出張節分お化け
押見五六三
全1話
「もう、こんな時間か……」
接待が長引き、予約をしていた宿泊先のホテルに着いた時はもう真夜中だった。
時計の短針は既に丑寅の方角を指している。
正直こんな時間に成るのは予定外であり、不本意だ。何故なら私は出張で地方に来た時は、毎回その地での色事を楽しみにしているからである。
私は旅の行く先々で風俗店を利用しており、各都道府県風俗巡りコンプリートを目指しているのだ。
勿論そこで働く嬢が、その地の出身者である確率が低い事などは知っている。私の目的はその地ならではのサービスの違いを知りたいからであり、そして何より風俗遊びは若い頃からの私の数少ない趣味で、生き甲斐だからである。
47都道府県制覇は、風俗マニアにとっての浪漫なのだ。
特に今回の出張で初めて訪れたここ京都は、日本最古の花街が有った島原や、先斗町などの五花街がある由緒正しき地なので、私は本当に楽しみにしていたのだ。
残念ながら風営法により、この時間まで受付をしている風俗店は無い。
日の出から営業している店も有るが、私は仕事の為、明日一番の電車で地元に帰らないといけない。
待ちに待った京都での風俗遊びなのだが、残念ながら諦めなければ成らない状況だ。
溜め息を吐きながら私はノートパソコンを開けた。
一応この時間でも営業している店が有るかを風俗サイトで調べてみる。
我ながら無駄な行為だと思う。
だが、予想は良い方に裏切ってくれた。
一軒だけ営業中の店を見つけたのだ。
「デリヘルか……」
デリバリーヘルスは出張ヘルスとも言われ、自宅に嬢を派遣してくれる比較的最近のシステムの風俗である。
宿泊先のホテルにも来てくれるが、注意すべきは殆どのホテルが風俗嬢を呼ぶ事を禁止している点だ。ホテルの部屋は基本、宿泊者以外は出入りしてはいけないのである。
私はその事も踏まえ、改めてその営業中の店の情報と、ホテルの規約に目を通す。
「やはり、このホテルは大丈夫みたいだな。しかし、『花魁死神館』とはネーミングセンスを疑うな。このホテルの名前『都心中』も大概だが」
私はパソコンから目を離し、室内を見廻した。
お世辞にも綺麗な部屋とは言えない。
ベッド以外の物と言えば、長机の上に古いテレビが一台置かれてあるだけで、冷蔵庫も貴重品入れも置いていない。
和風の壁や天井には、黒い異様な染みがあちらこちらに見れる。
エアコンが故障しているのか、どこからか生暖かい風が流れてくる。
真冬なのに空気が湿気ていて、もの凄く不快だ。
テレビの上に飾られた絵画の裏を覗くと、ビリビリに破れた御札が貼って有ったので思わず笑った。
いったい、このホテルは築何年なんだ?
