第20話:レガリオ・アストーノ③
『ほら言わんこっちゃないよ!あんたはまだ手伝いなんかしなくていいって言ったじゃないか!』
『すみません弟が……。すぐに掃除します。料理の代金は私が―――』
『ハッハッハ!いいっていいってマリーナちゃん。ちょっと皿をひっくり返しただけなんだ、この肉だってまだ食える!こいつも一生懸命やろうとしてたじゃねえか!』
『レガリオ君、私たちは大丈夫だから、お部屋で待っててくれるかな?……うん、ごめんね……。手伝ってくれてありがとうね』
物事の分別が何となくつき始めた時、自分は皆の世話になってばかりなのだという事を知った。
いてもたってもいられずに、オルナさんの制止も聞かずに料理を運び始めて。
最初は失敗ばかりだった。
『居たッ!レガリオだッ!見つけたぞぉッ!』
『本当かッ!?……ッ、良かった……無事だったんだな……!』
『マリーナちゃん!こっちだッ!』
『ッ!?—――レガリオッ!!』
村を飛び出して。森の中で息を潜めて。姉に贈る花を探し回った。
やっと見つけたその一輪は、森を出るころには手の中でボロボロだった。
たった数日で枯れてしまったその花の代わりになればと思い、なるだけ綺麗な硝子の破片を集めて、髪飾りを作った。
『剣が欲しいとは……そりゃ木剣でいいならすぐにでもできるが、急にどうしたんだ?—――…………そうか。みんなを守りたいってか。ならこれは……俺の人生一番の大仕事だな!』
村中の家や農具を修理したり補強したり、皆の生活を支えてきたダズロさんはそう言って、僕に木剣を作ってくれた。
ただの子供用の剣なのに何度も確かめながら削って、磨いてを繰り返していたダズロさんの横顔は、思わず見入ってしまうくらい真剣だった。
『いい?絶対に部屋から出てきちゃ駄目よ。……私は今から出かけてくるから。遅くなるかもしれないけど、オルナさんやメリルの言うことをよく聞いて。いい子でね。—――…………ちょっと王都に行くだけよ。心配いらないわ』
姉が自分にはっきりと嘘をついたのはそれが最初で最後だった。
言いつけを守ろうとして、不安に高鳴る心臓を必死に抑えて布団にもぐった。
でも、目を瞑っても聞こえるみんなの声に、恐る恐る窓の外を見てしまった。
旗を掲げた騎士の行列と、見たことのない男たち。それに囲まれる姉の姿。
気付いた時には、僕は部屋を飛び出していた。
『えいっ!……えいっ!、えいっ―――!?うわッ』
目と鼻の先にある誓約書を取り出すために、透明な球を斬りつけて一年が過ぎた。初めて持つちゃんとした剣の重さに慣れず、振り上げる反動で転んだ回数は覚えていない。
無我夢中で花を探した、あの時とは違う森の景色。
その全てが、僕を値踏みするように見下ろしていた。
『やぁッ!ハッ!……セイッ!』
五年が過ぎた頃。中身は見えづらくなって、なぜか距離も遠くなったように感じた。
焦る気持ちが時間を忘れさせ、気付いた時には外は真っ暗だった。
洞窟で夜を明かすことも考えた―――けれど、帰らなければみんなが探しに来てしまうかもしれないと思った。
僕は決死の思いで森を駆けた。
『フッ!……ハァッ!……ッ……フゥッ!!』
十年が経った。もう自分の目的も、すっかり暗闇に覆われていた。―――それでも。
この作業をやめるわけにはいかない。
やめたら最後、もはや何のために生きているのかすら、本当に忘れてしまいそうだったから。
『あああああッ!!……ハァッ……ハァ…………—――くそッ……』
草木や動物が目覚める春も。
陽炎が地平線を揺らす夏も。
暮れる日を優しく彩る秋も。
冷たく淡々と命を試す冬も。
繰り返しても繰り返しても、僕には何の違いも感じられなかった。
ただ一つあるのは、心の
自分が諦めてしまわないように、何とか気持ちを前に向かせる言葉を吐いて、言い聞かせる毎日。
そんないつもの夕暮れに、あの子は現れた。
『
ぼんやりした意識の中で、そう言っていたのが聴こえた気がする。
何も見えないふりをして、そのまま大事なものまで見失っていた僕をどんどん引っ張って、ここまで連れてきてくれたあの子。
僕の人生で初めてできた友達だ。
―――そういえば、すっかり感謝の言葉を伝え損ねてしまった。
「なんだか…………眠くなってきたな……」
重い瞼を閉じると、意識が
床も壁も無い無重力に体が浮いて、ただふわふわと
でも不思議と怖くない。
むしろ安心感すら湧いてくる、心地の良い暖かさに包まれる気持ち―――
『名前はもう決まってるわ。女の子ならオリヴィア、男の子なら……レガリオ。マリーナは妹と弟、どっちがいい?』
『うーん……どっちも楽しそうだけど、私は弟がいいな!そっちの方が気が合いそうだもん』
―――え?
