第34話 そして、幸せに

「立花依さん。僕と結婚してください。」


鉄平は、真剣な顔でプロポーズをした。


依さん以外の女性と、添い遂げることなんか、もはや考えられない。

誰かに盗られる前に、自分のものにしたい。

それに、いつ、また事故に遭うかもしれない。今度こそ死んでしまうかもしれない。

将来のことはわからないが、依さんを一度でも戸籍として縛り付ければ、自分が死んだ後も、なんらかの爪痕を残せるはず。

傲慢な考えだが、それくらい誰にも依さんを渡したくない。

そして、なによりも自分が依さんを大切にしたい。

生涯、ずっと自分の横で笑っていてほしい。

それこそ、今すぐにずっと...


そんな鉄平のドロドロした独占欲、愛情全てを、言葉に乗せてプロポーズした。


そして、鉄平はさらに言葉を重ねていく。


「絶対に幸せにすると言うべきなんだろうけど...。

そうじゃないな...。

いっぱい考えたけど、そうじゃない。」


ふぅーっと息を吐きだすと、鉄平は言葉を続ける。


「立花依さん。

幸せになるための努力を、僕と、一緒にしませんか?

僕は、依さんを尊重します。支えます。

意見が合わなければ話し合います。依さんを認めて、寄り添います。

そして、何よりもあなただけを....愛します。

僕らだけの愛の形で、家族になってくれませんか?」


依は、その言葉が嬉しかった。


鉄平さんらしい、相手を敬うプロポーズ。

自分の理想と同じ...胸が、多幸感に包まれて熱くなる。


依の存在を認めて、独りよがりではない愛をくれると誓ってくれた。

鉄平の両親の失敗を、見てきたからこその言葉。

今までの鉄平の軌跡を踏まえた最大限の愛の言葉。


嬉しくないわけがない。

依の答えは、「はい」以外はなかった。

嬉し泣きの表情で、依は返事をする。


「鉄平さん、よろしくお願いします。

私も、鉄平さんを尊重します。支えます。

そして....、あなたの横に並ぶ努力をします。


...あなただけが好きだから。


私たちだけの愛を一緒に育んでいきましょう。」


鉄平と依の、相手を想いあう気持ちが伝わってくる。


そのまま、しばらく見つめ合う二人。

そして、どちらからともなくふわっと微笑み合った。


幽霊だった鉄平と過ごした日々でも、よく起きた光景。

二人とも懐かしくてくすぐったい気持ちになり、くすくすと笑った。


関口も瀬田も、生温い顔で二人を見守っていた。


「関口。」


すると鉄平が、執事の関口に目線で何かを、にこやかに頼む。

関口は、わかってるというように一つ頷くと、病室から出ていった。


アイコンタクトで何を頼んだのだろうと依は、疑問に思う。

もう一人の執事の瀬田も知らないようで、訝しげな視線を鉄平によこしていた。


そこで、依はニコニコしている鉄平に、「鉄平さん..?」と話しかけ、なにか頼んだの?と聞くが、鉄平は答える気がないようで。

「ん?待ってて。すぐだよ。」とご機嫌に言うだけ。


瀬田は、なんだか嫌な予感がした。


「佐久間さま...?まさか...?」


仕事上の笑みを浮かべながら、瀬田の顔はひきつる。


ふふっと、悪戯っぽい笑みを浮かべる鉄平。

それだけで、瀬田が想像していることが肯定されてるのを悟る。


「鉄平っ!おまえっ...、」


瀬田が慌てて叫んだところで、病室のドアが開いた。

関口が病室に入ってきて、その後ろから品のいい男女が3人入ってきた。


瀬田は、その男女を見て、やっぱりと確信して叫ぶ。


「てっ、ぺぇ〜いっ!!俺、お前に言ったよなぁ。

プロポーズの場所に連れてくんなって言ったよなぁぁ!」


その男女は、佐久間家で懇意にしている宝石商だと、瀬田はすぐにわかった。

数時間前に、依と一緒に指輪を選べと確かに自分は言ったが、それは今じゃない!

