訃報

五五五 五(ごごもり いつつ)

ガンバルゾ、ファイト

 今日、母が亡くなりました。まだなんだか受け入れがたい気分です。

 元気だった母が突然入院するように医師に言われたのが7月3日。その直後、容態が急変して覚悟をするように言われました。ですが、その後も母は何度も持ち直して今日まで頑張ってくれました。

 それは医師たちが驚くほどのものだったらしく、本来ならば今日まで持つはずがない状態だったようです。

 私は子供の頃は、ぜんそく持ちで身体が弱く、どこへ行ってもイジメの的にされていました。発作が出れば、その度に今度こそ死ぬと思い込むぐらい苦しくて、それでもそんな時は母が一晩中看病してくれて、その愛情に支えられたからこそ、こうして大人になれたのです。

 私の母は、この世で最高の母親です。もちろん聖人君子ではなく、神経質な面と大雑把な部分を併せ持っていて、私とも、よく言い争いになりました。

 世間からは過保護で子供を甘やかしすぎると、いつも言われていました(言っていたのはいじめっ子の親たち)が、それでも母はやっぱり私に甘くて、私は本当に母に甘えてばかりだったと今になって気づきます。

 母は以前、私が小説を書いてファンタジア大賞や電撃小説大賞に投稿しているのを知ったとき、それを読みたいと言ってくれました。だけど、私は恥ずかしがって、けっきょくそれを見せることができずじまいです。こればかりはどれほど悔やんでも悔やみきれません。

 私が投稿をやめてからも、母は度々「もうむ小説は書いてないの?」と聞いてきました。

 たぶん、母も昔、趣味で小説を書いていたそうなので、自分の息子が小説を書くということ、それ自体が嬉しかったのでしょう。

 母が病に倒れたとき、私は母と約束しました。もう一度、小説を書くと。

 母はべつに私が作家になるとか、世間で認められるとか、そういうことを期待したわけではないと思います。たぶん、自分自身が小説を書く喜びを知っていたから、息子にも、それを共有して欲しかったのでしょう。

 私は、母に元気になったら、今度こそ私の書いた小説を読んで欲しいと頼みました。母は嬉しそうに頷いてくれたものです。

 もう叶わぬこととなってしまいましたが、私はたとえどんな形であろうとも、これからも小説を書き続けます。約束したからというのも、もちろんありますが、何よりもそれを母が願ってくれていたからです。

 実を言うと私はかなりの親不孝者で、職に就くのも遅く、昨年は思わぬ出費もあって、今は満足なお葬式など、とても出せない状態です。それなのに母は亡くなる前から、葬儀は不要だと私に言い聞かせるように言っていました。

 見舞いに行っても今はコロナ禍で短時間しか滞在できず、週に行ける回数すら制限されていて、私が子供の頃に母にしてもらったように、ずっとそばについていることなど、とてもできない状況でした。

 それでも母は「ガンバルゾ、ファイト」なんて言って、孤独な病院のベッドで本当はとても苦しいのを我慢して今日まで頑張ってくれました。

 しかも看護師に私のことを「自慢の息子」だと言ってくれていたそうです。こんなにダメな息子なのに母は私の中の何かをちゃんと評価してくれていたのです。

 私は母が大好きです。本当にどうしようもないくらい大好きです。この世に、こんなにも息子に愛された母が、どれくらい居ることでしょうか。

 それなのに母は若い頃に妹を殺人同然の交通事故で失い、両親にも先立たれて親類縁者も、少ないのが実情です。


 だからみなさん、どうかほんの少しでもいいので私の母のために冥福を祈ってあげて下さい。


 そしてみなさんはどうか、私と同じ後悔をしないように、しっかり親孝行なさってください。

 今は足下も覚束ない状態ですけど、それでも「絶対に挫けない」と誓います。母が自慢に思ってくれている息子なのだから挫けるわけにはいきません。

 それでもつらく苦しいときには母の言葉を支えにして乗り切ります。

 ガンバルゾ、ファイト――と力強く。

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