袋小路

よし ひろし

袋小路

 その日、私は実家に帰省すべく車を走らせていた。お盆なので帰省渋滞に巻き込まれる――ことはない。いま住んでいる神奈川県の鎌倉から実家のある東京の清瀬に帰るので、渋滞とは逆の方向、スムーズに進むことができた。途中新宿に立ち寄り、手土産を買ってからおやつ代わりの軽食を取りつつ一休み。清瀬市内に入った時、日はかなり西に傾いていた。

 実家に帰るのは5年ぶりだ。仕事が忙しかったのとコロナのせいで、足が遠のいていた。

 清瀬駅を抜け、市の北側に進む。駅周辺や市の南側は古くから発展している地域だが、北側は畑が多く、東京とは思えない風景が広がる。実家があるのはその北側のどん詰まり、ほぼ埼玉という場所だ。

 しばらく進んでいるうちにふと気づく。

「あれ、ここも畑じゃなくなってる……」

 自分の記憶の中では延々と広がっていた畑のいくつかがなくなり、住宅地になっていた。

 そこで、先日母に電話した時に何げなく聞いた話を思い出した。

『最近あちこちで家が建ってるのよね。コロナで年寄りが亡くなって、相続のために畑を手放すところが多いからって噂がね――』

 その時は聞き流していたが、こうして実際目にしてみると確かに新築の家が増えていて、相続税のために畑が手放されたという話に真実味を感じる。

「あれ、あそのにあった古い農家もマンションになってる――」

 自分の記憶と目前の風景の差に、私は妙な違和感を覚え始めた。

 何かもやもやしたもの感じながら、ハンドルを切り、車を細い路地に進める。実家への近道だ。

 日が沈み、夕焼けから宵闇へと変わりつつあった。雑木林の間の小道に入ったところで薄暗くなったので車のヘッドライトを点ける。さらに進んだところで――

「ん? あれ、こんなんじゃなかったはずだけど……」

 突然、見覚えのない住宅街の中に入り込んでいた。本来なら、右手に畑が広がり、左手にその持ち主と思しき農家の大きめの屋敷があったはずなのだが、ヘッドライトに浮かぶ道の両脇には、似たような造りの一軒家がずらりと並んでいた。

「ここも開発されたのか……。あ、あれ、やばっ」

 私は慌ててブレーキを踏んだ。道なりに進んでいたら袋小路になっていたのだ。先に進めそうもない。

「まいったなぁ」

 道幅がなくUターンもできなさそうなので、バックで少し戻り、枝道に入る。そこで車を止めカーナビを確認するが、まだデータが更新されてないのか、自分の知る道がそのままのっていた。スマホの地図アプリも同様で、この新しい道がどこにどう繋がっているかわからない。

「仕方ない、戻るか」

 私は来た道に向けてハンドルを向けた。

 もうかなり暗くなっているのに、家々に灯りがない。どうやらまだ入居前のようだ。まるでゴーストタウンのように感じ、ふと身震いする。

「あれっ?」

 しばらく進んだところで、また私はブレーキを踏んだ。行き止まりだ。

「おかしいなぁ……」

 もと来た道戻っていたはずなのに、どこかで間違ったのか――。

 もう一度Uターンし、道を進むが、また袋小路に出てしまった。完全に道に迷った。

 カーナビで現在地を確認する。さっきとは少し場所が違う。どうやら同じ袋小路ではないようだ。

「困った……」

 私はとりあえず辺りの様子を確認しようとドアを開け車から降りようとした。途端に背筋に悪寒が走る。

(ダメだ、外に出ちゃ!)

 直感が告げた。慌ててドアを閉める。

 外に出て車から離れたら、車にも戻れなくなってしまう――そんな予感がした。

「ここは、普通の場所じゃないのかも……」

 一呼吸置き、考える。どうするか。

「よし」

 とりあえず車を走らせてみることにした。カーナビの画像が信頼できるかわからないが、本来行くはずだった道――実家のある方向へと進んでいく。

 少し進むとまた行き止まりに。バックして戻り、違う道へ。これを何度も繰り返す。しかし、どうしても先には進めない。

 どれくらいたったのか、時計に目をやると、時間がほとんど経ってないのに気付いた。体感では1時間近く迷っていたように感じたのに。やはり、ここは普通の場所じゃない。

「くそっ! どうなってるんだ」

 訳が分からない。よくある昔話のように狸に化かされてるんじゃないかとも考えた。子供のころ、ここらにあった寺に狸が住みついていたのをふと思い出したのだ。あの寺はまだあるのか――カーナビの画面に目をやる。

「えっ!!」

 現在地がまさにその寺を指していた。それも裏側、墓地があるべき場所――

(まさか、あの寺も住宅地になったんじゃ……。ここは墓地の上に立った家――)

 全身に寒気が走り、ブルっと身震いした。刹那、助手席に放り出していたスマホもブルブル震えだし、電話の着信を告げるメロディーが流れだした。

「……」

 まさか化け狸から電話でも――一瞬頭に恐怖がよぎる。

 恐る恐るスマホに手を伸ばし、画面を確認する。

「母さん――」

 母からの着信を知らせていた。しかしまだ一抹の不安が残る。本当に母からの電話なのか……。

 ゴクリ、唾を飲み込み、電話に出る。

「……もしもし」

『あ、和樹。今日帰ってくるんでしょう。いつ頃着くの?』

 いつもと変わらぬ、のんきな母の声がスマホから流れる。

 気が抜けて、ふーっと大きく息を吐きだした。

 瞬間、何か周囲の空気が変わったような気がした。ハッとなり車外を見る。

 風景が変わっていた。細い農道に車は止まっており、畑の向こうには民家の明かりも見える。自分の知っている場所だ。畑の逆側には寺の墓地が――現実の世界に戻った。

『ねぇ、聞こえてる?』

「あっ、うん聞こえてるよ。大丈夫、すぐ帰る。もう近くだから」

『そう、じゃ晩ごはん用意して待ってるから』

「うん、じゃあ」

 そこで電話が切れる。私はもう一度外の様子を確かめる。

 大丈夫、自分の記憶通りの風景だ。

 元に戻った。私はもう一度大きく息を吐きだし安堵した。それにしても、今までの出来事は何だったのだろう? まさか本当に狸に化かされたか。考えても答えは出ない。

「帰ろう」

 気持ちを切り替え、車を出す。車一台ギリギリ通れる農道を慎重に抜け、舗装された通りに出る。すぐ横のお寺の門前を通り、少し広めの道にでて右折した。実家まではもうすぐだ――


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