だから私は一人きりで

澤田慎梧

だから私は一人きりで

『――後方の扉にご注目ください……新郎新婦の入場です! どうぞ、盛大な拍手でお出迎えくださいませ!』


 司会の声と共に会場の照明が落ち、新郎新婦がスポットライトに照らされながら姿を現した。

 会場には割れんばかりの拍手。少し照れた新婦の笑顔と、緊張気味だけれども決意に満ちた表情の新郎――うん、どこからどうみても似合いのカップルだ。


 私は自分に言い聞かせるように心の中でそう呟き、拍手を続ける周囲の人々を尻目に、会場の隅っこでカメラのシャッターを切り続けた。


 新婦の名は花蓮かれん。私の親友で幼馴染。

 新郎の名はとおる。やはり私の親友で幼馴染。

 幼稚園の頃からの「仲良しトリオ」は、二人の結婚をもって解散となる。――いや、本当はとうの昔に「仲良しトリオ」なんかではなかったのだけれども。


 二人から、披露宴のスライドショーに使う写真の提供と、当日のカメラマンを頼まれたのは数か月前のこと。

 私は祖父の影響でカメラが趣味だった。小さな頃からイベントごとがある度に自分のカメラを携えて、カメラ小僧ならぬカメラ娘と化していた。

 だから当然、花蓮と徹の写真も沢山撮っていて……の思い出は私のカメラと共にあったと言っても、過言ではないのだ。


 そう、「二人」だ。二人の思い出だ。

 本当なら「三人の思い出」のはずなのだけれども、どの写真にも撮影者である私の姿は写っていない。

 「たまには映見えみも写りなよ」と、花蓮と徹が撮ろうとしてくれたこともあったけど、二人とも機械オンチで、ピンボケの写真しか撮れていなかった。

 だから、私の撮った写真は全て「三人」ではなく「二人」の思い出なのだ。


 ――いつの間にやら式は進み、件のスライドショーが始まっていた。

 二人の好きなアーティストの曲に乗せて、幼稚園から成人式くらいまでの花蓮と徹の姿が、代わる代わるスクリーンに映し出される。

 当たり前だけど、そこには二人の姿しかない。三人一緒に楽しく遊んだ初めての遊園地も、小学校の入学式も、その先もその先も、三人で過ごした思い出のはずなのに、そこに私の姿は一切ない。


『映見。俺と花蓮……付き合うことになったから』


 中学に上がって程なく、徹が照れ臭そうにそんな報告をよこした時のことを、今でもよく覚えている。

 寝耳に水でびっくりしたけれども、別に私が花蓮か徹のどちらかに密かな想いを寄せていた……なんてこともなく、素直に祝福したものだ。

 ――二人が付き合うことで生じる、三人の関係の変化にも気付かずに。


 当たり前の事だけど、「仲良しトリオ」の内の二人が付き合い始めれば、一人が自然とハブにされることになる。仲間外れにされるという意味ではなく、「二人だけの時間」が増えれば「三人一緒の時間」が減るという自然の摂理だ。

 私達は変わらず「親友」だったけれども、三人でいる時間はぐっと減った。三人でいる時も、私はイチャつく花蓮と徹の姿を見せつけられる存在になった。


 元々、私は社交的な方じゃない。友達だって、二人以外にはろくにいない。

 だから、二人と一緒に過ごす時間は大切な宝物だった――はずなのに、いつしかそれは、私の孤独感をえぐるだけの時間になっていった。

 自業自得と言えば、それまでなんだろうけど。


『――お父さんお母さん、今日までありがとうございました!』


 いつの間にか式は終盤に差し掛かっていた。新郎新婦から両親への感謝の言葉がつらつらと述べられている。

 花蓮も徹もそつの無い内容で、会場は既にもらい泣きの雰囲気に包まれていた。

 冷めた私の目から見ても、いい式だった……はずだ。


 進行表によれば、これでほぼ式は終わりだ。私もようやくカメラマンから解放される。

 これから先、三人で過ごす時間はもっとずっと減るだろう。花蓮と徹の「人生のカメラマン」からも、これでお役御免になれる。

 薄情な話だけど、私は少し清々した気持ちになっていた――なのに。


『――最後にもう一人、感謝の言葉をおくりたい人がいます。……映見!』

「えっ?」


 突然、花蓮に名前を呼ばれ顔を上げると、スポットライトが一斉にこちらを向いた。

 ちんちくりんのみすぼらしいドレス姿の女が照らし出され、会場中の視線がこちらへと流れてくる。

 ――サプライズだ! と気付いた時には遅すぎた。


『映見、小さい頃から私達を見守ってくれて、ありがとう! いつも素敵な思い出を撮ってくれて、ありがとう!』

『君は最高の親友です。これからも俺達と仲良くしてください!』


 花蓮と徹からの、涙ながらの感謝の言葉を契機に、会場中のカメラとスマホが私に向けられる。

 ――パシャパシャパシャッ!

 ――カシャカシャカシャッ!

 多種多様なシャッター音とフラッシュの光が、私に襲い掛かる。


 ――いつしか、私は涙を流していた。ぐちゃぐちゃに、恥も外聞もないくらいに泣いていた。

 会場からは、もらい泣きの音が聞こえ始めていたけれども――


(やめて!)


私はそう叫ぼうとする自分を抑えるのに必死だった。


 カメラマンの私の周りには誰もいない。

 だから、向けられた全てのレンズには、私一人が映っている。カメラやスマホの中には、私一人だけが写った写真が保存されていく。

 私一人だけが、たくさんたくさんたくさん――。


(やめて!)


 私が流す滂沱ぼうだの涙の意味を知る人は、この会場には一人もいない。

 だから私は一人きりで、叫びだしそうになるのをこらえながら愛想笑いを浮かべ続けた――。


(了)

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