求愛行動

「悲惨な状況になっていますね……。」


失踪した紗月を探すべく、坂田達4人は先日まで滞在先にしていた旅館にやってきた。

外見は何の問題もなかったが、旅館の玄関に入った瞬間に生臭く、鉄臭い空気が4人の鼻を刺激する。


「気持ち悪いですね。戦争でも起きたのかってくらいひどいです。」


廊下を歩いていくたびに、周囲には旅館の従業員と思われる人間の死体がいくつか転がっているのが見える。

床や壁には血痕の痕。

何者かがこの旅館を襲ったことは明確だった。


「我々以外に生きている人間はいなさそうですね。」

「紗月が寝泊まりしていた部屋に行ってみますか。」

「そうですね。」


階段を上り、坂田・九頭竜・紗月がそれぞれ使用していた部屋の前に到着する。

紗月が使用していた部屋の襖を開ける。


「これは……。」


襖を開けた先。

そこには大きな争いが起きた痕が残されていた。

部屋中は荒れ、畳や窓には大きな傷や穴が開いていた。


「ここで何か起きたのは間違いないな。」


平田と九頭竜は争いの痕跡を調べる。

ふと、平田はとあるものに目を付ける。


「これって紗月さんのですかね?」


彼女が手にしたのは、銃弾の薬莢。

薬莢は撃ち殻となっており、それはこの部屋での発砲を示していた。


「紗月出ないにしても、ここで発砲があったのは確かだ。」

「ということは紗月さんが殺された可能性も出てくるわけですね……。」

「いえ。それはないですよ。」


焦りの表情を浮かべる平田と黛に対し、坂田は口を開いた。


「旅館の従業員は殺されてそのまま捨てられています。しかし、旅館中を見ても紗月の死体は見つからない……。ということは犯人の目的が紗月本人にあったという可能性が高いです。」

