合格
「にゃにゃーん、にゃにゃーん」と真上の方から声がした。ぼくはまだ寝足りない気がして、布団のなかに顔を引っ込めた。
上からぱしぱしと布団を叩く音がした。最初は、スマホのアラームだと思った。しかしやがて、スマホのアラームに布団を叩く機能なんてないことに気がついて、目を開けた。そして、昨夜のことを思い出した。
「メメント・モリちゃん?」ぼくは布団の中から声をかけた。「お腹が空いたの? 朝ご飯何にする?」
「にゃにゃーん、にゃにゃーん」とメメント・モリちゃんは言った。ぼくなんかよりもずっと猫の鳴き声っぽいと思った。ぼくは布団から顔を出した。
顔の前を黒いバターが通り過ぎた。ぼくは、「にゃにゃーん?」と言った。黒いバターは無言でぼくの顔をぽかぽか叩いた。「わあ、いたいいたい。やめてって、メメント・モリちゃん」
ぼくはメメント・モリちゃんをつかまえて、抱きかかえたまま上半身を起こした。メメント・モリちゃんは手足をバタバタさせていた。
「こんな顔だったんだね」ぼくは言った。「オムライスの絵、そっくりだ」
メメント・モリちゃんは暴れてぼくから身を離すと床に降り立ち、しっぽを優雅に立てたままぼくを振り返り、「なーん」と鳴いた。
「引っ越すかあ。ペット可のマンションに」ぼくはつぶやいた。「その前に、キャットフードとか、トイレの砂とか、いろいろ必要なんだよなあ。たしか」
メメント・モリちゃんはとつぜんテンションが高くなって、部屋のなかをぐるぐる回り始めた。また黒いバターになる気か。もうそこは、ぼくのために最適化された部屋なんかではなかった。いろんなものの配置が狂っていた。ドアも開けっぱなしにしないとな。メメント・モリちゃんが自由に行き来できるように。
「ところで、メメント・モリちゃんはオムライス食べて大丈夫なの?」ぼくは訊いた。「まだ卵残ってるから作れるけど。君は何を食べるんだろう?」
オムライスという言葉に反応して、メメント・モリちゃんは走るのをやめ、ぼくの身体をよじ登り始めた。爪が肩や首に食い込んで痛かった。放っておいたらそのまま頭のてっぺんにまでたどり着いた。
「いたいいたい! いたいってば!」オムライスなんか食べさせるんじゃなかったな。ぼくは思った。合格しちゃったじゃないか。
メメント・モリちゃんはぼくの頭のてっぺんで、「にゃにゃーん」と誇らしげに鳴いた。
メメント・モリちゃんの来襲 残機弐号 @odmy
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