2-4 死者の想い、生者の願い

 火耀日。


 約束通り、アリウスは朝早くにリーラの部屋を訪れた。ドアの前に立ち軽くノック、だが返事はない。


「リーラ姉。来たよ」


 何度か呼び掛けるも反応はない。これ以上粘っても、ご近所に迷惑を掛けるだけだろう。


「仕方ないなー」


 やはりこうなったか、と思いつつドアノブをひねる。前日の行動をなぞる形で奥へと進み、ベッドの脇に立つ。


「すぅー」


「寝てるし……いや待てよ。昨日は親方の依頼があったんだっけ」


 もしかすると、昨日別れた後で夜遅くまで活動していたのかもしれない。無理に起こすようなことはせず昼に出直そうか、しかしそれだと体がきつい。いっそ、このままここで待たせてもらおうか。などと思案していると、乱れた銀の前髪の先でまぶたが開いた。


「ん……」


「おはよう、リーラ姉」


「おはよう、アル……と?」


 まだ眠気の残る眼差しがアリウスを見つめ、次いでその後ろを捉える。向けられた視線に応じるように、少年の背中側からしわがれた声がした。


「やア」


「ん。おはよう」


「きノウハ、あイサツモでキズ、すマナカッタ」


「気にしないで。そちらが今、どういう状態にあるのかは見当がつくから」


「そレハ、たスカル」


「ちょちょ、ちょっと待って、リーラ姉!」


 ごく自然に流れる会話に、アリウスは強引に割って入った。何かを考える余裕もなく、心に生じた疑問をそのまま口にする。


「骸骨の声が聞こえてるの? こいつ、自分の声は俺にしか聞こえないって」


「占い師だから」


「そ、そういうものなの?」


「姿が見えるんだから、声も聞こえるのは当然」


「そ、そう」


 返された答えはとても納得できるものではなかったが、しかし反論も思いつかない。口を動かせずにいると、それをどう取ったのか占い師は起き上がって解説を始めた。


「この子は未だ存在が希薄で、アリウスにしか認識できない。巡礼はまだ一座しか回っていないから、意思疎通ができるのは取り憑かれている本人だけ」


「でも、リーラ姉は……」


「占い師だから」


「そういうものなんだ……」


 もう理屈ではないようだ。諦めて納得していると、姉がベッドから降り着替えを始めた。だがアリウスに動く気力はなく、ただ背中を向ける。するとほどなくして衣擦きぬずれれの音が終わり、続いて話し声が聞こえてきた。


「では改めて」


「あア。よロシク」


(もう勝手にしてくれ)


 投げやりな気分で二人の挨拶が終わるのを待つ。


「私はリーラ。この世界を輝きでもってかたどる七つの光、七耀の占い師。そしてこの子、アリウスの姉」


「わタシハ、うィーノ。……」


「ウィーノ。うん、よろしく」


「わタシ、わタシハ……」


「どうしたの?」


「あアー……」


「もしかして、何も覚えていない?」


「……そノヨウダ」


「え?」


 さすがに聞き流せず、アリウスは振り向いた。しかし当然のことながら、背中の骸骨も後ろに回る。会話を中断させてしまった形になったが、リーラにとっては些細ささいなことのようだった。向けられた視線を正面から受け止め、質問とともに返してくる。


「アル。ひょっとしてこの人の素性、聞いていないの?」


「えっと、うん、まあ」


「だめでしょう。せっかく話ができるようになったのに。今後のこともあるんだから、ちゃんと話し合っておかないと」


「はい」


 正論に言葉も出ない。


 昨日はつい感情的になってしまったが、巡礼はまだこれからなのだ。あと六日、背中の幽霊を無視したまま過ごして、体調に良い影響を与えるとは考えにくい。


(せめて寝る前に一度、声を掛けておくべきだったかな。負の感情の塊っていうぐらいだから、下手に機嫌を損ねるとどうなるか……)


 最悪の場合、呪いが悪化して耀精王ようせいおうの加護をもってしてもはらえなくなるかもしれない。


 その可能性に思い至り、自然と身が震えた。


 それでも、ここでづいてはいられない。


 アリウスは心配そうな表情を浮かべる姉の機先を制し、話を進めた。


「こいつのこと、何も知らないよりは知っておいたほうがいいってことだね」


「そうだけど……。大丈夫? 体が震えているようだけど」


「平気平気。これぐらい、どうってことないよ」


「そう? ならいいけど、無理だけはしないで」


「うん。ありがと」


 笑って応えて見せると、占い師はようやく眉間のしわをほどいた。視線を少年の背後へと移し、骸骨姿の亡霊へ話しかける。


「ウィーノ。あなたに記憶がないのは、まだ存在が希薄だから。七耀参しちようまいりを続ければ自然と戻るはずだから安心して。それよりも重要なのは、あなたの今の気持ち」


「いマノ、きモチ?」


「これがやりたいとか、あれが欲しいとか、そういうのない? 生前の未練があなたを地上に縛り付けている原因。それを少しでも解消できればアルに掛かる負担も減るし、あなたが進むべき次の段階へつながる」


 次の段階。


 ずいぶんと抽象的な言い方だが、つまりは死した者が行くべき場所だ。そのことを理解できているのかどうか、しわがれた声に力が籠る。


「わタシ、わタシハ……」


「うん」


「わタシハ、じユウヲとリモドシタイ」


「自由を?」


「あア。じユウ、そレガ、そレダケガ、いマノワタシノのゾミ!」


「そう……」


骸骨――ウィーノの告白を受け、リーラは次の対応を考えようとした。しかしそこで、弟の顔つきの変化に気付く。


「アル?」


「ああ」


 アリウスも覚悟を決めたのだ。死者に負けじと、声を張り上げ宣言する。


「自由を取り戻したい、っていうのはこっちも同じだ。お参りでも何でもやってやる! さあ、行くぞ!」

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常雨の街の神秘劇 朝倉 畝火 @sorakuzira

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