キリコを持って墓参りに

春海水亭

キリコにまつわる三つの話


 ◆


 キリコ知ってます?

 江戸切子……じゃなくて、アニメとか漫画の登場人物でもないですよ。

 あ、やっぱ知りません?

 僕の出身は金沢……あ、石川県の金沢市なんですけど、そこらへんにはキリコっていう独特の風習があるんですよ。


 まず、キリコなんですけど……木で作った枠に紙を張って、へぎ板を屋根にした三十センチぐらいの大きさの箱キリコっていうのが一番歴史のある奴ですね。まぁ、時代柄殆ど廃れてしまってるんですけど。


 今の時代だとかまぼこ板ぐらいの大きさと厚みでやっぱり屋根がついてる、板キリコが一番使われてますね。


 風鈴キリコだったり、花キリコだったり、色々あるみたいなんですけど、どのキリコも正面には『南無阿弥陀仏』とか『南無妙法蓮華経』とか、そういうのが書かれていて、その反対側には自分の名前を書く欄があるんです。あっ、あとは紐がついてますね。


 お盆の時期――まあ、金沢だと新盆を使ったりもするんでちょっとややこしいんですけど、まあ、その時期になるとどこにでも売ってますよ。スーパーでもホームセンターでもコンビニでも。

 墓参りに行く時は線香と数珠の他にキリコも持っていくんです。

 ちゃんと裏に自分の名前を書いてね。

 箱キリコだと中に蝋燭を入れるみたいですけど、まぁ俺は使ったことがないんでよくわからないです。


 で、墓参りの時期はお墓の前にキリコを吊るすための棒だったり、ロープだったりが用意されているんで、お墓参りの時はいつもキリコを吊るすんです。


 目的?

 さぁ……よくわからないですね。

 ただ、みんなキリコに名前を書いているんで、あー、この人はお墓参りに来たんだなぁ、とか。そういうのがわかって、ちょっと良いですね。ウチの叔父さんなんていつ墓参りに行ってもキリコを吊るしてますから、あー……この人はいつも墓参りに一番乗りなんだなぁ、なんてちょっと笑っちゃったりもします。

 死んだ人だって、誰が墓参りに来たかわかりやすいですしね。


 じゃあ、キリコについてわかってもらったところで、キリコにまつわる話を三つさせてもらいますね。


【橋場五郎(仮名)さんの話】


 最初に言っておくけど、この話は嘘を混ぜてるよ。

 特定されたくないからね、別に特定されるような人間でもないと思ってるけどさぁ……インターネットに個人情報を晒すのに抵抗感ある年齢だからさ、俺。今の子スゴイよね。動画配信とか俺絶対……あ、ごめん話ズレたね。


 十二歳の頃に親父が死んでさ。まあ実際に親父って言ったことはないけど、最期の瞬間までお父さん、だよ。心の中でだけ親父って呼んでるよ、親父のこと。あ、ごめん。また話がズレちゃった。


 その頃には婆ちゃんもボケてたし、老人ホームにいたね。

 表面上はしゃんとしてたから、親父が死んだことを聞かされて「そうかい……」なんて言ったけど、翌日には「昨日、カズヒロが死ぬ夢を見たよ」……あ、親父の名前ね。カズヒロ。まあ、そんなこと言っちゃって……親父の死って婆ちゃんの中では夢の中の出来事になっちまったんだね。まあ、俺も家族もだったらそういうことにしておこう、ってなって、葬式にも参列させなかったよ。そもそも身体が悪くて老人ホームの外に出るのもキツい感じだったから。


 老人ホームに行くと、俺の顔は忘れてるくせに「最近、カズヒロが来ないねぇ……」なんて言っちゃって……俺はまぁ、なにかテキトーに嘘でも吐いときゃいいのに、婆ちゃんに浮かべるニコニコした笑顔のまんまなにも言えなかったよ。


