おやすみ

ぼくは2人分の冷凍ご飯を取りだし、レンジで解凍しながら、冷蔵庫を漁って材料を探した。幸い卵はたくさんある。今日は奮発して、1人2個ずつ使ってみよう。バターもある。牛乳もある。ケチャップもある。マッシュルームはないけどシメジがあった。使いかけのタマネギも4分の1玉あった。ベーコンを使いたかったが量が足りなかったので、ウィンナーをみじん切りして使うことにした。冷蔵庫の扉の内側についた狭い棚のところに、ずっと前に編集者からもらったコンソメスープの素があったので、スープはそれで済ませることにした。


材料の準備ができて、まずはケチャップライスを作り始めた。ケチャップを使う以外はチャーハンとほとんど同じ要領だ。ひとり暮らしだとチャーハンばかり作ってしまう。ぼくの身体はほとんど自動運転であっという間に2人分のケチャップライスを完成させた。


あとはこれをオムライスにすればいい。しかし、考えてみればぼくはこれまでオムライスをつくったことがない。動画で見たことはある。料理名人がフライパンを細かく揺さぶると、ケチャップライスが少しずつオムレツの衣に包まれていくのだ。食材に衣服を着せるという発想がぼくにはなかった。それは、ペットに衣服を着せることとどこか似ていた。


誰かと暮らすということは、オムライスをつくる生活をするということなのかもしれない。ぼくはふと思った。


居間に戻ると、メメント・モリちゃんはソファに寝そべりながらSwitchでラムラーナをプレイしていて、「このオモリどうやって使えばいいの?」と聞いてきた。


「オムライスできたよ」ぼくはソファの前のテーブルにオムライスのお皿とコンソメスープのカップを置いた。ソファに座りながらだと食べにくいので、テーブルとソファのあいだ辺りに座布団を2つ並べて敷いた。メメント・モリちゃんはSwitchをソファの上に放り投げて座布団に座った。そしてぼくはキッチンに戻り、自分の分のオムライスとコンソメスープを持ってきて彼女の隣に座った。


「ケチャップは?」


「ケチャップライスにたくさん使ったよ」


「わかってないね。ライス用のケチャップとオムレツ用のケチャップは別だよ。つべこべ言わないでケチャップ持ってきて!」


ぼくは言われたとおり、またキッチンにケチャップを取りに戻った。ケチャップは容器がだいぶぺちゃんこになっていた。


「はいケチャップ」ぼくはメメント・モリちゃんにぺちゃんこのケチャップを差し出した。「かけてあげようか?」


メメント・モリちゃんはぼくからケチャップをひったっくって、オムライスの上に何かを描き始めた。


「早く食べないと冷めちゃうよ」ぼくはテーブルとソファのあいだに身体を押し込み、メメント・モリちゃんの隣の座布団に座りながら言った。


「ちょっと待って。まだヒゲ描いてない」


「これ、猫?」


「うん、猫」


6本のヒゲの最後の一本が引き終わり、オムライスの上に猫の顔がにゃにゃーんと現れた。


「ごめんね。ケチャップなくなっちゃった」メメント・モリちゃんは空のケチャップ容器をぼくに渡しながら言った。


「いいよ。ケチャップそんなに好きじゃないし。じゃ、食べようか」


「いただきまーす」


「いただきます」


10年以上ぶりに食べるオムライスは意外と悪くなかった。バターをたっぷり使ったオムレツの香りが素晴らしい。ベーコン代わりに入れたウィンナーのみじん切りもなかなか面白い食感だった。


「どう? これはいいオムライス?」ぼくはメメント・モリちゃんに訊いた。


「おじさん料理上手だね。意外と」メメント・モリちゃんは、猫の顔のフチの辺りまで食べ終わっていた。そして、「もったいないな」と言いながらも、結局食べ進めて、猫の顔は消えてなくなった。


「チェシャ猫なら顔だけ残して消えていくのにね」


「何の話?」


「なんでもない」ぼくは黙々とオムライスを食べ、コンソメスープを飲み干し、一息ついた。ふと時計を見ると、もう11時を回っていた。


「メメント・モリちゃん。今夜はうちに泊まってく?」


「そんなことが許されると思ってる?」


「許されないよ。ぼくは社会的に抹殺される。でも、行くとこないんでしょ?」


「ないこともないけど」


「ひとりぼっちなんでしょ?」


「うーん」


「ご飯が終わったらここに布団敷いてあげるから。ぼくは仕事部屋で寝るよ」


「うーん」メメント・モリちゃんはお皿を持ち上げて、オムライスの残骸を口の中にスプーンでかき入れた。そしてゆっくりと、もぐもぐ噛みつづけた。だいぶ半目になってきていた。


「あ、もしかしてもうおねむ?」


「もう合格にしちゃおっかな」


「え?」


「どうしようかな」


メメント・モリちゃんがいよいよ本格的に船をこぎ始めたので、ぼくは彼女の手からスプーンをもぎ取り、小さい身体を抱き上げてソファの上に寝かせた。そしてテーブルを壁の方に寄せると、部屋の真ん中にずっと使ってない来客用の布団を敷いた。


「パジャマ無くて悪いけど、とりあえず今夜はこのまま寝て。必要なものは明日買いに行こう」


いちおう声を掛けたものの返事はなく、ぼくはソファからまたメメント・モリちゃんの身体を抱き上げ、敷き布団の上に横たえると、上から布団を掛けた。そして電気を消し、おやすみ、とささやいてから居間を出た。

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