depression, with a chance of

@oka1791

第1話

10:00ちょうどに起床。カーテンを開けて外を覗くと、あまりの眩しさに思わず目を細めそうになる。窓を開けて身を乗り出す。上を見上げると、直近の目覚めでは空を覆いつくしていた雲は一つも見えなかった。きれいな青色。ちょっと目線を水平に戻して全体を見渡す。下の方がうっすら白みがかっている。最後に目線を思いっ切り下げると底の方にきつい灰色の雲が見え、はるか真下の地表をどんよりと覆い隠していた。真っ青な天球、そして底にうねうねと溜まった灰白質。地元でみんなから好かれているおじいさんの作る名産品のスイーツがあったとして、それが集産主義の枠組みに組み入れられ大量生産され、当初の文脈を失った末に生み出された不良品の一つ、そんなもののように思われた。

デジタルのディスプレイに目をやる。8月のある一日であるということ、今日が真夏日であるということを示していた。もしまだ正常に動いていればとしての話だけれど。

することもなくぼおっとしていると、電話機の内線ランプが光って音が鳴り響き始めた。同じタイミングで目覚めていること自体が珍しく、しかもまだ内線が機能していたということは衝撃的だった。連絡用エレベータはとうの昔に機能を停止しており、外付けの階段は前々回目覚めたときに3つ上の階で吹き飛ばされていた。

受話器を手に取る。「もしもし」

「お~~、B?お久~~~!!!」

「...A今日起きてたんだ」

Aは建物内唯一のフラグシップモデルだった。感情表現ユニットも最上位のものを搭載しており、話しているとトーンの勢い、適切にチューニングされた言葉選びとでこちらの感情を完全に読まれているような気がしてむずがゆい感覚に陥る。目覚めるたびに個体間で行われる通話の回数が急峻に減少していく中で、Aが最後まで残り続けているのは自然なことのように思われた。

「そっち降りていこうとしたんだけどさ、階段途中で吹き飛ばされてなくなっちゃてて」

「あー...それだいぶ前になくなってたよ」

「マジで?タイミングの問題かなあ、というかめっちゃ頻度空いてた気がするし...ちょっと渡したいものがあるんだけど、五感周りのセンサーまだ生きてそう?」

「まだ全部無事ぽい」

「ちょっと窓の外に手出してて、今落とすから」

いったん受話器を置いて、言われるがまま手を窓の外に出す。しばらくするとはるか上に小さな点、徐々に大きくなって手のひら大の黄緑色の球体となり、すっぽりと手の中に受け止めた。ひんやりとして冷たい。皺模様のついた上ぶたで閉じられており、てっぺんに水栓にも似たとってが付いている。

受話器に戻って、 「とったよ...これなに?」

「なんかね、おんなじ階に冷凍庫があってさ、その中に入ってたんだよね。めっちゃ甘くておいしくて、食べてほしいなって思って」

蓋を開けて、指をスプーンに入れ替える。掬って口に入れる。最初に甘さと夏のにおい、続けて冷たさが迸った。共感覚的なものは備わっていなかったはずだけれど、最初に想起された感覚はたしかに夏のにおいだった。

「どう?」

「めっちゃおいしい。マジで夏って感じ」

「え~、何それ笑 概念じゃん」

「まあね...」

しばしの空白。何か言いたくて、なんて言ったらいいのか分からなくて戸惑う。間が空いて、Aがつづけた。

「ね、あのさ」

「なに?」

「他の個体、たぶん全部停止しちゃってるわけじゃん」

「うん」

「次タイミングが合うのも、いつになるか分からないじゃん」

「うん」

間隔。

「だからさ......今そっちにジャンプするから、キャッチしてくれない?」

後続するものとして演算、再演算、再度再演算。判定。現在の耐荷、動作能力でキャッチするのは、完全とは言わないにしても相当困難だと結論づけるものだった。

「絶対とは言えないけど、したい...多分キャッチできなさそう」

「そっか~~~~~...」

「うん......」

「ね、もし2人とも残り続けてて、次目覚めてタイミングが合ったらさ。」

「うん」

「その時、そっちに落ちるから。」

「...分かった。必ずつかまえる」

「やった~~~!!じゃあその時...よろしくねー」

ちょっと逡巡しているうちに、電話は切れてしまった。

もし何かというものがあるとして、今がその時なのかもしれない。もう一口、口に運んだ。手に取ったままの球体に目をやる。初めて見る容器の形状、色の事、Aのこと。何らかの意味でそれが夏のオマージュである、そう考えるのはなぜだか自然なことのように、そんな気がした。

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