まあ、風情が有って京都らしいと言えば京都らしいか。
実は元々このホテルは連れ込み宿だったみたいで、だから嬢を呼ぶのも問題無いみたいである。
でも流石に、こんなボロボロの部屋に嬢を呼ぶのは些か忍びない。
そう思いながらも私は我慢できず、『花魁死神館』という、その店に電話をした。
相手はワンコールで直ぐに出る。
「お電話ありがとうございます」
か細く、沈むような男の声だ。
まあ、深夜に大声は出せないか。
「『花魁死神館』さんかね? 嬢を1人お願いしたいんだが」
「かしこまりました。本日は節分ですので『節分お化け』と成っております。お好きなコスプレをお選びください。勿論オプション代は掛かりません」
「節分お化け?」
聞いた事がある。
確か江戸時代に京都を中心に流行った厄除け行事で、節分の日に子供が大人風の髷を結ったり、男性が女装したりなどの仮装をするハロウィンみたいなコスプレイベントだ。
特に花街で盛んに行われ、今でも祇園のお茶屋では節分の日に芸妓さんが妖怪や有名人などに扮したり、お客も女装をしたりという遊びを行うと聞く。
東京の吉原や、大阪の北新地でも『節分お化け』をする大人の遊び場が有り、2月3日に嬢がお化けのコスプレをする店も有るそうだ。
なるほど。今日は節分だったな。すっかり忘れていた。しかし、流石は京都の風俗店だな。伝統のコスプレ遊びを取り入れるなんて、粋な計らいではないか。
「コスプレのラインナップを伺おう」
「はい。血塗れナース。骸骨魔女。首無しメイド。首だけバニーガール。セーラー服姿砂かけ婆。ちょうちんブルマお岩さん。セクシーサンタ八尺様。チアガール貞子。虎皮ビキニの透明人間。マイクロビキニのトイレの花子さん。以上からお選びください」
「うむ。どれもピンと来ないので、お任せする。それよりGカップ以上で直ぐ来れる子は居るかね?」
「それならメリちんさんは如何でしょう?」
「巨乳なら構わない。指名料も払おう」
「かしこまりました。では直ぐに向かわせます……」
私は嬢のパネルを見ない派だ。
パネルなぞCGでいくらでも加工できるからである。
だいたい風俗界は、ウエスト60以上が存在しない偽りの世界だ。
但し、パネルは見ないが、私は初見の嬢にも指名料は必ず払う。
これは指名料には店のマージンが発生せず、全て嬢に渡る為、嬢のモチベーションが上がるからだ。
指名料払いは風俗で遊ぶ上での、事前爪切りチェックと並ぶほどの紳士のマナーだからな。
私はホテルの場所を告げ、電話を切った。
直ぐに来ると言ったので私はベッドに座り、腕組みをしながら待つ。
だが、1時間半経っても嬢は現れない。
前の客が延長して遅れる事は多々有るが、これは余りにも遅すぎる。
業を煮やした私は店に電話してやろうとスマホを手にした瞬間、甲高い着信音が鳴った。
こんな夜中に誰だ?
「もしもし。誰かね?」
「もしもし。私、メリちんさん。ご指名ありがとー」
「ああ、指名したお嬢さんだね。遅いじゃないか。今、何処にいる?」
「今、ホテルの前に居るのー」
「そうか。じゃあ、もう5分位で部屋に来れるね。404号室だ。待ってるよ」
だが、5分待っても10分待っても彼女は現れない。
私はイライラとムラムラが収まらず、我慢の限界だった。
そして又、着信音が鳴る。
「もしもし!」
「もしもし。私、メリちんさん。今、ロビーに居るのー」
「何? まだロビーなのか? いったい何をしてるんだ? もういい! 向かいに行くから、そこで待ってなさい」
そう言って私は上着を来て部屋から出ようとした時、再び着信音が鳴った。
「もしもし。何だ? どうしたんだ?」
「もしもし。私、メリちんさん。今、あなたの後ろに居るのー」
「はあ? 私の後ろ?」
どういう事だ?
私の後ろとは、既に部屋の中に居るのか?
私はまだ扉を開けていない。
いや、それどころか扉の鍵はかかったままだ。
なのに部屋に入っただと?
私は恐る恐る後ろを振り向いた。
だが、誰も居ない。
「何だ冗談か」
と、思った時に視線を感じた。
視線はテレビの横、机の上だ。
机の上には、いつの間にか兎耳のカチューシャを付けた女型のマネキン人形の首が置かれていた。
そのマネキン人形の目がいきなりカッと開き、ギョロっと私を睨めつけると、ニヤリと不気味に笑った。
そしてその口からポタリポタリとドス黒い血を垂らしながら、地を這うような声でこう言った。
「私、メリちんさん。ご指名ありがとー」
私はそれを聞いた瞬間、思わず震えながらこう叫んでいた。
「チェンジィィィィィィ!!」
かわいそうだが巨乳を頼んだのに頭部しか無いので、これは止む無し。
〈おしまい〉
出張節分お化け 押見五六三 @563
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