プロポーズする時に宝石商がそばに控えてるなんてありえないって言ったはずだ!


「ああ。だから瀬田のアドバイス通り、別室に控えさせたぞ。

はダメだって言ったから、とりあえず離した場所に待機させといた。まだ近かったか?」


「ちっがーう!!距離の問題じゃねぇ!

プロポーズの返事がわかんないのに、すでに待機させてるところが怖いんだ!!」


この恋愛ポンコツ野郎ぉぉ!と、後ろから肩を掴んでガクガク揺さぶる始末。


依は、二人のやりとりに呆気に取られる。

何かが二人の間にあったのはわかるが、結局今入ってきた人たちはなんなんだろう??と、視線を向ける。


スーツをきっちりと着て、ジェラルミンケースのようなしっかりとした鞄を持って、カバンと自らの手に、手錠??をかけている。

よっぽど大事なものが入ってるようだ。


すると、一番お年を召した男性が、微笑みながら依に話しかけた。


「この度は、ご婚約おめでとうございます。」


さっと名刺を渡されると、某宝石店の名称が書いてあった。


ーーハリー○ストンっ!?ーー


なにそれっ!海外セレブのかた御用達よね!?

え?なんで、私名刺渡されたの??

婚約って言ったよね?ま、まさか........

そのケースの中は、あれですか?