『ハッハッハ!マリーナはお母さんに似て活発だからな!』
『なぁにあなた?私がお淑やかじゃないって言いたいの?』
『ええッ!?いや、そうではなくてだな……』
『あ~あ。またパパがママを怒らせちゃった』
今、僕の名前を呼んだ?
『あら……?今、この子が少し動いた気がするわ』
『ほんとか?どれどれ……』
『あっ!パパズルい!私も!私も聴きたい!』
暗くて見えないけど、会話だけはどこか遠くの方から聴こえる。
この声は—――お姉ちゃん?
『団長ッ!我々も共に戦いますッ!』
『ふざけるなッ!誰一人残ることは許さんッ!これは命令だッ!早く行けッ!—――妻と……私の子供たちを頼んだぞッ!!』
『あなたッ……!』
『やだッ!やだぁッ!!一緒に来てよッ!パパアアアァッ!!』
どうしたの?
お姉ちゃん、なんでそんなに悲しそうなの?
『この子には……私たちの事は伝えないであげて……。寂しい思いをさせてしまうけど……頼もしいお姉ちゃんがついてるもの……きっと大丈夫。—――そうよね、マリーナ……?』
『うんッ……安心してママッ……!私が……この子のそばにいるから!』
『二人を……よろしくお願いします……オルナさん……』
『……任せとくれ。あんたの生き様は、あたしが憶えとくよ』
この部屋。
お姉ちゃんと、オルナさんと。
この人は、だれ?
『申し訳……ありません……ッ!保管庫から持ち出せたのは……これだけで……ッ』
『……どうか顔をあげてください、ベルディアさん。私は感謝しきれないくらいなんです。危険を承知で届けてくださって……ありがとうございます……』
『マリーナ様ッ……!』
それは僕がお姉ちゃんに貰った剣だ。
騎士の人は、なんで泣いてるの?なんでお姉ちゃんに頭を―――
『レガリオ。…………ありがとう。ここまで迎えに来てくれて』
「…………え?」
はっきりと聞こえる懐かしい声に驚き、膝を抱えるレガリオは目を開けた。
真っ白で何も無い世界が広がる。
そしてあろうことか自分の正面には、あの日最後に見た時と変わらない、年下になったマリーナが静かに佇んでいた。
『なにポカンとしてるのよ。レガリオはあなたしかいないでしょ?』
「いや……え……?だって、お姉—――、
ずっと会いたかった姉がすぐそこにいるというのに、それを上回る混乱がレガリオに冷静さをもたらしていた。立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回す彼の疑問に何の説明もされぬまま、マリーナはフッと自嘲気味に笑う。
『……大きくなったのね。すっかり背も抜かされちゃったわ』
「それは…………そうだね、十年たったから。姉さんは……全然、変わってないね」
『…………うん……』
じっと姉の言葉を待つレガリオと、散り際の花のように脆い微笑みを
この一分一秒を大切に過ごそうとする純粋な気持ちが、二人の間に長い沈黙を生む。
『…………。あなたに……謝らなきゃって思って』
永遠に続くかと思われたその静寂のさなか、彼女はさりげない―――決心の
「—――謝る……?」
『……』
首を傾げるレガリオに、唇の震えを悟られないように。一度顔を伏せてから、マリーナはゆっくりと口を開く。
『…………自分勝手なお姉ちゃんでごめんなさい。ずっと虚勢を張ってばっかりで……何も知らないあなたを私の復讐に付き合わせた上に、長い間ひとりにして。あの時、いなくならないでってお願いしたのは私の方だったのに。そばにいるって言ったのに。何度も危ない目に遭ったわよね……。今までずっと……』
言いたいことを一気に伝える、書き溜めた手紙を読むような謝罪。
『私はもう、レガリオの気が済むまで謝る事しかできない……。弱いお姉ちゃんで…………本当にごめんなさい……』
「そんな、違うよ。姉さんは僕を……村のみんなを守るために自分が犠牲になることを選んだんだ。勝手だとか、弱いなんて思った事、一度もないよ」
『…………あなたがそう言ってくれる子なのは分かってる。でも―――』
「だから、一緒に村に帰ろう?」
首を振ってマリーナの言葉を否定するレガリオは、手を差し伸べて呼びかける。
「言いたいことは帰ってからいくらでも聞くからさ。みんな心配してる。姉さんを待ってるよ」
『…………あのね、レガリオ』
「メリルさんはずっと優しくて、オルナさんに全然似ないままなんだ。エルガンザさんは病気で亡くなっちゃったんだけど……ファーカーさんが頑張って、村の皆をまとめて支えてくれてて……」
