<第三十話> わらわら、わらわら。
右からも左からも、そして正面からも規則的に聞こえてくる、太鼓の音。
それは低く、うねりを伴い、不協和音をロランらと妖精族に聞こえているはずだ。
足元に転がるのはコボルドキャスター。
妖魔の死霊術師である。
渾身の呪いだろうか、死を賭した暗黒神へ嘆願した呪い。
考えたくもない。
考えたくもないが敵の援軍には違いない。
聞こえてくるのは太鼓だけでない。
大勢が向かってくる足音。
下映えを踏みしめて、小枝を折りながらやってくる、悪臭の元凶、恐らく妖魔の群れ。
「ねえ、ヒュムさん!」
「エルフだな? 森エルフ」
「あなた強そうね、逃げるのはもう遅いし、一緒に戦ってくれるわよね?」
「さあな」
と、ロランは背後の妹、アリアを見る。
彼女は銀仮面卿ことロランの服の端をしっかりとつかんで引っ張りつつ、震えていた。
「ちッ……面倒な」
「嫌なの?」
「いや、良いぜ? 渡りに船だ」
「やったねカイナリィ! ね、お兄さんもそうじゃなくっちゃ! ねー!」
と、エルフのそばの小妖精、ピクシーが巨大な弓を持ち、舞う。
「しかたねえ、共闘するぞ? だけどよ、俺の邪魔だけはするなよ妖精族!」
「ふん、嬉しい癖に。ヒュムってホント、ツンデレね! 体全体を突っ張らせて青い顔していうセリフじゃないわ」
「うるせえよ耳長」
「ふん、技を磨く時間も、自分が何者かと問う時間すら足りず、死すべき定めのものの中でも早死にで、戦じゃなくてもすぐ、ホントころりと簡単に死んじゃうくせに」
長々とエルフのカイナリィは言うも、ロランは鈍くその銀仮面を光らせるだけだ。
「ダラダラするな、武器を構えろ、来るぞ!」
「言われなくても!」
と、ロランの服の端がもう一度強く引っ張られる。
「お……銀仮面卿、銀仮面卿!」
ロランは後ろを振り返る。
怯えの色。
「大丈夫だ」
と、エルフにかけた言葉とは対照的に、妹には温かみ溢れる言葉をこぼすのだった。
──そして。
そんな彼ら四人は、右にオーク、左にゴブリン、そして砦の方向から逃げてくるコボルドと、多数の妖魔軍団に囲まれたのである。
●〇●
「なんだなんだこの犬臭い匂いは! うんうん、たまらんな、匂いが近づいてくる。
さては狼将軍、あいつ、大部隊だと聞いていたが、蹴散らされて逃走か!?
全くバカなやつ! な、お前もそう思うだろ?」
と、ひと際太った豚鼻の人間型生物、オークチーフが同族に問う。
副官だろうか。
「全く狂猪将軍閣下の仰られる通りでございます、へえ」
と、揉み手の副官。
すると将軍は腹を揺すって笑うのだ。
大きく前後する体につられ、彼の身を飾る貝殻の首飾りが、森に注ぐ柔らかな光を受けて真珠色に輝く。
「げはははは! この狂猪将軍様が蹴散らしてくれるわ残党など! おっと、お前たち? 間違えて犬や悪鬼どもを食っても構わんぞ? げはははは!」
オークである。豚鼻の、体つきもそれと似た体躯。
下顎から生える二本の犬歯が唇からはみ出している。
「ふん、嫌なにおいが混じったかと思えば犬に小鬼といるのか、忌々しい」
「は! 妖魔軍で包囲殲滅できまする」
と、副官。
だが狂猪将軍は不快げに。
「先を越されるな! 前を観ろ、ヒュムの斥候だろうが!」
「はっ!」
と、荒ぶる狂猪将軍の怒鳴り声に、副官が返事する。
「おう、あそこに見えるのはヒュムどもか。ああ、エルフもいるな、気に食わん。お前たち、アイツらは少数だ。押しつぶしてその肉をミンチにして食らうことを許す。突撃だ! 犬や小鬼どもに負けるなよ!?」
と、はるかに同族よりも恵まれた体格を持つ狂猪将軍は、部下どもに蹂躙を命じたのである。
●〇●
「聞いたか、ブヒブヒワンワンうるせぇな!」
「はッ!」
と、今度は緑の肌の妖魔、小鬼ゴブリンの群れの先頭で大柄な一匹、つまりこの群れのを統率するゴブリンロード狂鬼将軍が叫ぶ。
「おい、豚や犬に遅れるな!? あのヒュムどもをまずは血祭だ! いけ、我が精鋭たちよ!!」
と、味方に檄を飛ばす革鎧に棍棒を持った狂鬼将軍。
同時に彼は走り出す。
後ろから、彼の同族が続いた。
「おうおうおう、この狂鬼将軍が全て平らげてくれる。妖魔軍最強とは、俺様の軍の呼び名よ!」
●〇●
「ぐぬぬ、ヒュムに別動隊? いや、この匂いは豚どもと小鬼ども!」
「以下がしましょう?」
と、群れと共に逃走中の副官が狂狼将軍に問う。
「どうせハグレだ! その程度の少数、一気に踏みつぶせ! 的中突破しろ!」
「は!」
将軍と副官、そしてその後ろにばらばらと、無秩序なコボルド群は雪崩うつ。
「いいか、走れ! もうひと頑張りだ! 豚や小鬼どもに手柄を上げさせるな!! 俺たちがあのヒュムの別動隊を踏みつぶし、豚と小鬼の部隊の指揮権、主導権を取って砦に反転だ! 先ほどの三倍の兵数でリベンジするぞ!!」
と、狂狼将軍は叫び見方を鼓舞する。
まあ、鎧袖一触、一気に数で踏みつぶす。
その意思は部下に十分伝わったようで、落ちに落ちていたコボルド軍の士気は大いに上がる。
当然だろう。
視線の先のヒュムの別動隊。
それらはどれも若い個体で、肉の柔らかなメスが多い。
そう、旨い肉を温かい血で流し込み、充分に味わうチャンスなのだから。
そう、ご馳走を前に、妖魔軍が三軍それぞれ奮い立ったのである。
奈落の王 =とある仮面の男の物語= 燈夜(燈耶) @Toya_4649
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