手作りならでは雑アイス

「羽菜さん、ジャンクなアイスを作ろうと思います」

「まず説明して」


そろそろ秋が始まろうとしている深夜、羽菜の家の前には一人の青年紳士、――クリスが紅い目をにっこりと細めて立っていた。


「もちろん。でも、その前に招いてもらっていいかな」

「ああ、そっか。入れないんだっけ。どうぞー」

「ありがとう。お邪魔するね」

「クリス様、だらしねー部屋で申し訳ございません」

「言い過ぎでは? というかファーリーもいたの?」


ドアの陰にいたため気づかなかったが、紳士に続いて1頭の黒柴が部屋に入って来た。行儀よくを見つけて足を拭いている。いい子め。


この紳士ヴァンパイア黒柴ライカンスロ-プは、クリスとファーリー、ご近所に居ついたであり、深夜のみに営業するアイス屋Culaの店主と店員でもある。


趣味の延長で始めたというアイス屋だが、最近では腕と機材をあげ、なかなかに食べられるアイスを格安(重要)で提供してくれる。クリスが言うには、知る人ぞ知る移動店舗(屋台)として密かな人気を博している……らしい。いつ行ってもガラガラなのでかなり盛ってると思う。


そんな2人がアパートの広くもないキッチンに陣取っている。


「で、ジャンクなアイスって?」

「羽菜さん、もう夏も終わりだね」

「質問の答えは? まあ、真夏のピークが去ったって天気予報士がテレビで……」

「そう言っていたよね? てことは、アイスの役割も変わってくるよね」

「アイスの役割?」


クリスは頷くと、ファーリーが首から下げている保冷パックから一つのカップを取り出して蓋を開けた。


「わー、かき氷!」

「うん。夏場のアイスはどちらかというと、暑さを凌ぐための食べ物だよね。こういうかき氷みたいに」

「まあ、そうね」

「でも、これからはどちらかというとアイスが求められると思うんだよね」

「お楽しみ。暑いから食べるんじゃなくて、デザートとして食べるみたいなこと?」

「そうそう! お楽しみ、ご褒美、幸せ。そんなアイスの季節だと思うんだよ」


なるほど。一理ある。確かに夏場のアイスは食べないと部屋の暑さに耐えられない。だけど、それほど暑さが厳しくなくなれば、「冷たい」よりも「おいしい」の方が大きくなるのは納得だ。


「いいんじゃないの。じゃあ、次からはその路線で作るのね」

「そうなんだけどね……」


クリスは溜息を吐いて首をゆっくりと振った。何か芝居がかっているが、カオがいいので画になる。夜の主おそるべし。


「ファーリーにお楽しみアイスのアイデアを聞いたらさ、なんかこう、違うんだよ」


そうなの? とファーリーを見ると、柴犬はプイと横を向いた。


「俺はしっかり調べたぞ。アイスを食べる動機の多くは『ちょっと幸せな気分になれる』『気分転換できたり、やる気が出る』という調査結果も調べたし、アイスには癒やしや安らぎを提供できるコンフォート・フードの側面がある事もわかった」

「さすが真面目な忠犬」

「メニューやレシピも調べて、いろんなアイスやパフェのバリエーションをクリス様にお渡ししたんだが……、『こういうのじゃない』と」


クリスは大きく頷く。


「そうなんだよ、羽菜さん。ファーリーはとても良くやってくれているんだけど、そういうんじゃないんだよ。なんというか、お洒落すぎというか、しっかりしすぎているというか。はそういうんじゃないんだよ。ね?」

「我々? え? クリスと私ってこと?」

「うん。ブランデーやコーヒーを入れるとかさ、フルーツを使うとか、糖度や脂肪分や空気の割合を計算するとか。そういうのはさ、僕らみたいなダメな奴には行儀良すぎて居心地悪い所あるじゃない?」