『レガリオ……聞いて……』
「シスリーさんも相変わらず魔力の事を調べて、
『…………』
「そうだ、友達が一緒に来てるんだ!友達って言っても昨日会ったばっかりなんだけどさ、この子が変な子でね、いきなり僕に名前を考えてくれって言ってきたんだ。見たことないくらい綺麗な女の子なんだよ?姉さんも会えばきっと驚くと―――」
『ごめんね……』
「ッ……」
呟くマリーナの弱り切った表情に、レガリオは言葉を詰まらせる。
まだ小さかった頃、「なぜ自分達には両親がいないのか」と聞いた彼に姉が見せた顔と、重なってしまったからだ。
良くない何かを心の奥底で直感し、ショックを隠せないでいるレガリオを見て、マリーナは自分の頬を両手でパチパチ叩いた。
『—――うん!やっぱり
「最……期……?な……ぅ……で……」
吹っ切れたように明るく言うマリーナに対し、レガリオは声にならない気持ちを絞り出す。彼女が話す言葉の意味を聞かずにはいられなかった。
だが同時に、その答えを絶対に聞きたくないとも思っていた。
レガリオの指先から徐々に力が抜け、伸ばした腕が下がっていく。
『───あ、そうだわ』
何かを思い出したように、マリーナがこちらに歩み寄ってくる。
すかさず姉の手を取ろうと、レガリオは垂れた手を再び伸ばした。
しかし彼女はその手を取ることなく、そのままスゥッ―――とすれ違ってしまった。
「……え?」
不思議に思ったレガリオが振り返ると、背を向けるマリーナが指先に何かを持って、見せつけるように耳の横にかざしていた。
人差し指と親指の間で光るそれは、不格好な硝子細工だ。
「あッ、それ!」
『預かってもらって悪いわね。もうこれがないと落ち着かないのよ』
レガリオが慌ててポーチを開けて確認すると、大事にしまったはずの髪飾りが無くなっているではないか。
「いつの間に……!?奥の方に入れてたのに……」
『ふふっ……』
あたふたと慌てた様子で探し続ける彼を置いて、マリーナは丁寧にヘアピン部分をつまみ、いつもの位置に飾りを留めた。
そして彼女は確かめるように頭を揺らしてから、それを優しく撫で、はるか遠くを見つめて囁く。
『—――…………もう、行かなくちゃ』
いつの間にかマリーナの両隣には、希薄な存在感だけがおぼろげに形を成した、男女の影が立っていた。黙って見守るその二人は、慈しむような目をしてレガリオに微笑んでいる。
「行くって……ッ姉さん、ちょっと待ってよ!」
『安心しなさい。今度こそ本当に、ずっとそばにいる。…………みんな一緒にね』
「そばにって……ッ、安心なんか出来ないよッ!そうやってまた誤魔化してッ!そんなの……そんなのズルいよッ!!」
レガリオは十数年ぶりに、子供のように感情的な声を張り上げた。
姉の本心を知った今、その内容は核心をついている。稚拙な言葉だろうと、彼女の足を止めるには十分な抗議だ。
しかし、それに返答するマリーナの声色は、小川のせせらぎのように穏やかに―――自然で当たり前な
『ズルくないわ。だって……たとえ十年たっても、百年たっても―――』
くるりと振り返ったマリーナは、レガリオの知る彼女の中で、一番の笑顔を浮かべていた。
『私はあなたのお姉ちゃんだから』
理屈など存在しない、姉という立場を振りかざしただけの、子供だましともいえる
何度も言いくるめられた言葉。
今考えれば、いくらでも言い返す余地のある文言。
だがそれゆえに―――レガリオは納得できないまま、理解してしまった。
言い残し、再び前を向いたマリーナは、二つの影と共に歩き出す。
「お姉ちゃん!待ってッ!!」
徐々に消えていく三人の背中を追い、レガリオは走った。
しかし、思うように体が動かせない。
明晰夢に迷い込んだように、走れども走れども、全く進んでいる気配がない。
「ッ……お姉ちゃん……お願い……。まだ……行かないで……―――」
薄暗い闇に覆われる視界で、唯一
「—――お姉ちゃ」
「でぇありゃああああああッ!!!」
天井の汚れた照明を見上げて横たわり、真っ直ぐ手を突き出すレガリオが、糸のように細い声を漏らした直後。
ドスッ―――という心地よい音が部屋に満ちると共に、ギーガーの大剣が深々と突き刺さった。
プラス・ワン~次元の創造主は魔法の世界をぶっ飛ばす!~ リンちょみ @newsb
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