1話 新クラス
春休みはあっという間に終わり、迎えた四月八日。大概の学校で今日から一学期が始まるが、ここ、
例年、新クラスは正門に入って左手の掲示板に貼り出される。
ただ、登校するタイミングは考えるべきだったようだ。
「人多っ……」
俺たち2年生約300人の生徒をAからJの十クラスに振り分けている。自分の名前を見つけるのも一苦労で、同じクラスに誰がいるかなんて探し始めたら確実に渋滞が起こる。
気長に待つとするか。と腹を括り、集団から一歩引いてその様子を眺めていると、中から知った顔の男が生徒をかき分けて出てきた。
そいつは俺と目が合うと、手を振りながらこちらへ駆け寄ってきた。
「おっはよーう颯太郎!」
「おはよう。クラス、どうだった?」
「G組だったぜ! やったな颯太郎!」
こいつは
目の前に突き出された拳に、俺はとりあえずグータッチを返す。
「やったな?」
「あぁ、お前まだ見てなかったのか。俺たち今年も一緒のクラスみたいだ」
「そういうことか。それはやってくれたな」
「悪い悪い。ネタバレするつもりはなかったんだよ」
そう言って、木原は片目を閉じながら手を合わせる。
なおのこと反省してる様には見えない木原には呆れる。まぁ俺はクラス発表を楽しむタチの人間じゃないからいいんだけどな。
「ほら、クラス分かったんなら教室行くぞ」
木原の肩を小突いて俺は歩き出す。
正直、今年もこいつが一緒なのは安心した。ちょうど1年前、『俺ん家で飼ってる犬の名前も颯太郎なんだよ!』と話しかけてきた時は流石にビビったが、ノリがしょうもないこと以外は基本良い奴だ。気が合うこともあり、去年は共に過ごすことが多かった。
「今年のクラスは波乱を呼ぶかもな。俺の勘がそう言ってるぜ」
「まずそのめでたい頭が何とかなればいいな」
木原は小走りで俺の横に並んで、いつものノリでそんなことを言う。
「まぁそのうち、俺の言ってることがわかると思うぜ」
はいはい、と木原を適当に流しながら、下駄箱で上履きに履き替える。
波乱を呼ぶ……か。それは俺が一番望んでいないことだ。ただ波風立たない生活を送りたい俺には無縁であって欲しいと切に願う。
◇◇◇
「2年G組の担任の
相変わらず見た目に違わず気だるげな話口調の教師だ。年齢は恐らく40代、愛称は日野の『ひ』と玄の『げ』を取ってヒゲ先生。馬鹿げた名前はともかく、女子からはイケおじ認定されており、授業も分かりやすいとのことで、人気がある先生である。
「始業式まで時間があることだ。強要はしないが、自己紹介でもして有意義な時間にしてくれ」
もっと直球に言えばいいのに、やっぱりひねくれてるなこのおっさんは。
ヒゲ先生の言葉には周りも賛成といった様子だが、誰から自己紹介を始めるかで滞っているところ、遠めの席に座っている木原が立ち上がる。
「じゃあ、ヒゲおじから名指しされたことだし、俺と颯太郎から自己紹介してもいいよな?」
「一人でできないんじゃ仕方ないな……」
「うるせ」
合わせて俺も立ちあがると、クラスの注意が一気にこちらへ集まる。
木原はルックスが爽やかで親しみやすさも感じ取れるが、俺は至って普通の男子高校生という感じだ。つまり、この自己紹介を上手に決めて、周囲の好感を掴むこと。それが今後このクラスで上手くやっていくキーだと言っていいだろう。
「俺は木原秀平。立ち幅跳び270センチ、握力60キロ、シャトルラン150回、そしてなんといってもサッカー部の次期キャプテンと言われてるスポーツマンだ! 一年間よろしくな!」
「いや、それはスポーツ出来るやつが引き合いに出す種目じゃないし、お前キャプテンどころか、直近の練習試合寝坊して今ベンチ外だよな」
「それは言わない約束だろーがっ!」
俺たちの掛け合いにクラスがどっと沸いた。
大滑りする木原の姿も見てやりたかったところだが、俺のユーモアを上手く見せるのに活用できたので素直に喜ぼう。
「新浜颯太郎って言います。このクラスの一人残らず全員が、一年後、『このクラスで良かった!』と笑い合えるクラスにしたいなと思ってます」
「って言えよって、ヒゲおじから脅されてたもんね」
「それこそ言わない約束だろ。そうですよねちゃんヒゲ?」
「黙って聞いてればお前ら、ヒゲおじだのちゃんヒゲだの、俺が百歩譲って許したのは『ヒゲ先生』だからな? 先生をつけろ先生を」
「「いやそこ!?」」
今度こそクラスはさっきのを超える爆笑に包まれた。
実際にヒゲ先生と木原で打ち合わせした訳ではなかったからほぼ博打だったものの、他人の自己紹介をイジる流れを汲み取ってくれた木原のファインプレーで成功した。ナイス木原。
そんな感じで、新学期は好調な滑り出しだった。
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