オムライス・トライアル

熟睡するつもりはなかった。日が暮れる前にメメント・モリちゃんを帰さないと、おそらく事案になる。とりあえず30分くらい仮眠して、まだ彼女が家にいるようだったら、無理矢理にでも帰ってもらうつもりだった。もう不合格でもなんでもいい。その日あったいろんなことが、ひとりになってみるとすべて茶番としか思えなくなっていた。


「おじさん。起きてよ」メメント・モリちゃんの声が真上からした。


「まだ帰ってなかったの?」まぶしくて、ぼくは目を閉じたまま声を出した。ガスが漏れるような情けない声だった。


「おなか空いたからなんかつくってよ」


「今何時?」


「10時20分」


ぼくは飛び起きた。目の前にメメント・モリちゃんの顔がいきなり現れて、びっくりしてぼくはソファから滑り落ちた。


「いきなり起き上がらないで! 頭ぶつかるとこだったよ」


「ご、ごむん」


「ごむん?」


「いや、ごめん。え、もう電気つけてるの? 今何時だって?」


「10時21分」


「うそ、なんでまだ帰ってないの?」


「おじさんが帰さないって言ったんだよ。いいから、なんかつくってよ」


「お米炊いてない。あ、でも冷凍ご飯があるか。ミックスベジタブルもある。グリーンピース食べれる人?」


「食べたくない」


「じゃあピラフはだめか。いや、そうじゃなくて、早く帰ってよ。おうちの人、心配してるよ?」


「おうちの人なんかいないよ」


「そうなの? おじいちゃんおばあちゃんと暮らしてるとか?」


「それもおうちの人でしょ。そうじゃなくて、あたしはひとりなの。だから、家族になってくれる人を探してるの」


「あ、それで不合格ってこと?」


「他に何があるっていうの?」


「最初に言ってくれればもっとましな試験を考えたのに」


「試験とかもう後でいいから、まずご飯つくって!」


「わかったわかった。チャーハンでいい?」


「卵たくさん使ってね」


「じゃあいっそオムライスにしよっか」


「いいね」


「なんでこんなことになっちゃったのかなあ」


「あ、そうだ。これを試験にしよっか」


「これって?」


「あたしがおじさんのオムライスをいいって思ったら、合格にしてあげる」


「ちょっと待って。おなか空いてるときに食べたらなんだっておいしく感じるよ。ぼくは君を家族に迎えたいなんて言った覚えないけど」


「わかってないね」メメント・モリちゃんは馬鹿にしたように言った。「いいオムライスとおいしいオムライスは同じじゃないよ。どんなにおいしくても、あたしがいいって思わなきゃ不合格だから」


「合格したくないんだけど」


「いいからさっさと作ってきて。ぶっ放すよ!」


こんな夜中にぶっ放されては間違いなく近所に通報される。ぼくはおとなしく居間を出てキッチンに向かった。

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