彩を描く

花野井あす

彩を描く


 私は今、心の奥が途轍とてつもなく酷く濁っておる。

 

 と明太郎めいたろうは吐息をこぼした。

 

 すると奥方が「はて、どのような塩梅ぐあいで。」などと尋ねるものだから、明太郎は「ううん、ううん」とかしらを掻く。そして

 

 くろ色の中ににび色とこけ色と幾許かの白濁はくだくの織り混ざった風躰ようすをしているのだ。

 

 と言葉でかえした。

 

 奥方には皆色まったく見当の付かなかったようで、眉を八文字にしている。明太郎は再度また「ううん、ううん」と首を捻る。そして絵筆を取った。

 

 にしてしまったほうがきっといだろう。


 明太郎は水彩の絵具インクを数滴調色板パレットへ並べ混ぜ合わせた。幾通りものの色を創っては彼の内心に浮かぶ色彩を吟味さがす。


 然しいずれも求めるものとはことになる。此れでは妻に伝えられぬと反復また色を合わせては水へ還す。そして結句ただのどぶ色になった。

 

 ああ、私は世界をとん理解しらないのだ。

 ああ、無学な私が様相かたちひと認識しらせようだなんて、なんと烏滸おこがましい。

 

 「私には敵わないよ。」と明太郎は絵筆を仕舞った。その頬に一筋の涙が在った。明太郎の内心の色はより重なっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彩を描く 花野井あす @asu_hana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説