迷子
歩
お母さん
私はよく迷子になっていたらしいです。
幼いころから好奇心が強かったのは自覚しています。
今でもその傾向はありますから。
あれこれと目移りしては、趣味がころころ変わっているので。
男の趣味は……。
ご想像にお任せします。
父からひとり親の苦労として聞いた話。
小さい私は人混みのなかでも何かキラキラするものがあるとすぐ、父の大きな手から逃れて駆け出していたそうです。
必死で捜してやっと見つけたら、平気な顔でニコニコしてる。
あきれた。
怒る気も失せた。
と、父は懐かしそうによくいいますが、「ああ、そう」と私は、私のどこを尋ねても記憶にないことでくすぐったいばかり。
きっと独り遊びに夢中で迷子の自覚もなかったのでしょう。
「
でも、やんわり叱ってくれた人がいた気がします。
顔を上げると優しい誰か……。
あれは伯母だったでしょうか。
やはりよく覚えていません。
そんな私も無事大きくなって結婚。
素敵な旦那さまを捕まえられたと、ちょっと自慢したいくらいです。
好奇心も回りまわって、すてきな出会いにつながったのでしょう。
なんて、勝手にのろけては、友人には「ごちそうさま」と呆れられていましたけど。
幸せな日々から子供も授かりました。
今なら、子供の無邪気に
子供を持つ身になってはじめて分かることも多い。
「女の子なのに、あんたはもう!」
小さいころによくいわれていたお小言。
まさか自分がわが子にいうことになるなんて!
親になるってこういうことなのかな。
父の苦労も
決して、子どもにきついことをいいたいわけではないのですが。
娘を甘やかす夫は休日に遊び相手になってくれるだけ。
どこも同じかもしれませんが、優しい言葉だけでなく、もうちょっと子育てにも積極的になってほしいな。
それは若い母親の我がままでしょうか?
忙しい私の旦那さまにもお盆休みはきます。
今年もふるさと京都へ帰省しました。
父に元気な孫を見せ、私も父が元気なことを見て一安心。
お墓参りを済ませ、夜は五山の送り火を見ようということになりました。
父は人混みも苦手と遠慮して、私たち家族3人だけで行くことに。
送り火を見られるスポットは地元ならでは、いろいろ知っています。けれど、小さい子もいることだし、きれいに見えるけれど寂しく暗いところよりは、人の多いにぎやかなところがいいだろうとの夫の言葉にうなずきました。
一抹の不安はよぎりました。
まだ小さな娘が人混みに当てられないか、昼間の疲れもあればぐずらないだろうかと。
夫など、久しぶりの家族旅行で娘に甘えられてデレデレしているだけ。
疲れが吹っ飛ぶといったふうなのはいいのですが、少し嫉妬もするかな。
かくいう私も、京都のお盆、特別な日に愛する家族と一緒に過ごせると、それのほうが勝ってしまいました。
京都、五山の送り火はまず、
次に
東から西へと送り火は移っていきます。
照明やネオンも一時的に消されて、この夜は静かな祈りが街全体で捧げられるのです。
京都のお盆では、迎え鐘をついて帰ってきた先祖の霊が、送り火で帰っていく。
さようなら。
また来年。
大人はみんな、山に灯る神聖な火に見入っていました。
私も夫に寄り添って。
この日には不謹慎かも知れないけど、幸せを感じていました。
ありがとう。
ご先祖様がいるから私がいて、この人と出会えた。
そして、娘にも……。
あの子は?
「俺が捜す! いなければその足で迷子センターか交番にも行ってくる!」
「う、うん……」
「大丈夫、きっと見付かる。君は逆にここでじっとしてあの子と入れ違いにならないように。連絡も取りあおうな」
「うん……」
「心配するな。きっと見つかる。大丈夫だ」
「うん……」
迷子は怖い。
よくよく娘にも言い聞かせていたけれど、実のところ私が一番、そのことがまだ分かっていなかったのです。
幼いころのかすかな記憶。顔を上げたら父の泣き出しそうな顔があったこと、今さらながらに思い出されました。
私も一緒にとはいえなかった。
心細かったけど、夫のいうことも一理ある。
誰かが残っていないと。
迷子で泣いているかもしれない娘の気持ちにもなれば、戻って来たのに誰もいなければそれこそ……。
どうか無事で。
にぎやかに人波が寄せては返す
小さな子など、その波の中にもまれては沈んで見えない。
ごった返す喧騒は耳に遠く、私は私で小さな影を見出だそうと懸命でした。
祈る思いは募るばかり。
「お母さん!」
声に振り向けば、私と同年代の女性に手を引かれた娘が。
ニコニコと何の不安もない笑顔。親の心配などどこ吹く風で。
力が、抜ける。
「あのね、おばあちゃんがね……」
「ダメじゃない、もう! 勝手にどっかいっちゃ!」
思わず、声を荒げてしまった。
娘はしょんぼり。
その顔にハッとしました。
きつく叱れば、それこそ怖がって帰ってこなくなる。
そもそも、自分が小さな手を離したのが悪いんじゃないか。
むかし、父や伯母たちも私を優しく迎えてくれたじゃないか。
今こそ、大人の気持ちを理解した気分でした。
「ごめんなさい……」
「ううん。いいの。私こそごめんね」
「お母さん」
「でも、助けてくれた人をおばあちゃんじゃないでしょ、お姉さんでしょ」
「ええんよ、それで」
あたたかさが降りそそぐような穏やかではんなりした声。
地元の人でしょう。京ことばが優しい。
なんて、親切な人だろう。
私は涙を拭けました。
とにかくお礼をと、立ち上がりました。
娘をしっかり腕のなかに包んで。もう離さないと。
「そや、それでええの」
え?
送り火が消える。
街灯が灯る。
「叱るばかりではあかんえ。優しく、優しく、な?」
あ、ああ……。
「やさしゅうに。それはな、あんた自身にもやで。あんまり無理せんときや」
「お母さん……」
写真でしか見たことなかった母が、写真のままの笑顔で消えていく。
ぎゅっと娘を抱き締め、私はぽろぽろと涙を流していました。
迷子 歩 @t-Arigatou
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