「ダメ仲間認定やめて?」


羽菜の抗議をヨソに、柴犬がずいっと一歩踏み出してきた。


「羽菜、頼む。クリス様にはお前のだらしねー生活からくるアイデアが必要なんだ」

「言い過ぎでは?」

「羽菜さん、いつも食べてるジャンクなメニューから何かいい物ないかな?」

「食べてないけど? ……そんなには(小声)」

「例えば今日! 今日食べたジャンクは!?」

「まだ食べてないっての!」

「まだ?」


ハッとして羽菜はキッチン上の棚に目を走らせた。


「そこだね」


吸血鬼の目が紅く光った。しまった。だが、まだだ。まだやらせるか! 羽菜は抵抗したが、クリスはひらりと躱して棚からブツを取り出した。


「これは……ブラックサンダー!」

「ほう、チョコーレト・クランチを隠してましたか。如何にも好きそうだな」

「くっ……」

「ああ、ダメな奴はみんな好きさ。もちろんこの僕もね! そうだ! これを使ってアイスを作るのはどうだろう?」

「クッキー・アンド・クリームですか」

「そうなるね。だが、使うのは甘さ控えめなクッキーじゃない。僕らが大好きなブラックサンダーだ! 羽菜さん、キッチンを借りるよ」


クリスはファーリーが差し出したカフェエプロンをキュッと締めると、羽菜の返事を待たずにアイスを作り出した。なんで材料持ってきてるのこのあやかし。


「まず作るのは普通のバニラ・アイスだね」

「え、普通に? 後でチョコ入れるなら、砂糖の量を減らさないとまずいんじゃ?」

「羽菜さん、それは違うよ」


夜の王は人差し指を立てて首を振る。


「普通のバニラに、チョコを足すのがいいんじゃないか。甘いものに甘いものを足す。するとできるのは?」

「めっちゃ甘いもの?」

「その通り! ただでさえ甘いものに、甘さを上乗せしていく。このスリル。食べたら絶対甘さ爆発だけど、カロリーも爆発する」

「ダメなのでは?」

「ダメなのさ! そう! そのダメさがいいんじゃないか! こんなの食べていいの? という背徳感。それがお楽しみアイスのスパイスになるのさ!」

「ダメな奴の考えすぎでは?」


クリスは嬉しそうに頷く。ダメだこいつ。顔がいいだけのダメな奴だ。……でも、でもその気持ち、わかる。わかってしまう。思わずごくりと喉が鳴る。ふと横を見ると、柴犬が冷ややかな目で主人と私を見つめている。ダメですまん。


「わかってくれたようだね。羽菜さん。さあ、続けよう」


吸血鬼は鼻歌混じりで牛乳に砂糖をたっぷり入れて火にかけ、卵黄と生クリームを立てて混ぜる。バニラエッセンスを数滴たらすと、キッチンに幸せな香りが広がってきた。これはもう、参りました。


「ファーリー、あれを」

「はい。ここに」


ファーリーは器用に袋から小さな調理機械を取り出した。その機械はハンドボールくらいの大きさで、丸いカプセル状になっていた。


「なにそれ?」

「ふふ。アイスクリーム・メーカーだよ。ドンキで2,000円くらいで買ったんだ」

「吸血鬼にやさしい世界。てか、そんなのあるんだ。へー」


クリスはカプセルの蓋を開けると、作ったバニラアイスクリーム・ミックスを流し込む。そしてふたを閉めると、ボタンを押す。小さな機械はぐぐぐ……と音を立ててカプセルの中のへらというか羽というかを回転させ始めた。


「機械の下側に冷凍庫で冷やしておいた冷媒が詰まっていてね。カプセルの下側の壁面が超冷たいんだよ。そこにミックスを当てて一気に凍らせてながら削り取ることで、ミックス全体をアイス状に凍らせてくんだ」

