2話 波乱の予感

「────です。一年間よろしくお願いします」


 俺と木原のおかげで、新しいクラスのわだかまりも解け、他のクラスメイトたちも順番に自己紹介をしていく。

 大人しそうな奴、ギャルしてそうな奴、真面目そうな奴、人生楽しそうな奴。自己紹介ひとつでその人の性格は意外とわかるものだ。

 明友館高校の校訓に、『多様性』が掲げられている通り、この学校には多種多様な人がいるなと1年のときから感じていた。この2年G組にも、そういった人たちが集まっていると見て取れた。


 今年は賑やかなクラスになりそうだとは、思わなかった。なぜなら────


 

 ある少女に自己紹介の順番が回った。

 その長い黒髪をなびかせて、彼女は立ち上がる。

 透き通るような白い肌に、腰近くまで伸びた艶やかな黒髪。また、腰からスラリと伸びた長い脚やスレンダーなスタイルもそれらを引き立たせる要因となっている。上品なその見た目は、全男性が思い浮かべる大和撫子やまとなでしこそのものだ。

 それだけに収まらず、しっかり筋の通ったツンと高い鼻に、切れ長のぱっちり大きい目。顎にかけての滑らかなフェイスライン。顔、髪、肌、スタイルのどこをとっても非の打ち所がないのだ。

 初めて彼女の姿を見て、美しい以外の印象を持つ人類は存在しないと断言できる。


 周りが静まりかえる中、そんな圧倒的美少女の彼女が発した言葉は、


御巫みかなぎ琴音ことね。悪いけど、あなたたちと馴れ合うつもりはない。どうか、私には構わないで」


 芯の通った美しい声で、吐き捨てるように言った。

 彼女はザワつく周囲をものともせず、そのまま着席する。

 

 

 御巫みかなぎ琴音ことね。通称、1万年に1人の美少女。


 そしてまたの名を、『狷介孤高けんかいここうの姫』。

 

 彼女の神がかったビジュアルに惹かれ、声をかけた男たちをことごとく玉砕してきた。誰とも馴れ合おうとしない姿に、周りの女子も気に食わないようで、誰もが距離を置いたままだ。

 やがて、男女、学年問わず御巫に関わろうとする者はいなくなった。

 それが彼女の思惑なのかは定かではない。ただ、いくら美人で自己防衛のためだとしてもやりすぎではないかと感じるのは俺だけだろうか。

 何にせよ、事勿ことなかれ主義の俺が関わりたくない人物であることは確かである。


木原の言っていた、『今年のクラスは波乱を呼ぶかもな』という台詞を思い出す。

 異端。まさに、御巫琴音のことを差していたのだろう。

 

 数分前のクラスの雰囲気との落差に、俺は緊迫感を感じていた。


「勘弁してくれ……」


 俺は小声で呟いた。


 

 ◇◇◇



 華の高校2年生へと進級してから初の休日を迎えた。

 物は言いよう。全く特別な日ではないのだが、人生そんな考え方ができる人の方が幸せだ。


 布団から起き上がり、洗面台で顔を洗うと、モヤがかかった思考も一緒に洗い流せた。

 大きく伸びをすると、身体も軽くなった気がした。スマホを起動し、表示された時間を見る。


「11時か……。朝飯にするには手遅れか」


 新学期が始まって、色々疲労が重なっていたからだろう。いつもはアラームで無理やり起床しているが、今日は思いのままに眠れた。 


 たまには自分にご褒美くらい与えてもいいよな……。


「ハンバーグ、ステーキ、ピザ・モッツァレラ……行こう、外食ッ!」


 考え始めたら口内に唾液が溢れてきた。

 今日は特別な日だ!



 ◇◇◇



 俺の住むアパートは駅まで歩いて20分弱、贅沢は言いたくないが正直ちょっと遠い。

 ただ美味しいご飯屋さんに行こうと思ったら、電車で何駅かは出ないといけない。仕方なく駅に向かうことにする。

 とはいえ、こんな春うららな天気だと、歩いているだけでも心地がいい。

 靴でアスファルトの乾いた音を鳴らし、口笛でメロディを奏でてみる。まるでオーケストラ団の指揮者にでもなれた気分だ。


 浮かれた気持ちのまま、駅までの近道である細い小道に入ると、何やら先客がいた。

 若いチンピラのような男が2人、そしての少女が壁を背にして2人に囲まれている。


 おい、ナンパなら人気のないところでやれよ。いや、人気のないところで合ってんのか。


「姉ちゃん、綺麗だねェ。俺たちといい事しようぜ。俺、慣れてるから大丈夫だぜ」

「お前もそう焦んなって。かわい子ちゃん、まずはご飯食べにいこーや」


 ヤリモクだな、これは。せっかくのいい気分が台無し。家でゴキブリが出たかのような気分だ。


「私に指一本でも触れたら、その顎の骨砕いてやるから」


 ん? どこかで聞いたことあるような声だな。そういや、黒髪ロングで、美少女。ん?


「おー怖い怖い。初めてなの? なら怯えるのも仕方ないよな」

「おもしれー子だな! 見た目はこんなにキュートなのに、中身は狂犬みたいだ」


 その特徴は完全に御巫琴音やないか。と、俺の中のミ○クボーイが声を上げた。


 信じられないが、壁に追いやられていたのは、間違いなくあの狷介孤高の姫、御巫だった。

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凪いだキミへと、手を伸ばす。 仙台小鉢 @bekesu

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