3人とも鍵で手錠を解錠し、自らの体から鞄を外すと、机に横並びにそっと置く。

さらにカバンについてる鍵もかちゃかちゃと開ける。

依は、狐につままれたような顔で黙ってその様子を見ていた。


そして、一斉に厳かにカバンが開けられた。


様々な、色形のダイヤモンドと、様々な材質のリングがその中に入っていた。

やはりこれは、婚約指輪...。


唖然とする依。


「鉄平さん。これ...婚約指輪?」


「そうだよ。」とニコニコ笑う鉄平。

なにも疑問にも思ってないようだ。

後ろでは、執事の瀬田が呆れ顔で控えている。


「いつから...?」


「いつからって言うと??」


「この方達、いつからいらっしゃってたんですか?」


「依さんの仕事が、今日いつ終わるかわかんなかったから、就業時間の6時にはきてもらっていたよ。」



鉄平の言葉にまた唖然とする依。

瀬田が、怒るわけだ。

金持ちの常識、一般人の非常識...。


ここにきて、依は初めて鉄平とのズレを感じた。


ちらっと、瀬田を見上げて口パクで「これって普通ですか?」と聞く。

すると、瀬田は苦笑しながら「まぁ、佐久間では普通ですね。」と説明をする。

なるほど...。金持ちは、時間もお金で解決するのね。と、依は飲み込む。


すると、鉄平はムゥーっと拗ねながら、


「依さん。僕に聞いてください。

瀬田に話しかけないで...。

むしろ、他の男を見ないでください!」


嫉妬の炎が勝手に大きくなる。ついつい依を責める口調になってしまった。

初めての恋で、重い愛を抱えている鉄平には、コントロールが難しいらしい。


そんな束縛じみた要求をされても、依は嫌にはならなかった。

むしろ、可愛い人だとほっこりする。

割れ蓋に閉じ蓋。どちらも、愛が重い。


結局、依は勧められるまま婚約指輪を選んだ。

値段は、その場では怖くて聞けなかった。

後日、こっそり聞いたら高級車(それもかなり高い部類)が1台分。

左手が重かったが、これも鉄平の横に並ぶために必要なものらしい。

パーティーなどでは、つける必要があり泊付にもなるそうだ。


金持ちすごい...と、何度目かわからないがそんな感想を持ったのだった。


その後も金銭感覚のズレは、やはり度々起こるが、鉄平の横で過ごすなら必要なこと。

依は、美術品などの審美眼、マナー、社交常識、様々なことを学んで行った。


それらの努力は、苦痛にはならず、ただひたすらに邁進していった。

そして、自己卑下にも陥らなかった。

社交の場でも、出かけ先でも度々、上流階級の美女たちに絡まれたが、へこまなかった。

彼女たちの方が、能力が上なのは、誰が見てもわかる。

でも、鉄平は依を選んだのだ。ならば、自分が彼女たちの能力に並ぶ努力をすればいい。

わからなければ、嘲笑われながらでも教えを乞うし、無視をされるなら鉄平に聞く。

依は、知識を貪欲に自分のものにしていった。


相手が鉄平だからこそ、鉄平が依を選んでくれたからこそ、依は頑張れた。


そして、鉄平と出会ったお盆から2年弱、春に二人はめでたく結婚することができた。

そこでも、招待客の多さや、豪華絢爛な披露宴、高級すぎる引き出物に圧倒され、金持ちすごい...と依は式中何度も思った。


でも、鉄平の横に居られることが奇跡で幸せ。

依は、世界で一番幸せだと噛み締めながら、式を終えた。


鉄平なんか感極まり、花嫁よりも号泣していて、招待客から驚愕されていた。

普段、表情筋が動かない冷たい男が、微笑んだり泣いたりと、幸せそうに新婦に寄り添う姿は、度肝を抜き、時間がたった今でも語られる伝説になってる。

このことで、依に嫌味や嫉妬を向ける女性が激減したのも事実だった。



そして、結婚するまでに、お盆はあったが、迎え火をしても依の祖母や鉄平の父の姿を見ることはできなかった。

どうやら、鉄平と出会ったお盆が特別であったようだ。

きっと運命の相手だったから、神様が御慈悲をくれたのかもと、二人で話したのも懐かしい。


新婚生活はおおむね良好で、依の会社がある時は家政婦さんに食事を作ってもらっていたが、休みの日は依が料理を作って、鉄平を満足させた。

そのうち、子供も授かり、鉄平が憧れていた温かい家庭も実現して、毎日デレデレしたパパが出来上がる。


会社では、相変わらず女性に冷たい印象を与えていたが、家族の前だけは、『笑わない王子様』の二つ名を返上。


依は、たまに『癒しのお姫様』といわれ鉄平に恭しくエスコートされていた。

そのうち、子供に呆れた顔で、砂を吐かれる熱愛夫婦になっていくだろう。







ーー長子が生まれた初めてのお盆のこと。


「鉄平さーん、始めるよ〜。」


「はーい。ちょっと待ってて。今終わらすから。」


鉄平は、仕事のメールを慌てて打ち終え、庭の縁側にストンと座った。


目の前には素焼きのお皿とおがら。

すでにおがらのなかに新聞紙がセットしてある。


マッチを、シュッと擦って火をつけた。


ふわりと、草が燃える芳しい匂いが立ち込め、煙が天に昇っていく。

おがらをこまめに追加して、きっちり1時間。


「今年も迎え火が無事できたね。お疲れ様。」


鉄平の手には、ビールが握られている。

依は授乳中なので、麦茶。

お疲れ様の言葉と共にコップを合わせて乾杯。


ゆっくりと故人を偲んで、会話を楽しむ。

依がおばあちゃんとの思い出を話すのが専ら。

鉄平は、微笑みながらそれを聞くのが迎え火の時の恒例である。

鉄平の不遇の子供時代の話は、あまりしない。

思い出は、マスコット大の父との会話くらいしかない。


そんな時、バウンサーに寝かしていた息子が、『キャッキャ』と笑う声が聞こえた。最近は、表情も豊かになり、よく笑う。


「あれ。起きたのかな。」と、振り返り我が子の顔を覗き込もうとして、絶句。


我が子の顔の周りに、依の祖父母と鉄平の父がマスコット大で居た。


“あらあら。可愛いわねぇ。

あなた、ひ孫よ!ひ孫っ!

鉄平ちゃんのお父さんは、初孫になるわね!”


