第2話 ゲームはダウンロード時間が一番だるい
VRゲームをプレイするためのアカウントの作成と、格闘ゲームのシリアルコードの入力を済ませると、大会は2週間後だから練習しておいてと言って2人は足早に去っていった。後は説明書を読んで覚えろとのことである。
俺は舌の上に焼き肉の肉汁の気配を感じながら、まったく、現金な奴らだ、と呟いた。
箱から取り出したゲーム機(ニューロ・ブレイクというらしい)を手にとって見てしばらく眺める。
ダークグレーを基調としたヘルメットのようなデザインをしている。
ただ、このヘルメットはゲーム機の本体ではないらしく、これ単体では動かすことができない。
ゲーム機の本体は、ヘルメットと同様に箱に梱包されていたキューブ型の白い物体だ。
これを落下の危険のない安全な場所に置いて、ヘルメットの頭頂部にある差込口にケーブルを挿して繋げて使うらしい。
このヘルメットが寝返りも打てそうなほどにコンパクトで、柔らかめの素材で作られているのは本体機能をあのキューブに分離したからなんだろう。
五感をすべてコントロールするVR機器があるのは知っていたが、あれがここまで小型化されているというのはなんとも奇妙な話だった。
こんなに小さくて本当に使えるのかと、少し心配になって、びっしりと書かれた説明書を念入りに読み返す。
その説明書には使用方法、使用時の注意と、故障時の対応について淡々と書かれている。
安全のために体の決まった場所に電極パッドを付けてくださいとか、使用時に急に切断されるようなことが二度以上続けざまに起こった際は危険であるため必ず使用を中断し、メーカーへ修理を依頼してくださいとか、内容はそんなところだ。
説明書を読むほど本当に大丈夫だろうかと余計に不安になったが、焼き肉には替えられないと、意を決してニューロブレイクを使用する決断をした。
寝間着に着替え、ヘルメットとキューブをケーブルで繋ぎ、それから電極パッドを説明書のとおりに付けた。最後にヘルメットを被って横になる。
眺めていたときは首や頭を痛めそうなデザインだと思ったものだが、被って横になってみると、想像していたよりも軽くて柔らかく、その心配は少なそうだった。
目を閉じて数秒すると、ゲームを起動するかの確認があると説明書に書いてあった通り、ゲームを起動しますかという音声が聞こえた。
「はい」と言って承諾の意を示すと、突然体に浮遊感が生じて、急激に眠くなるような感覚に襲われる。初めて使用した際に、乗り物酔いのような症状が現れることがあるがと書いてあったが、たしかにこれは気持ち悪くなるのも無理はないかもしれないと思った。
何秒経ったのか、意識の酩酊は少しずつ収まり、だんだんと眠りから覚める時のように意識がはっきりとしていく。
目を開くと目の前には8畳間ほどの部屋がそこにあった。手元に浮かぶキーボード以外は何もなく、殺風景な部屋である。特徴といえば黒いタイルの床に、白い壁と天井、それから天井の中央に取り付けられたシーリングライトが点灯していることくらいだ。
そういえばコーメイがダイブしたら手元にあるキーボードを使っめ初期設定をすると言っていたことを思い出して、俺は手元のキーボードを確かめた。
普段使っているキーボードと大差のない配列で、電源ボタンのようなマークが右上に配置されていた。
「これか。」
押して見ると、眼の前にホログラム上のウィンドウがポップした。
ウィンドウに数秒間「ようこそ」という表示がされた後に、ログイン画面に切り替わった。
フルダイブと言っても、このあたりは現実とさして変わらないらしい。
俺は先程設定したアカウントのIDとパスワードを思い出そうとすると、それを待っていたかのように自動的にログインフォームに文字列が入力された。
「自動入力ならぬ思考入力、いや、曖昧な記憶を読み取ってるから、少し違うか…。ゲームなのに凄いな。」
一体どんな超テクノロジーが使われているのかを想像して、ゲームだからと少し舐めていたと自らの浅はかさを反省した。
入力が勝手に済まされたので、そのままログインをしようとエンターキーを押そうと考えると、これもまた同様に自動的に行われてしまった。
これに慣れたらパソコン使うのも面倒になりそうだと思った。
1秒もかからずにログインが完了すると、ポーンという音とともに、視界の上に何かが表示された。
視線を向けると、銅メダルのようなマークとともに半透明の文字枠の上に、初めてのログインと書かれている。目を向けると数秒程度で薄っすらと表示が消えていった。そして、新しいアイテムが追加されましたというガイド音声が聞こえた。
一体何のことであるのか気になったが、取り敢えず無視をして開いていたウィンドウに再び目を向けた。
先程友人2人が俺のパソコンを使ってアカウントを作成したときと同じページがホログラムに映っている。
それにしても、マウスがないのにどうやって操作するんだろうか。
そう考えたとき、既にあるホログラムの隣に新しいホログラムが生成された。
書いてあることを読むと、ホログラムを見ながらカーソルの存在を意識するとカーソルが出現し、自分が動かしたいと思ったところに動かすことができるという説明がされている。
その説明のとおりにやってみると、本当にカーソルが出てきて、自在に操作することができた。
ただ、カーソルを使わない方法もあるようで、表示したいと思ったページを強めに意識することで画面を切り替えることができるらしい。
一応試しにプレゼントのページを見たいと念じてみると、マイページのメールボックスのページに切り替わった。
それを読むと、部屋の壁紙を変更できるアイテムが追加されたということがわかった。
今度は壁紙を変えるページに飛んでみる。
そこには2つの壁紙があり、それぞれ白い壁と普通の壁という名称だ。
普通の壁の右上にちょこんとnewという表示が可愛らしく付いているので、プレゼントされたのは普通の壁ということだろう。
早速普通の壁を使おうと意識すると、白い壁に窓が新しく加わっていた。クローゼットのような物とドアも設置され、先程よりも随分と生活感を感じるようになった。
「何かしら実績を集めると部屋のアイテムが増えていくってことか。」
アイテムこそ持っていないが、壁紙以外にもアイテムの項目があるため、このVRゲームを続ける中で部屋をカスタマイズしていくことができるというコンセプトだろう。ここは現実とは異なる世界であるというメッセージのようにも感じた。
少し感心しながら、そういえば格闘ゲームをやるためにこのゲーム機、(友人達の言葉を借りるなら)ニューブレを起動したのだということを思い出した。
他の印象が強くてうっかり忘れてしまっていた。
ゲームはどこにあるのかを意識して、ページを遷移させる。
すると、ライブラリというベージに移ったが、あの格ゲーはまだダウンロード中のようだった。
オンラインに接続することはできないが、代わりにチュートリアルをプレイできるらしい。
ここで仮想現実からダイブアウトするのも後で面倒だろうし、暇つぶしに始めてみようかと思った。
同時に、部屋に追加された木製のドアが自動的に開いた。
一緒にポップしたホログラムに書かれた説明によると、ゲームを開始する際は所定の位置にゲートが現れ、そこを通り抜けることによってそのゲームをプレイできるようだ。
俺はその指示に従ってドアの外へと抜け出した。
楽園遊戯 べっ紅飴 @nyaru_hotepu
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