Am I You?
姫路 りしゅう
お前は誰だ
「ここはどこだ!」
目覚めると俺は両手両足を縄で縛られた状態で椅子に座らせられていて、目隠しをされていた。
何も見えない。
「おい! 誰かいないのか!」
声が少しだけ反響する。
その反響度合いからして、部屋はそこまで大きくなさそうだった。
昨晩の記憶を振り返る。
仕事終わりにコンビニで弁当を買い、家でだらだらと動画を見るいつもの夜。
腹は減っていない。まだあまり時間が経っていないんだろう。
しばらくして、背後から不気味な男の笑い声が聞こえてきた。
「ククク……」
「だっ、誰だ!」
「ククククククク」
「おい、お前は誰なんだ」
「クッ……クハハハハハハハハハハハハ!」
「なあ」
「ハハハハハ」
「いや――――――」
「アハハハハハハハハハハハハハハ!!ヒハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
後ろでただ高笑いされるの、こわすぎる。
いっそナイフとかチラつかされたほうがマシだよぉ~~~!
二十秒ほど経って笑い声が止んだ。笑いすぎだろ。
「誰だお前は!」
「ククク……」
「や」
「クハハハハハ」
「あの」
「アハハハハハハハハハハハハ!」
らちが明かない。
しかし、こんな拉致監禁をされる覚えが全くないな。
俺は人から恨みを買うような生活をしているつもりはないのだが。
――――いや、一つだけあった。
思い出したのは半年前の記憶。俺には亜希という二十九歳の恋人がいた。
というのも、五年ほど付き合ったタイミングで結婚を迫られたので振ったのだ。
私の二十台を返してよ、というセリフが耳に残っている。
彼女との五年間が一瞬にしてフラッシュバックした。
「お前はもしかして……亜希か?」
「違う」
違うみたいだった。
「まあ、男の声だもんな……」
男声だったので亜希である可能性は著しく低いとは思っていたのだが、彼女以外に恨みを買うような記憶がなく、念のため言ってみた。
しかし、そうなると他に心当たりがない。
いや、待てよ。一つだけあった。
思い出すのは五年前。まだ二年目社員だったころに、仕事のミスを新入社員に押し付け退職に追い込んだことがあった。
仕事の記憶が一瞬で頭を巡る。退屈な日々のルーチンワーク。
あの時にやめた新入社員の名前は――――。
「お前はもしかして……平川か!」
「違う」
「違うのか」
絶対そうだと思ったんだけどなあ。
だって平川以外に俺が恨みを買いそうな人っていないぞ。
いや、もしかして!
俺はもっと前を思い出す。あれは確か、大学生の頃だ。
「学生の頃……そうだ! 雄哉か。二年生の頃にお前の彼女と浮気したことがあった! 雄哉だろ」
「……違う!」
「違うのかぁ」
絶対そうだと思ったんだけどなあ。
そのままの勢いで小中高と記憶を巡らせる。
「……しかし次こそ本当にないな。中高生の頃は優等生で通っていたし、さすがに小学生の頃の恨みというわけでもないだろうし。誰だお前は!」
「ククク」
「いや、ククク、じゃなくて。もしかして全然俺と関係ない人か? 通り魔的な」
「違う」
「違うのか~~」
俺と関係がある人で、かつ、恨みを抱いているわけではない人。
そんな人が両手両足を縛って拘束なんてするか?
あ、まだだ。まだ、ドッキリの可能性がある。
あまり笑えないドッキリだが、こういうことをするやつと言えば学生時代に一緒にバカをやった友人。
「ドッキリだとすれば、おまえ……清田か」
「違う」
「違うのか」
じゃあ誰だ。
あまりにも心当たりがなさ過ぎてだいぶ怖くなくなってきた。
というかこいつの目的は何なんだ?
さっきから高笑いと「違う」しか言っていないぞ。
目的もなく俺を拘束する人間なんて――――。
待て。
本当に、人間か?
