睡眠から追放された料理人は、幻の睡魔を探して今日もフライパンを振るう

遠野いなば

スーピーの香草焼き

 睡眠。

 それは心と身体の健康をになう存在。

 ゆえに不眠症とは悪である。



「眠れん……」


 俺の名は米斗こめと理人りと。気軽にリトって呼んでくれ。

 ある日女神に召喚された俺は、なんやかんやで異世界のここ、「フーディの箱庭」で料理人をやっている。


 詳しくは前回を見てもらえればと思うんだが、俺はこれからこの異世界に飯屋を出す予定だ。それで店の名前はなんにしようかと考えていたら、悩みに悩んで昼夜ちゅうや逆転し、夜が眠れなくなった。

 そんなわけで俺はいま、ひどい不眠症に悩まされていた。


「眠れないの?」


 フーディが言った。あぁ、こいつ一応女神な。金髪美人なだけで、全く役に立たないけど。


「あぁ、もう半月近く睡眠時間が5時間だ。しかも朝方にしか寝つけんし」


「十分じゃない。私なんか毎日オールよ」


「まぁ、お前は女神だからな」


 人間の身体と、神様的な身体を同じにしないでほしい。

 フーディが、丸太に座りながら話を続けた。


「じゃあ、魔物でも狩ってきたら? 身体を動かして、いっぱいご飯食べたら、ぐっすり眠れるわよ」


「それは毎日やってんだろ。それでも眠れないんだよ」


「ほほ。お若いの。歳を取ると眠りが浅いことなど、いつものことじゃよ」


「俺はまだ19だ」


 自称大賢者のワイズじいさんが、スライムをのしながら、俺とフーディの話に加わった。

 そこに自称勇者ヴィッセルの声が飛ぶ。


「なら女はどうだ! いいぞ! 夜がっ――」


「悪いが、これは全年齢版だから、そういう話は無しだ」


「む…そうか。確かにチャトラーもいることだしな」


 勇者が隣に座る、茶虎柄の猫耳少女チャトラーをみた。

 勇者とチャトラーは、いま川で釣りをしている。まぁ一匹も釣れていないが。この勇者、元漁師なのに。


 おっと、チャトラーの尻尾が揺れている。 

 今にも川に突撃しそうな勢いだ。



「よし! それなら、幻のスーピーを狩りに行きましょう!」



 フーディがビシッと人差し指を向けて俺に言った。

 いや、スーピーってなに?



 ◇◇◇◇◇



 そびえる山。その中腹くらいか。

 俺はいま、女神の鶴のひと声ならぬ、女神の世迷言よまいごとで山を登らされていた。


「おい、フーディ! スーピーってなんだ!」


「山の頂上! そこにっ、スーピーの巣があるわ!」


「だからっ、スーピーってなに!?」


 叫ぶ俺とフィーディー。え、なんで大声を出しているのかだって?

 それはあれだ。


 山の断壁を、ロッククライミングしている最中だからだ。

もう、下からびゅうびゅう風が吹くわ、手がぷるぷるといくわで最悪の状況だ。離したら最後、暗い谷底までまっしぐら。本当に勘弁してほしい。


「スーピーはっ、鳥の魔物よ! その歌声を聴けば、どんな不眠にも効果てきめん! 一発解消間違いなし! 税込み10万フーディで取引される幻の睡魔すいまなの!」


「睡魔って! そういう意味で使うのかっ!?」


 確かに魔物なんだろうけどさ。

 だいたい、その胡散臭いうたい文句は何なんだ。変な通販CM見た気分なんだが。なにより、その10万フーディって……。この世界、お前の名前が通貨なのか? 

 とはいえ、しかしまぁ……。


「つまり、そいつを捕まえて飼えばいいってことだな! そうすれば俺も! 不眠とおさらばってことか!」


 思わず岩を掴む手に力が入る。

 ふっ、これで俺は毎日すやすやライフだ!


