失恋カフェ ルデゥテ

冬見雛恋

第1話

雷鳴かと思った。花火だった。

虹かと思った。シャボン玉の群れだった。

玄関の置物かと思った。大きすぎるかえるだった。


田んぼのあぜ道を、麦わら帽子の少年が虫取り網を肩にのせこいでいく。

暑すぎる太陽。

眩しい日差し。

夏になると思い出す。


昔私には好きな男子がいた。

小学校の図工の時間、水性絵の具で夏の風物詩を描くという楽しい授業があった。

先生が色んなお題をだして子どもたちがそれに答えていた。

夏の夜空に光るもので大きな音がして一瞬で消えるのは?

花火!

昼間にうるさく鳴く虫は?

せみ!

浜辺で目隠しして割る遊びにつかう果物は?

スイカ!

クイズは続いていた。


各々その答えの中から好きなものを選び画用紙に色をいれて描く。



私はスイカをかいた。

赤い実に、黒い種を描いたが、絵の具が滲んで種がまるで虫みたいに大きくなってしまったので、急遽カブトムシにお直ししてみたら、思いの外いい感じになった。


それ、いいね。

隣の席の子が言ってくれた。

嬉しかった。


水性絵の具だから水を足すと薄くなるし、違う色同士を混ぜて新しい色を作っても良い。


彼は物静かでおとなしい子ども。

でも盛り上がる授業の雰囲気が嫌いじゃなくて彼も楽しんでいることは表情でわかった。


皆さん色遊びができましたね。

では次のお題は、色に関してのクイズです。

先生は絵を見て周りながらニコニコしている。


白と赤を混ぜると何色?

ピンク!

正解

赤と青は?

紫!

正解

黄色と青は?

緑!

正解

青と緑は?

青緑、かな?

では実際にやってみましょう。

回答を求められて

私は、ターコイズブルーと答えた。

みんながおおー、と沸き立った。えへん。

先生は、エメラルドグリーンと言った。


だけど隣の彼は水色と答えた。

みんなはえ?となる。

混ぜても水色にはならない。


水色は、青と白だよ、という子が多数だ。

でも先生はニコニコして、それも大正解だといった。

じゃあね、全部の色を混ぜると何かな?

彼は白と答えた。

大正解。

え?やってみたけど、全部を混ぜると黒になるよ。

彼は発想力が豊かです。

彼の答えは水色も白も大正解。何故正解なのかはもう少しお勉強するとわかります。

でも今日はここまで。

みんな、それぞれ考えてきてね。

大きくなって私は、彼の答えの意味がわかった。

皆と違う。

でも彼はただの変人ではなかった。

独特の世界観を持ち自らの道を自信を持って突き進む彼。

私は彼が好きだった。

彼の価値観を、彼の信念を、彼の世界を私は覗いて見たかった。

彼とは、告白もしないまま高校まで一緒だった。

よくお喋りをしたし、仲は良かった。

読書や映画、音楽について語り合った。


僕はね。

彼は言った。

この世界のすべての美しさを目に焼き付けて、そして手に入れたい。

僕のコレクションにして大切に並べて眺めて。

自分のものにしたい。

美しいものが好きだ。

心揺さぶられる美を僕は求める。

そして、美の良いところは、自分のモノにしたとしても一人占めではなく誰かと共有するのが可能なこと。

みんなで一緒に見られる究極の美はなんだろう。

ね。

私はワクワクした。

彼が本当に好きだったし一緒にいられて幸せだったけれど、どうしても告白はできなかった。断られるのがこわかった。


そして今日私は友達の結婚式で号泣した。

大好きな彼と、伴侶になる美しい友達。

今までの私って、一体何だったんだろうって。

小学校で好きになってから、彼のお嫁さんになることに憧れて、素敵な恋をして、うっとりするようなキスをして、ふわふわのウェディングドレスをきて。

そんな夢を叶えていった友達が羨ましすぎた。

もう私には望めない幸せ。

チャペルの庭の軒下で。

パーティードレスで帰り道一人ぼっち。

夏の夕立。

シトシトだった雨がバチバチに変わっている。刺さるような雨粒が傘を弾丸で射抜くみたいに落ちてくる。


世界はセピア色。


窓に張り付いた水滴は点と線と円で構成されていてまるでカエルの卵みたいであった。

帰ろう、濡れネズミで。

私は、湿ってしまった羽織についた水滴を落とし、ずぶ濡れのタイトスカートを絞り、パンプスから履き替えたがすでにびちゃびちゃのスニーカーから水を締め出してから、さて、どうやって帰る?と考えた。


そうおもっていたら、シルバーのタキシードの彼が、私を追いかけてきて、息を切らしながら私の肩をポンと叩いた。

もう帰る?

パーティー抜け出たの?

どこにいったのか探したんだよ。

何かようだった?

あのね、菜々に招待券を渡したくて。

これは、特別に選ばれた人にしか渡さない秘密のパスポート。

僕の会社の主催するランドの会員カード。

僕からのプレゼント。

受け取ってほしい。

うん。


夏が終わる。

私は失恋した。

でも、行ってみたかった。

彼の言うランドへ。

特別な人間が招待される場所へ。

残暑で蒸し暑い。

彼の名刺に書かれた大都会の住所へ向かった。

そこにはビルがあり、地下へのエレベーターがある。

下へゆけとのメッセージ。

薄暗い。

私は闇へ下っていった。

ずっと暗いほうへ、降りていく。

エレベーターが下がりきって次は階段。

階段には僅かに明かりが漏れる非常灯しかなく、足元がおぼつかない。

まるで洞窟みたいな階段。

ここは不思議の国のアリスかな。

コウモリがいそうな気がする。

鉱石が埋まっているような気がする。

もぐらの気持ちがわかりかけてきたころ、目的地のそれは現れた。

手に触れる壁はコンクリート。

行き止まり。

そして重たい重たい扉。

パスポートをかざす。

そこから光に抜け出た。

そこは、巨大な地下図書館だった。


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失恋カフェ ルデゥテ 冬見雛恋 @huyumihinako

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