依のおばあちゃんが、両隣の男性二人の背中をパシパシ叩いて嬉しそうにしている。


「おばあちゃんっ!?」


“依ちゃん、頑張ったわねぇ。出産大変だったでしょう。

おばあちゃん、見てたわ〜。”


「えっ、見てたの??」


“流石に、こっちには来れなかったけど、水鏡で見てたわ。”


現世の様子が見れると言っていたものだろう。

どうやら、それで日々子孫の様子を見ていたようだ。


「去年も一昨年もおばあちゃんたち見えなかったけど、今年はどうしたの??」


“あら、嫌だ。きてたわよ〜。

依ちゃんも鉄平ちゃんも、見えなかったみたいだけど。

ちゃ〜んと、手を振って挨拶してたわ〜。

今年はなぜか見えてるのね?嬉しいわぁ。お話ししたかったのぉ。”


ふふと、いつもの笑顔を依達に向けると、改めておばあちゃんが口を開く。


“依ちゃん。鉄平ちゃん。

結婚おめでとう。”


慈愛の籠った目でお祝いを告げられた。

おじいちゃんも横でうんうんと笑ってる。


鉄平の父も、仏頂面ではあるが目元に笑い皺が見え、嬉しそうである。


“...二人ともおめでとう。子供も、よかったな。”


ボソっと言う父に、鉄平は苦笑する。


「全く、父さんは...。

でも、ありがとう。嬉しいよ。


依さん。

依さんは、初めて会うよね。この人が、僕の父さん。」


鉄平にお義父さんを紹介された依は、マスコット大のお義父さんに目線を合わせて、にっこり笑って挨拶をする。


「はじめまして。立花依、改めまして、佐久間依です。

鉄平さんと結婚できて、幸せです。

お父様、ありがとうございます。」


愛情深く育てられなかったらしいが、今鉄平が生きているのはお父様のおかげである。

子供は、一人では育たない。

鉄平は、家政婦や執事が育てたらしいが、そのお金の出どころは間違いなく目の前のお父様。

それに、死んでから2回も鉄平を助けてくれ、家族愛があったこともわかってる。

神さまにも感謝をするが、鉄平さんのお父様にも感謝を。


人と人の繋がりは、不思議だ。

一つ欠けるだけで、他人との絆はつながらない。

感慨深いものである。


そして間違いなく、鉄平と依の絆は、この目の前のマスコット幽霊たちのおかげである。


『あー、あー!きゃー!』


ご機嫌な息子の声が、響く。

微笑ましい命。

この命もまた、いろんなきっかけや出会いで、良くも悪くも育っていくのだろう。

願わくは、幸せな瞬間が多くあればいい。


依が、我が子に微笑みながら様子を見ていると、事件が起きた。


『あーむっ!!』


息子が、鉄平の父を鷲掴んで、口の中にズボッと入れた。

え....?


“きゃーっ!!ぺっしなさい。いい子だから、ぺっ!”(おばあちゃん)

“おぉぉ、それは食べれないぞ!?それは、お前のじいちゃんだ!”(おじいちゃん)

“む゛〜....。“(鉄平の父の呻き声)


「と、父さんっ!!」


鉄平の慌てた叫びが響く。


もぐもぐ、べちゃべちゃと、チュパチュパされている義父。

驚愕である。

歯はまだないので、怪我の心配はないが、義父の呼吸が心配だ。

幽霊だから、呼吸が必要なのかはわからないが...。


慌てて、鉄平が「それは、おじいちゃんだ!おしゃぶりじゃないぞ!」と救い出すと、父の上半身にはよだれがべったりついていた。

死んだ時には、頭髪がやや淋しくなっていたので、涎で頭皮が所々見えてしまっている。


どうやら、佐久間家は幽霊になると涎まみれにされる運命らしい。

(鉄平は、子羊に食べられ、お父さんは、孫に食べられた。)


“「....。ぷっ!あははははっ!!」”


あまりの惨事に、一斉に笑いが吹き出した。

涙まで流しながら、笑いが止まらない。


そうして、息子が産まれて初めてのお盆は、4世代の笑い声に包まれ賑やかに始まったのだった...









おわり



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迎え火を焚いたら、恋人ができました 香 祐馬 @tsubametobu

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