「あ! 料理人、うえ!」


 下から女神の声が響く。


「は? うえ」


 その瞬間、俺の頭上に影が落ちた。

 うえをみると、ばさりと羽ばたくデカイ鳥がいる。


「なっ……まさか……」


 黄色い口ばしに、赤い羽毛。鳥の額には、まるでトサカのように、緑の毛がつんっと風に流れている。

 大きさは……。


「でか! 鳳凰ほうおうサイズ!」


 まぁ、鳳凰なんか見たことないんだけどさ。イメージとしてはそんな感じだろうか。


「あれがスーピーよ! 攻撃される前に早く逃げて!」


「どこへ!?」


 断崖絶壁だんがいぜっぺき。この場所に、逃げる余地などない。俺はスーピーの羽ばたきに、宙へと放り出された。


「うわぁぁぁぁぁ!」


「りょうりにーん!」


 落ちる俺。叫ぶフーディ。おい、お前魔法か何かで助けろよ、とか思う暇もなく、俺は谷底へと落ちて行った。



 ◇◇◇◇◇



「た、助かった……」


 木にぶら下がりながら、俺は安堵あんどの息を吐いた。

 どうやら運良く助かったらしい。谷底にい茂る草木がクッション代わりになったようだ。


「いや……むしろこれのおかげか」


 木から降り、服についた木の葉を落とす。この自前のコックコートはオルハリコンの金糸かないとで編まれている。ある程度の衝撃など問題ではない。


「さて、うえに行くか」


 高い岩壁を見上げる。こうも高いと、雲がかかって良く見えない。

 そんなときだ。ふと空洞くうどうをみつけた。


「洞窟か?」


 壁に手をはわせ、奥へと歩いていくと、中は螺旋らせん階段のような作りになっていた。


「ん? よくわからんが、これを登っていけば頂上ちょうじょうにつく……?」


 おい、フーディめ。あの駄女神め。

 なんでこんな隠し通路的なの知らないんだよ。あぁもしかして、スーピーに地へ落とされて、谷底に行かないと見つからないイベントか何かなのか?


 まぁ、それなら仕方ないか。

 俺は頂上まで続くであろう、螺旋階段を登った。



 ◇◇◇◇◇



「すぴーーーーー」


 あ、馬鹿が眠ってる。

 頂上についた俺の目に入ったのは、うたうスーピーと、すやすやと眠るフーディだ。

 しかし寝相悪いなアイツ。

 さっきからごろごろと激しく転がっている。


「ぐぇぇぇぇえ!」


 スーピーが俺を見て、鋭いいななきをあげた。なんか目が血走ってる。怖っ……


「んん? あら、料理人」


 フーディが目をこすりながら起き上がった。盛大に欠伸あくびをしてやがる。


「おい、なんかあの鳥、えらく怒っているんだが」


「あぁ、スーピーはね。起きている人を見ると、怒り狂うのよ。なんで眠らないんだって」


「なにその、理不尽」


「眠りの魔物だもの。そういうものよ」


 ふわーっと、もうひと欠伸をしてからフーディは立ち上がり、何かの構えをした。

 戦闘始まりますって感じか?


「さぁ、料理人! 狩りなさい! スーピーの香草焼きはぐぅ絶品なのよ!」


「はいはい、ぐぅ頑張りますよ」


 フーディの謎のかけ声に、俺は毎度お馴染みのフライパンを取り出す。

 そう、オルハリコン製のフライパンだ!


「これで終わりだ、スーピー」


「ぐぇぇぇぇえ!」


 前方から襲いくるスーピーに、俺は剣士のごとくフライパンをキンと鳴らす。


「必殺——」


 目を閉じ、集中する。迫る爪の気配。ここだ!



