシの肩、折らないでよ? マジ折ったら往復ビンタするから」

「ごめんって。……きゃっ、あー、水か……」

 レイコって普段クールなのにこういうところ可愛い。そういう時はアタシがリードしてあげるの。

「モケケ。まだ?」

「まだに決まってる! 奥だよ、まだ入り口だよ!?」

「うっざ。尻尾振り回すよ」

 モケケは尻尾を引っぱられるのが嫌いっぽい。分かりやすくめっちゃしょげぽよになってて、やばおもろ。レイコはアタシの後ろにしがみついてる。レイコのためにも引き返した方がいいかなーって思ったけど。ここまで来たのなら謎は解決しておきたい。

「そういえばモケケ」

 レイコが言ってた。

 ――この世界は絶対にシリアスになる世界。

 それってどういうことだろ?

「魔王を倒したら、本当にシリアスになる世界……じゃなくなるの?」

 てか、シリアスになる世界ってなんだよ。

「それは保証する」

「それってさ、どういうことなんだろ。この世界が絶対にシリアスになる世界なら、シリアスじゃない状態の世界ってどんな世界になるの」

 ゾンビパニック。保護管理区を理想郷とする世界。モケケはたぶん別の世界から来た生き物だからこの世界が――シリアスになる世界だということが分かる。

 シリアス。

 辞書だと、

 (1)深刻、真剣、真面目、極めて真面目、本格的など。

 (2)事態が深刻。事件などが起こり重大で深刻な状況。

 だったかな。ちょっと難しくてアタシには分からない。状態的に⑵なんだろうな。ゾンビが外を歩いてて生きるか死ぬか、なんてシリアスって表現するのがピッタリ。外の人からしたらアタシらの状況ってそういう事態が深刻でヤバいんだ。

 絶対に行きたくないだろうし、体験したくないんじゃないのかなーって思う。

 でも、アタシさ。生まれてからそうだったからこれが日常だと思って生きてきたんだよ。

「シリアスじゃない世界は、平和な世界だよ」

「ヘイワ?」

 聞いたことがない単語に、アタシは首を傾げた。ヘイワ、ってなんだ。昭和の次に来たやつ? モケケはポカンとした顔で『それは平成だ』っていった。

「そっか。平和から程遠い世界だったから、その状態を表すことがなく、単語ごと消えたのか」

 モケケは尻尾で宙吊りになりながら顎に手を当てて考えていたの。で、こっちを見る目がなんか生暖かくなってめちゃキショかった。

「――そろそろだ」

 随分奥まできた。モケケはなんか言葉の使い方が柔らかくなってめちゃくちゃキモかった。

 さっきのこと、そんなにかな。

 ヘイワ、じゃない世界がアタシたちの世界なんだ。アタシらは生まれてからずっとそうだったからあんまよくわかんない。それって悪いこと?

「モケケさ、アタシ、バカだからわかんないけど。……シリアスじゃない世界。――ヘイワじゃない世界がもしヘイワになったら、ゾンビがいない世界になったら。アタシらは保護管理区じゃなくて自由にどこにでも行けるようになる?」

 狭い檻みたいなあそこじゃなくて。

「例えば、自由に旅行とかさ」

 教科書の中でしか聞いたことはないけど、むかーしの人はいろんな国に出かけてカンコウ? っていうのをしてたんだって。保護管理区から出るには許可証と、いろいろ手続きがある。ゾンビを殺すためです、はちょっと緩いけどそれ以外はまず『出る必要がありますか?』っていやーな顔をされる。

「できるよ」

「……そっか、じゃあ殺すわ」

 モケケはでかくて分厚いドアの前に立った。なんか呪文みたいなのを唱えてたけどアタシには理解できなかった。魔王を殺したらシリアスになる世界じゃなくなる。――ヘイワになる。

「……ョ」

 まずアタシはドアが開き切る前に、目に映った人物の脳天に弾丸を打ち込んでやった。そいつはめちゃビビっててね。まぁ、ドアが開く前に殺されるとは思ってなかったんだと思う。

 レイコは倒れたそいつの心臓に撃ち込む。さっきまでアタシの後ろでビビってたくせにさ。一発目でも絶命してたのにレイコは追い打ちをかけるようにもう一発。もう一発と撃ち込んでいき、魔王は死んだ。

 死んだわ、魔王。

「ヒィッ」

 モケケが潰れたカエルみたいな声を上げてた。で、そろーっと出て行こうとしてたから、レイコはモケケの足を撃ってモケケはめちゃやばい悲鳴を上げてた。うっさいうっさいうっさいわ。

「次逃げたら殺すっていったけど」

 レイコはめっちゃイライラしてた。まぁ、怖ーい思いをしてビルのなかに潜入してたし。

 わかるー。

 わかりみすぎて首もげるわ。

「モケケは魔王の仲間? それとも本当に無関係?」

 レイコが魔王の首を掴んで持ち上げる。確かに魔王だわ。ごわごわした黒い体毛に覆われた身体は大きなトラみたい。ツノが生えてるし真っ黒い羽根が生えてる。コスプレかなって思ったけど、引っ張っても取れないから本物だコレ。

 色が違うけどモケケの頭と背中にも同じようなものがついてる。小さくて比べ物にならないけど。

「モケケってさ、この魔王の仲間だったんじゃない?」

 モケケがビクって震えてる。ブルブルブルブル。スマートフォンのバイブみたいでちょーウケる。

「……違う! ボクは本当に魔王を倒すために派遣された天使なんだって!」

「天使?」

 天使ってあの天使? ゾンビが蔓延る世界でも、いいや蔓延ってるからこそ神様を信じて崇拝する人はいる。でもさ、モケケが天使には――あ、やば。見えるわ。羽根とか白いし天使じゃね?