人を連れ去りただ笑っている存在。
それは人間というより、妖怪じゃないか?
一瞬で両腕に鳥肌が広がる。
妖怪の仕業なんだったら連れ去られたときの記憶がないのも頷ける。まさか。まさかそんなはずは――――
「………………お前……お前はもしかして……妖怪……………………なのか?」
「ククッ」
「おい!」
「ククククク」
「お前、本当に……」
「違う」
「違うのかぁ。なんの溜めだったんだよ」
こいつ、意思疎通ははかれるんだよな。
違うことにはちゃんと違うと言ってくれる。YES/NOのクエスチョンには答えてくれる。
つまり、時間をかけて徐々に選択肢を狭めていけば、こいつの正体にたどり着けるのではないか?
俺の脳裏にそんな選択肢が浮かんだ。それじゃあ個人名ではなく、大きい範囲から絞り込んでいけばいい。
アキネーターみたいなもんだ。
じっくり行こう。
「お前は、俺の知り合いか?」
「ククク……そうだ」
っしゃ! 俺は心の中でガッツポーズをした。はじめてこいつから肯定を引き出せた。肯定否定をしてくれるのなら、最後は必ずこいつの正体を暴くことができる。
「お前は……俺の友だちか?」
「違う」
「違うのか」
知り合いであって友だちではない?
「……じゃあ、俺と同じ会社に勤めているか?」
「ククク……そうだ」
「そのククク笑い、どうにかならんのか?」
しかし今のは大きなヒントだ。会社が同じなら部署単位でガンガン絞り込める。と思った矢先にいきなりクリティカル回答が通った。
「俺と同じ部署か?」
「ククク……そうだ」
大きい。
ここからどうやって絞るか。年齢が一番わかりやすいだろうか。
「俺より年下か?」「違う」
「俺より年上か?」「違う」
「つまり、俺と同い年か?」
「ククク……そうだ」
「よっしゃあ! それ見たことか!」
「見てない」
「今のは質問じゃなくてリアクションだ!」
俺と同じ部署の同い年は、田代しかいない。
なんだ、こいつの正体は田代だったのか。でもじゃあなんで田代が俺をこんな目に?
「田代てめぇ、なんでこんなことをするんだ!」
「違う」
「え?」「え?」
「田代じゃ、ないのか?」
「ククク……そうだ」
……こいつ、適当言ってないか? 俺と同じ部署で俺と同い年は田代しかいないぞ。
「お前適当言ってるだろ」
「違う」
「違うのか……」
実はうちの部署に年齢を偽っているやつがいるのか?
あり得る。大学生以降は浪人や留年、中途採用があるので年齢に意味はない。
しかしそれならもうお手上げだ。
「お前が中学の同級生なら年齢で絞れたんだけどなあ」
「ククク……そうだ」
「え?」
「え?」
「お前いま、何に反応した? お前、もしかして、中学の同級生なのか?」
「ククク……そうだ」
「……は?」
中学の同級生で、会社で同じ部署? そんなやつ。
――――刹那。
突拍子もない選択肢が頭をよぎった。
友だちではないが知り合い。
中学の同級生。
会社の同じ部署で同い年。
あり得ない。
あり得ないが、手足を拘束されて目隠しをされていることからすでに変な状況なんだ。
上記の選択肢に当てはまる人間が一人だけ、いる。
「お前……お前はもしかして………
お前は――――――――俺か?」
「ククククク」
「おい!」
「ククッ、クハハハハハハ」
「なあどうなんだ」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
「答えろ!」
「違う」
「違ったかぁ~」
まあ、突拍子もなさすぎるもんな。
「さすがにお前が俺なはずないよな。もし俺がお前だったら――――」
「そうだ」
「もし俺がお前だったらこんなよくわからないことしな……え?」
「え?」
「今なんて言った?」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
「違う その後の後だ! お前いま、何を肯定した?」
俺は何て言った?
もし俺がお前だったら、こんなよくわからないことをしないと言おうとした。
俺がお前?