 親父が死んだのが冬だったから、その半年後ぐらいに初盆でさぁ、お盆の真ん中ぐらいに親戚みんな集まって法要やって、メシ食べて、で、お墓参り。

 で、親父の墓の前行ったらさぁ……もうキリコが吊るされてたワケ。

 俺等はこの日に墓参りするって決めてたワケだから、抜け駆け……って言ったら変になるけど、まぁ俺らの中にはいないわけじゃん。そのキリコ吊るしたの。じゃあ親父の友達が来てたのかな……って裏見たら、婆ちゃんの名前が書いてあったよ、それも婆ちゃんの字で。


 不思議がってたよ、皆。

 婆ちゃんの老人ホームから墓までは車を使わないと行けないような距離だったし、そもそも婆ちゃん、外出できるような状態じゃないからさぁ。

 誰かに頼んだのかなっていうのも、婆ちゃんが頼むような相手はここにずらーっと揃ってて、誰一人だって心当たりがないって言うわけだし。

 職員の人に聞いても、キリコを渡した覚えはないって言うしさ。

 で、肝心の婆ちゃんは俺らが尋ねても、何のことだかわからないって顔してるし。


 まあ、不思議な話だよね。

 怖くはなかったよ、結局誰かが婆ちゃんの代わりに親父の墓参りに来たってだけの話だからさ。

 別に婆ちゃんに知らない来客が会ったってこともないしさ。


 で。

 さ。

 その翌年も。

 その次の年も。

 結局死ぬまで親父の墓に婆ちゃんのキリコがあったよ。


 ありゃ、なんだったんだろうね。

 結局、婆ちゃんは心の奥底で親父の死をわかっていて、超能力とか霊能力的なもので、本人の表面上の意思とは別に墓参りに行ったのか、それとも親父が狐とか狸とか、そういうのを助けて、助けられた動物が来られない婆ちゃんの代わりに、婆ちゃんが墓参りに来たぞーってキリコで知らせてやったのか。


 ま、結局婆ちゃんが死んでこの謎は解けずじまいさ。

 世の中、わからないことの方が多いしね。


 で、婆ちゃんが死んで……親父の墓の前には、俺の筆跡で書かれた俺の名前のキリコが俺が来る前に吊るされてるよ。


 意味がわからないよ。

 俺自身が俺のキリコを持ってるのに、俺のキリコはもう吊るされてるんだからさ。


 結局、親父の墓の前には俺のキリコを二つ吊るしてる。

 外す勇気は俺にはないね。


 ああ……別に俺の体調が悪くなったとか、知り合いが不幸な目にあったり、そういうことは一切ないよ。


 ただ、俺の名前と筆跡を使った誰かが親父の墓参りに来てるだけ。

 それだけの話だよ。本当、本当。


【北園涼子(仮名)さんの話】


 あ、アタシの話?

 別に大した話じゃないよ。

 キリコってその表面に『南無阿弥陀仏』とか『南無妙法蓮華経』とか書かれてるじゃない?


 アタシのパパママの墓には、その部分がぜーんぶマジックでぐしょぐしょに塗りつぶされたキリコが吊るされてるよ。


表面に『▓▓▓▓▓▓』

裏面に『高井 康彦』

表面に『▓▓▓▓▓▓▓』

裏面に『砂山 樹』


 みたいな感じ。

 うん、名前は普通に書かれてるよ。


 みんな、パパとママが地獄に行くことを願ってるんだろうね。


『▓▓▓▓▓▓』

『北園涼子』



【猪瀬浩次(仮名)の話】


 盆の時期にさ。

 俺の家の前の電線に、キリコが吊るされてるんだよ。

 監視カメラにはなにも映ってないよ。

 でも地上五メートルの電線に、俺の家の前にびっしりとさ。

 読めない名前と読めない呪文のキリコがさ。


 それだけだよ。

 でも、絶対俺この家を離れられないね。


 俺の家、誰かにとっての墓みたいだからさ。

 管理やめたら、俺……どうなるんだろうね。


 【終わり】

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