「ハービィロストォ!!」 (訳:香草焼きハーブロースト



 瞬間、フライパンから炎がほとばしり、スーピーを包みこんだ。

 紅蓮ぐれん火龍ひりゅうがスーピーを喰らう。耳をつんざくひときのあと、一瞬でその身をローストチキンへと変えた。


「やったー! 昼食ゲットォォォ!」


 フーディが歓喜の雄たけびをあげる——


「って! 駄目じゃん! 焼いちまったら!」


 しまった。つい勢いでローストチキンにしてしまった。どうしよう。

 これでは俺の不眠が解消しない。


「おい、フーディ。もしかしてそれ食ったら、俺の不眠治るとか?」


「治らないわよ。食べても美味しいだけね」


「あ、そう……」


 さっそくむさぼり食うフーディをよそに、俺はため息をつく。


「おい。全部食うなよ? 今日はアイツら留守番なんだ。土産のひとつは用意してやらないと」


「わかってるわ」


「はぁ……」


 なんかもう疲れた。でも眠くない。

 いや違うか。眠気はあって、頭の奥はしびれている。だけど眠れないという感じだ。

 うまく伝わるといいが、とにかくつらい。


「あ、ほうほう」


 フーディが口に肉をつっこみながら言った。


「あひょこありゅ」


「飲みこんでから言えよ」


「ん……そふね」


 ごくん、と喉を鳴らしたフーディが再び口を開いた。


「ほら、あそこにある卵」


「卵?」


 フーディが指差す場所を見ると、毒々しい色の卵が一つあった。


「私、スクランブルエッグが食べたい」


「作れってか?」


 仕方がない。疲れた身体で、のろのろと歩き卵を採取する。大きいな。ダチョウの卵くらいか。


「ん?」


 よく見ると、なんだか亀裂が走っている。

 そしてその亀裂はピキピキと広がり――


「うわ!」


 ぴかーと光を発し、中から美しい赤い羽の鳥が出てきた。


かえった!」


 鳥は、ピルルゥと鳴くと俺の指に顔を擦り付けてきた。

 どうでもいいが、普通はヒヨコじゃないのか?思い切り成鳥……さっきのスーピーの1/30くらいのサイズだ。


「って、まさかこれスーピー?」


「あら、ほんとね! これも食べる?」


「やめて差し上げろ」


 可哀想だろ。かえったばかりなのに。


「ピルルゥピルルゥ♪」


「うん? どうした?」


 スーピー(1/30スケール)が、俺の手のひら、正確には手のひらに乗ったからの中で、身体を左右に揺らしながら、うたった。


 そう。唄った、のだ。


「これはっ――」


「すぴー」


 強烈な眠気。

 つまるところ、俺とフーディは深い眠りに落ちたのだった。



 ◇◇◇◇◇



「可愛いみゃー」


 チャトラーがスーピー(1/30スケール)を頭に乗せ、ご機嫌にスーピーの香草焼きを食べてている。


 俺とフーディは村に戻ってきた。

 土産みやげとして皆にスーピーの丸焼きを振る舞った。とはいえ、村に持ち帰るころには冷めていたから、香草とともにもう一度軽く焼いた。

 今日は村をあげてのうたげだ。


「さぁ! 食べるわよ!」


 フーディが、豚肉にがっついた。

 あれは村への帰り道で出くわした、イノシシ型の魔物を狩ったやつだ。

 他にも幾つか、香ばしい香りをあげて魔物が焼かれている。


「料理人も食べるみゃ」


 チャトラーにスーピーの肉を渡された。

 彼女の頭上からスーピー(1/30スケール)が、俺の肩に移動する。


「ピルルゥ」


 くそ可愛いな。頬ずりしてくるスーピー(以下略)に思わず、笑みがこぼれる。

 肩に乗るコイツには悪いが、ひとまずチャトラーに渡されたスーピー肉を食うか。


「いただきます」


 山の恵みに感謝しながら、ひとくち。


「うまっ!!!」


 あふれる汁気。ホロホロと崩れる肉。

 てっきり、二度焼きしたから肉汁なんかふっとんでいると思っていたが……恐るべしフーディの保存空間。


 アイツ、いつも謎の空間に食料を保管しているんだよな。小腹が空いた時にそこから取り出して食うらしい。


「はぁ……やっと初めてこの世界の料理をうまいと感じた」


 嬉しさと、この世界に馴染んできたんだなという悲しさ。いろいろと複雑な想いでいっぱいだ。


「ピルルゥ」


「ん? 楽しいか?」


「ピルルゥ♪」


 俺の問いかけに、スーピー(以下略)が嬉しそうにパタパタと羽を動かし、空を舞った。

 その下には、笑いながらうたげを楽しむ皆がいる。

 それを見て、あっ、と思う。


「そうだ、名前」


 ずっと何にしようかと悩んでいた店の名前。

 あれではない、これでもないと、書きなぐった紙のクズ。

 決まらなくて、なんど朝を迎えたことか。

 それがようやくひらいた。


「――Alivio《アリビオ》」


 外国の言葉で「いこい」

 どうか、みんなの憩いの場となりますように。


 そんな想いを込めて。



 ――アリビオ食堂、開店。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

睡眠から追放された料理人は、幻の睡魔を探して今日もフライパンを振るう 遠野いなば @inaba-tono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