「なあ、俺は、お前なのか?」
「ククク……そうだ!」
待て待て待て。
「お前は俺じゃないって言ったよな?」
「そうだ」
「お前は俺か?」「違う」
「俺は、お前か?」「そうだ」
「え?」「え?」
「んー?」
んー?
そこってイコールじゃないことあるのぉ~~~~?
「お前は、俺か?」「違う」
「俺は、お前か?」「そうだ」
「え?」「え?」
もう一回だけやっていいか?
「お前は、俺か?」「違う」
「俺は、お前か?」「そうだ」
ムズイて。
本当にムズイって。
こいつは俺じゃない。
でも俺はこいつ。
そこがイコールじゃないことなんてある?
あっ!
――――天啓。
それはまさしく天啓と呼ぶにふさわしい閃きだった。
「お前は、未来から来た俺なのか? そうか、そうだよな!」
未来から来た俺は、現在の俺だったことがあるので、俺だと言えるが、現在の俺は未来の俺ではない。
つまりこいつは未来から来た俺なんだ!
きっと、未来で何かがあって、俺の元に来てくれたんだ。
俺は未来の自分に思いを馳せる。
仕事では成功したか? 結婚は?
こいつが過去に戻ってきたということは、うまくいっていないのかな。
だとしてもこいつの助言があれば俺は――――
「クハハハハハハ」
「なあどうなんだ」
「ヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
「答えろ!」
「違う」
「違うかぁ~~~~~~」
違うのかぁ~~~~~~。
今いい話風にまとまったじゃん。
過去を振り返って、未来に思いを馳せて、こいつの正体にたどり着いたじゃん。
これが答えじゃないならもういいよぉ……。
「ギブです。お前の正体はわかりません!」
俺がギブアップをすると、ピリと空気が変わったような気がした。
「――――もう、いいのか?」
「は?」
「もう、俺の正体について考えるのは終わりでいいのか、と聞いている」
「……え?」
その厳粛な空気に思わずたじろいだ。まるで、俺が諦めるのを嫌がっているかのようで。
「いや、お前、そこまで喋れるなら正体と要望を教えてくれよ。何の理由もなく手足を拘束されて俺は怖いんだよ」
「俺の口から正体を言うことはできない。けれども拘束を解くことはできる。拘束を解いてしまっていいのか?」
「いいに決まってるだろ」
「わかった――――」
足が自由になった。
なにか、嫌な予感がした。
手が自由になった。
ここまでの問答を思い出す。
長年付き合った亜希。新入社員の平川。彼女を寝取った雄哉。悪友の清田。
どれも俺の人生に大きな影響を及ぼした登場人物だ。
そして優等生だった中高の思い出。これまでの人生の思い出。
こいつは俺じゃない。でも俺はこいつ。
未来の自分。
過去。現在。未来。
――――これって。
これまでの思い出を一気に振り返るこの行為って――――。
瞬間、昨晩の記憶が一気に噴き出てきた。
急に酒が飲みたくなった俺は、コンビニに向かった。
そしてその道中で俺は、車に轢かれたんだ。
現在の俺が、過去を振り返って、未来に希望を持つ。
これって――――――走馬燈じゃん。
「お前の正体は、走馬燈。お前は俺の経験だ。俺を成しているのは
俺は経験の積み重ねだが、経験自体が俺というわけではない。
「ククク。そうだ。正解だ」
走馬燈は笑って――――肯定をした。
きっと俺は今死の淵にいる。
気付かないまま目隠しが外れていたらどうなっていたのだろう。
自分が死にかけていることに気が付かずこの拘束が解かれて走馬燈が終了していれば、そのまま死んでいたかもしれない。
人は、死の淵にいることを自覚して初めて、生きる気力が沸く。
ろくでもないことばっかりしてきたけど、でもやっぱり俺は、生きたい。
死の淵に立って、自分の過去を振り返って、ようやくそれを実感した。
強く、生を渇望した。
俺は、まだまだ生きたい!
――――――――目隠しが外れた。
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