「確かにそうですね……。でも紗月さんに何の目的があるのでしょうか……。」

「可能性があるとするならば、人質とかでしょうか。彼女がエンプレスに属していることが何らかの形でバレた場合。私たちを呼び出すために人質に使う可能性はあります。」


正直、紗月がそう簡単にやられるとは思っていない。

ここで坂田はとあることに気づいた。


「そういえば……黒田さんはどうしたのでしょうか。」


坂田にとって行方不明になったのは紗月だけではなかった。

旅館で待機安静にさせていた黒子の姿も見当たらない。

自分が不在の間に帰ったのだろうか。

しかし、それにしてはあまりにも不自然な気がした。


「それに関しては少々情報があります。」

「情報……?」


九頭竜が大きく手を挙げながら口を開く。


「はい。私と有栖の判断とはなりますが、あの黒田という人物は気絶させて収納室に閉じ込めていました。」

「え……?」

「ボスが気にかけていたのは分かってはおりましたが、今後のことを考えた際、我々の正体に気づかれる可能性がありましたのでこのような強行策を取らせていただきました。」

「そうですか。なら仕方がありませんね。」


坂田が珍しく部下の前で小さなため息を吐いた。


「申し訳ございません。どんな処罰でも受けます。」


そんな彼の反応を見て、九頭竜は地面に額を付ける。

それは土下座、そのものだった。


「いえ、別に責めているわけではないですよ。我々のことを考えると最善の策です。」

「……お気遣いありがとうございます。」

「気遣いではないのですが……。」


土下座をする九頭竜を起き上がらせるべく肩を撫でる坂田。


「ボス!悪いのは九頭竜さんだけではありません!私も悪いのです!」


急に大きな声で叫ぶように謝罪の言葉を述べる平田。

彼女は坂田の目の前で頭を下げると、なぜかそのまま近づいてくる。


「いえ、部下の責任は上司である私の責任でもあります。頭を下げてください。」

「……。」

「平田さん?」

「……。」


一向に頭を下げる様子のない平田。


「ボス。そっちの馬鹿は放っておいたほうが身のためです。」

「そうですか……。」


頭を下げ続ける平田を余所眼に、話を続ける。


「黒田さんを気絶させた収納室というのはどこにあるのですか?」

「それが……丁度この部屋にあるものなんです。」

「……この部屋に?」

「はい。こちらにあります。」


九頭竜は部屋の奥にある襖に手をかける。

襖を開けると、大きな収納場所が広がっていた。


「旅館の部屋案内には収納室と表記はされていますが、まぁ簡単に言えば物置部屋です。」

「何の明かりもない暗い部屋ですが、ここに黒田さんを?」

「はい。といってもドアの横に照明のスイッチがあるのですが……。」


九頭竜が照明のスイッチを起動させる。

そこには————————


「いない……!?」


収納室にはおかれているものなど何一つもなく、人が直前までいた形跡もなかった。


「逃げ出したというわけですかね。」

「もしこの収納室から脱出したとしても旅館の従業員達が大勢いたはずです。そう簡単に行方をくらませることはできません。」

「黒田さんが従業員を全員殺した可能性は……。」

「その可能性は極めて低いです。彼女は確実にあの時武器のようなものは一切身に着けていませんでした。何より死体には刃物のようなもので斬られた痕跡が多く残されていました。」

「ということはこれらすべては第三者の犯行という可能性が高いと……。」


行方不明の紗月と黒田。

そして殺害された従業員たち。


「……不快ですね。」

「ボス?何かおっしゃられましたか?」

「いえ、何でもないです。」


様々な謎と解決していないことが多い中、坂田は頭を悩ませる。

平田・九頭竜・黛の三人はそんな坂田からの意見を第一に求めていた。

数分が経過し、坂田は口を開いた。


「……アジトへ戻りましょう。いまこの場所にいるのは危険ですし。」

「そうですね。すぐに私のほうで飛行機を手配します。」


そう言いながら平田は携帯電話を取り出すと、各所に連絡を取り始めた。

九頭竜と黛も同意といった様子で捜査を終了する。


「早くここから逃げ出しますよ。面倒な組織が来たら大変です。」


その言葉を筆頭に全員は旅館を後にするべく、正面玄関まで辿り着く。

そして坂田は玄関のドアを開けた。


その時だった。


「あれ……。」


急に襲い掛かる違和感。

それと同時に暗転する視界。

何故か遅れてくる音。

その音は————


———————————銃声だった。




—————————————————




見知らぬ薄暗い一室。

そこには二つの人影が映し出されていた。


「やっぱり定期的に体を動かすことが重要だと思うのよね。」

「同意。動いていないと体が鈍る。」

「あら?お姉さんと同じ考えなのね。嬉しい。」

「私は嬉しくない。」


一人は笑いながら大きく体を伸ばす。


「そろそろ戻るべき。心配するよ、"紗月さん"。」

「———————そうね。私がいないとボスが泣いちゃうものね。」


体を伸ばし切り、もう満足と行った様子でで息を吐いた紗月。


「でもいいの?また当分会えなくなっちゃうわよ。"黒田ちゃん"」

「問題ない。私は貴方のことが嫌い。」


気味の悪い笑みを浮かべる紗月を睨みつける黒田。


「ひどーい。お姉さん泣いちゃう。」

「茶番はいい。早く出て行って。」

「はーい。わかりました。」


紗月はそういうと薄暗い部屋を後にする。


彼女が部屋を出て行ったことを確認した黒田はため息を吐く。


「疑問。何故仲間にしたのか。」


薄暗く気味の悪い部屋は異様な雰囲気に包まれていた。




—————————————————



「もう。黒田ちゃんはせっかちなんだから。」


部屋を後にし、夜道を歩く紗月。

彼女はただ笑みを浮かべながら、蛍光灯で明るく照らされた道を歩く。


「今日は満月かぁ。いい日だね。」


彼女は腰に携えていたリボルバーを取り出した。

そして銃口を満月に向けて突き出す。


「———————待たせてごめんなさいね。ボス。」


静かな夜道に銃声が鳴り響いた。

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人に親切にしていたら犯罪組織のボスになりました さりり @kirodamio

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