「へえ、面白いね」

「でしょ?」

「クリス様、また趣味でたまにしか使わない調理器具が増えて管理が……」


紳士は笑顔のまま黒柴の口をキュッと掴む。


「この分量なら20分くらい回しておけばできるんじゃないかな」

「ええ、冷凍庫で冷やすよりずっと速いね」

「そうなんだよ。さあ、バニラを作っているうちに今度はクランチの方だ」


袋に入ったままのブラックサンダーをまな板の上に置き、瓶を取り出してゴンゴン叩く。なんてワイルド。


「たぶんこの工程が一番楽しい」

「わかる」


黒柴に冷ややかな目で見られながら、2人で交互にゴンゴンする。あまり崩しすぎるとザクッとした食感が無くなってしまうのでほどほどに。


「よし! もういいんじゃないのかな。バニラの方もいい感じみたいだしね」


アイスクリームメーカーを止めてふたを開けると、いい感じでバニラが練れている。専用調理器具の力凄い。そこにバラバラに砕いたブラックサンダーを混ぜ入れ、もうしばらく練る。


「さあ、できた! 特製チョコクランチ・アンド・バニラの完成だよ!」

「やったー!」


さっそくガラスの器に盛ってスプーンを添える。ほんのりオフホワイトなバニラの表面から、ところどころ黒々としたチョコ・クランチの欠片が顔を覗かせている。


ああ、わかる。これは駄目な奴だ。ダメで、そしてそれがいい奴だ。では、早速。


「「「いただきまーす」」」


できたてのアイスは、「シャリッ」と「サクッ」の中間くらいの感触でスプーンを受け入れる。アイスを削り取った断面から見えるのはチョコ。見ただけでたまらん。そしてもちろん、スプーンの上のそれの中にも。


口に入れると、バニラアイスの冷たい食感が。甘い。そして少しだけ香るチョコの香り。舌で転がして噛むと、ざくっ! これ。これを待ってた。思った通りの音が思った通りに来てくれる喜び。その感触に浸る間もなく甘さの第2波! うおおおおお、これ駄目な奴だああ!


「なんか笑えてきた」

「わかるよ羽菜さん。これは圧倒的に僕らのためのアイスだね」

「冷たさのせいか、甘味がそれほど強く感じなくて思ったより美味しいですねこれ」

「だろうファーリー? 凍りたてほやほやってのもあるしね。でもね、これはそういうのじゃないんだよ。雑さを味わう食べ物なのさ!」

「そういうものですか」


そういうものです。羽菜は冷たさを噛みしめながら眼だけで頷く。


きっとこれは、ダメな奴だ。でも、たまに食べるダメな奴って、最高ですよね? いつも食べちゃうとそれはもうダメじゃなくなってしまうし、なにより背徳感がなくなってしまう。


このダメさを味わうために、楽しむために普段はほどほどにきちんとする。もしかしたら、そんなちょっといい加減なバランスが自分には合っているのかもしれない。でもそれは、だからダメでも許して? っていう言い訳かもしれない。どっちだろう。どっちでもあるかもしれない。


羽菜はそんな事を考えながら、目の前でダメなのを楽しそうに頬張るダメな主従を見つめた。そして自分ももうひとくち、ぱくりとスプーンを頬張った。


---

今回の氷菓:ブラックサンダー・アンド・バニラ


材料

・たまご(1つ)

・牛乳(100ml)

・生クリーム(100ml)

・グラニュー糖(40g)

・ブラックサンダー(1袋)


作り方

1:バニラアイスを作って冷やす

2:途中で砕いたブラックサンダーを入れる

3:お好みの固さまで冷やして完成


※カロリーが気になる場合は、ローカロリーのクッキーやビスケットに代えても食感が楽しいです。アイス側の糖分を減らすと、バニラを固まらせるのがちょっと難しくなるので減らすならクッキー側がいいです。


※なんならバニラ買ってきてお好みのクッキー砕いて混ぜるだけでも行けない事は無いです。お手軽!

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アイス屋Culaは深夜のみ営業しております 吉岡梅 @uomasa

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