花火

もちもち

花火

 守山が持っているスマホの画面に花が咲いていた。

 ドン、と腹に響くような重い音とともに開く花火だ。周りを暗くした方がより綺麗に見えるのだろうが、生憎まだ営業中の深夜のコンビニであった。まさか店内の明かりを落とすわけにはいかない。

 人気のないレジカウンターにスマホを置き見ているのは、一昨年の花火大会の動画だ。

 いまだ口元を覆う布が取れそうにない。今年も肉眼で花火を観測するのは難しいだろう。去年のように動画配信などしてくれると、せめて気分を味わえるのだが。


「松島はどんな花火が好き?」


 黙って動画を眺めていた守山が唐突に口を開いた。と思ったら花火の好みを聞いてくる。

 女の子の好みを聞いてくるよりも守山らしいと思ってしまうところがこの男だ。


「なんか、ばーってたくさん上がるやつ」

「スターマインのこと言ってるのかな」

「あ、なんかそんな名前だった気がする」

「スターマインって花火の名前じゃないらしいね。打ち上げ方の種類なんだってさ。

 点火が機械化して音楽と併用されたことですごく人気になったよね」

「へえ」


 守山と話していると全く実生活には影響のない知識が増えていく。だが、最近それも不思議と面白く感じられるようになってきた。暇つぶしにちょうどよい感覚と似ている。


「守山は何が好きなの」


 いつも聞いてばかりだったので偶には質問を返してみると、守山は(こちらがちょっと驚くほど)びっくりした顔をして俺を見た。だが、すぐにニコニコと笑ってしまう。


「俺は冠とか柳が好き」

「かむろ?」


 柳、はなんとなく想像がついた(たぶん上から光の雨みたいに垂れるやつだ)。だが、かむろという響きからはどんなものかイメージができなかった。

 尋ねると、守山はスマホの動画を切り替えた。

 再びレジに置かれたスマホの画面の暗闇。すると、黄金色の大輪が2つ炸裂する。金の鱗粉は少し垂れるように零れそっと吹くように消える、 その間際に、無数の星が瞬いて散った。


「冠菊というらしいけど。最後にキラキラ瞬くやつが好きなんだ、綺麗だよね」


 よくフィナーレなんかで一番盛り上がるやつ、と言われ納得した。ポンポンと大量に打ち上がった後にこの星が瞬かれては歓声を上げざるを得ないだろう。


「星みたいだ」

「なるほど。知ってる、松島。花火の中には星があるんだよ」


 星のような花火を見た後だからか、守山がそう言ってもなんら不思議ではない気がした。のだが、守山の言っている星が頭上の星であれば一大事である。


「火薬のことか」

「ご名答。光や煙を出す火薬のことを星というんだそうだ。星と呼ばれる丸い火薬が詰められるんだよ」

「へえ」

「ところで、星も最期は爆発するって知ってるかい」

「ん?」


 今の星は宇宙にある方の星か。俺はニコニコと笑う守山を見た。


「恒星と呼ばれる星の輝きは、その燃料が水素なんだ。核融合を起こしていて、それで燃えたカスが内側にたまりすぎて耐えきれず爆発してしまうんだってさ」

「派手だなあ」


 まさに爆発オチとか言うんだろうか。だが、守山の話は続いてしまった。


「この爆発から新しい星が生まれたりブラックホールが生まれたりする」

「有か無かの究極の二択してる」

「いや、完全に二択ってわけじゃないけど」


 俺の中身のないコメントに守山は軽く笑った。

 スマホの動画は画面を埋め尽くさんとばかりに咲き続けた光の花が、最後に星を散らして終わった。


 次の動画へ、と表示が出たところで、再び守山が口を開く。


「桜と花火って似てると思わないか」

「いや、全く」


 さすがにその質問は無理があるだろう、と首を振った。守山は、しかしそれでも構わないらしく楽しげな様子で「そうか」と頷き、続けてしまう。


「俺は似てると思うんだよなあ。パッと散っておしまい、てあたりが」

「花火はともかく、桜はどうかな」

「大量の花が一斉に咲いて、一斉に散るだろう、桜。昨日見た景色と全く違う、てことがないか」


 守山の話に俺は記憶を手繰り寄せた。昨日と言うと言いすぎかもしれないが、確かに「この間まで咲いていたのにいつの間にか葉っぱになってる」と思うことはよくあった。単純に俺が桜をまじまじと観察したことがないからかもしれない。

 守山は俺の納得を置き去りにして、やはり先に進めてしまう。


「花火もパッと消える方が良いらしい。消え口が揃うというのだって。

 すべての星が同時に色を変えて同時に消える」


 脳裏に大輪が咲き、そして、まるでそれらがあったという認識すら残さないほどまっすぐ消える。


「無くなると分かるからこそ生まれる価値というものがあるんだろう」


 俺と守山と二人しかいない店内に、ぽんと落とされるように守山の言葉が響いた。

 相変わらずこの男は一つの事柄から考え至るところが深い。深くて、少し重い。

 恒常的に悩み事でも抱えているのかと若干心配してしまいそうだ。と、珍しく俺が人の心配をしかけたところで、守山は続けるのだ。


「そう思うと、星の最期はなんというか、後腐れる感あるね」

「……なんてこと言うんだよお前は」


 別に恒星のどれかと仲が良いわけでもないが、それはちょっと失礼だろう。

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花火 もちもち @tico_tico

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