「でもなんで? 魔王と似てんじゃん。なにがモケケと違うの?」

「ケイコ。悪魔は元々天使だよ。天使が神様に叛いて堕天すると悪魔になるの。だから魔王っていうのはモケケの仲間だったんだろうけど、堕天したから神様が殺すように命じたんじゃね?」

 レイコは頭がいい。

 テストの点もめっちゃいいし、確かこの前のテストで満点を取ってたはず。レイコが言ってたのは倫理でこの前習った内容だった。私もうっすら覚えてる。ま、途中で寝たんだけど。

「だからモケケが魔王を倒してくれ、とアタシたちに頼んだのはたぶん裏表のない真実のはず」

「で、――魔王を倒したら?」

「そう。それがモケケが隠してることだと思う」

 レイコはカバンから水筒を取り出して、蓋を開けた。たっぷんと入った液体はレイコがさっき汲んでおいたものだ。レイコはモケケの頭を掴んで水筒の中に詰め込む。モケケの頭はビンを封じるコルク栓みたいにぎゅーぎゅーになる。レイコは水筒ごとひっくり返す。

「ごぼっ、……」

 モケケは逃げ場のない水の中に沈んでたん。レイコ怖。アタシでもドン引きする。怖いの嫌いなのにこんなところに連れてこられたの、許せないのかも? まー分かる。

 まじテンサゲだもんね。

「魔王を倒したら世界が平和になるんじゃなかったの?」

「……ごぼっ」

 あー、レイコが怒ってる理由それか。

「レイコ、たまに引き上げないとモケケしゃべれないよ」

 レイコは無言で水筒をひっくり返す。というかそれ、後でアタシがもらおうかなと思ってた水筒じゃん。やば。もう飲めないじゃん。

「レイコめちゃおこってんじゃーん。にっこり笑ってテンアゲ〜」

 ま、そろそろ機嫌直してもろて。

 でもさ、モケケが魔王倒したらヘイワになるっていったのに全然なってないじゃん? それはヤバくない? レイコはモケケの首を絞めて今にも屠殺っちゃいそうでさ、やばやばだから止めなきゃ。

 アタシ、モケケの焼肉は食べたくなーい。

「はな……離して……許して」

「レイコぉ。モケケ死んじゃうってー」

 レイコが手を離すとモケケが地面に落ちた。なんか白い毛皮が灰色っぽくなってさ? 体がどんどん盛り上がって大きくなってきた。

 やっぱ。うそじゃん。

 ラスボス的展開じゃん。

 で、モケケがこういったん。

「魔王を倒してくれてありがとう。……お陰で我が次の魔王として君臨でき……」

 レイコは言い切る前にモケケの頭を撃った。わー、容赦なーい。さすがレイコ。レイコって絶対に気を抜いたり相手の息の根を止めるまで油断しないんだよね。だからアタシの頼れる相棒なの。

「ケイコ、見ててないで」

「はーい」

「お前ら……覚えてろよ……」

 なんかさ、めちゃ弱くない? こんなんで魔王名乗るのやめてもろて。って、言ってたらモケケがいったん。モケケの遺言だったのかも。

 ごめん、アタシら耳とおくてさ。

「お前ら、強過ぎる……」

 モケケの身体は黒いチリになって消えた。で、後で分かったんだけどここら辺一体で人間を食べる化け物が発生してたんだってさ。そいつらはまるで悪魔みたいな風貌で、魔王と呼ばれて恐れられてたらしー。ゾンビハンターも何人かやられてて。だからアイツらが言ってた、この世界は絶対にシリアスになるとかそういうのは結局よく分からないんだー。

 ま、アタシらにはどうでもいい話だよね。

「ケイコ」

「なぁに?」

「帰ろっか」

 モケケのせいで帰る時間はとっくに過ぎてた。そろそろ帰らないと流石に危険でやばい。明日学校だし。レイコはビルの窓から飛び降りて、アタシもそれに続いた。三メートルくらいあったんだけど余裕っしょ。

 空はもう日暮れすぎで、遠くに保護管理区の青白い光が見える。青いドームに囲まれたあそこは、この世界のどこにいても見つけられる。

 昔はビルがたくさんあったみたいなんだけど、核戦争で更地になったから建物がみんななくなったんだってさ。

「……ん」

「レイコ、なーにまた。恋しいの?」

 アタシはレイコの手を握った。ゴツゴツした手はトカレフを握るためのもの。いつもは手を開けるために絶対に委ねない。

 それをアタシに預けてくれる。

「明日、学校終わったらパンケーキ食べに行こ?」

「アタシ、生クリーム乗せるわ」

「いいじゃんいいじゃん、フルーツもりもりにしちゃおうよ」

 まぁさ結論、締めに入っちゃうけどさ? もしモケケが言ってたみたいに、この世界が絶対にシリアスになる世界でも、レイコとなら一緒に乗り越えていけるよね。アタシら最強だし。負ける気がしないわ。アタシらがこれからどんなシリアス展開に巻き込まれても、二人なら逆境に立ち向かっていけるっしょ。

「あ、やば。五億、貰い忘れたわ」

 レイコはアタシの手を握りながら、左手でゾンビを撃った。《了》

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