赤に魅せられて
望月くらげ
赤に魅せられて
夏休み、友人Aとレンタカーで旅行に行った。四国一周の旅だ。香川から愛媛、高知へと向かい、最後に徳島から本州へと戻るスケジュールだった。
温泉に入ったり、土地の料理を食べたりと、どこかのんびりとした、少なくとも刺激に欠ける旅だったことは否めない。
だからだろうか。旅行も終盤にさしかかったその日、道の駅で休憩していると、Aは観光マップを持ってきた。ご当地ソフトクリームだというワカメソフトを食べていた俺は、隣に座ったAが持つ観光マップを覗き込んだ。
「何かある?」
「特に。でも血天井っていうので有名な寺があるって」
「血天井?」
Aはスマホで調べると、物騒な話を始めた。どうやら昔、このあたりで合戦があったときにその寺でたくさんの人が死んだそうだ。床にも血が飛び散り、木でできたそれには手や足の形の赤黒い染みができた。
どうやら、その血が染み込んだ木の板を床ではなく天板へと組み替えたのが血天井、ということらしい。全国にいくつかある血天井のうちの一つが、徳島県の丈六寺という寺にあるそうだ。
「で、どうする? ここから車で20分ぐらいらしいんだけど」
そう言いながらもAがそこに行きたい、と思っているのは明白だった。まあ確かに、まるで年寄りのツアーのようだったから、そういうところに寄ってみるのもいいかもしれない。そう思い、俺たちは車を走らせることにした。
二十分後、俺たちは血天井がある寺の前にいた。そこは凛とした静謐な空気の漂う場所だった。この雰囲気では出るモノも出ないだろう。
「残念だったな」と、振り返ると俺の声なんて聞こえていないかのように、Aはそのまま寺に向かって走り出した。
慌てて追いかけると、Aは寺に入ってすぐのところに立っていた。
「何やってんだよ」
声をかけたが、Aは天井を見上げたまま動かない。仕方なく顔をあげた俺の目に映ったのは、赤黒い染みが今も残る古びた天井だった。
これが血天井か――。
薄気味悪く、あまり長居したいとも思えない。俺は「もう行くぞ」と声をかけたが「あと少しだけ」と言ってAはその場を動かなかった。
いったい何が楽しいのか、俺から見たらただの赤黒い染みが付いた木の板にしか見えないが……。
仕方なく俺はAを待つ間に境内を一周して、それでもまだ見惚れていたAを引っ張るようにしてそこをあとにした。
旅行から帰ってからは、就活やバイトでバタバタした日々を過ごしていた。そんなある日、自宅近くのホームセンターでAに会った。
模様替えをするんだとペンキを買っていた。
「一人でするには限界があってさ、手伝ってくれないか?」
「仕方ないな、礼に飯でも奢れよ」
「悪いな。ずっとやってたんだけど、赤が足りなくなってさ。仕方なくペンキを買いにきたんだ」
Aの話によると、昨日の夜から一人でやっていたらしい。顔色も悪いし、仕方がないから手伝ってやるか。
そういえば――。
「ハケがないけど何で塗るんだ?」
一人でやっていたなら、俺の分のハケがないかもしれない。そう思い尋ねた俺に、Aはにっこりと笑った。
「ここにあるじゃないか」
真っ赤に染まった、手のひらを見せながら。
赤に魅せられて 望月くらげ @kurage0827
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます