不合格判定
「ところで、メメント・モリちゃんはぼくの家で何してたんだい?」ぼくはなるべく平静を装って言った。うまく言えた気はしない。
「いい年して‘ぼく’なの?」メメント・モリちゃんはにらみつけるみたいな、あるいは憐れむみたいな目でぼくを見た。
「いや、何ヶ月もしゃべってないから一人称が狂っちゃってて」
「おじさん、ダメだね」
「何が?」
「不合格。あたしの見込み違いだったよ」
そんな言葉は聞き流せばよかった。不合格なら不合格でいいではないか。しかし、ぼくはもう何ヶ月もひとりで仕事をしてきて、誰かに認めてもらうことに飢えていた。女の子と出会ってまだ30分も経っていないのに不合格扱いされて、このまま帰られては、ぼくのメンタルが今後持たない気がする。
「あ、ところで靴脱いでもらえる? 土足厳禁だから」ぼくは言った。メメント・モリちゃんが靴を履いたままであることに今さら気づいた。
「いいよ。もうあたし帰るから」
「いや、帰らせないよ」
メメント・モリちゃんはソファから立ち上がり、ドアのところまで飛び跳ねるように逃げた。明らかに警戒して、怖い顔をしていた。
「ごめん」ドアノブに手を掛けたまま警戒した様子の彼女に、ぼくはなるべくゆっくりした口調で語りかけた。「なんかすごく気持ち悪い言い方だった。ずっと人としゃべってなかったから、うまくコントロールできなくて。怖がらせて本当にごめん」
メメント・モリちゃんはポケットから防犯ブザーを取り出した。「おじさんは何がしたいの? 返答次第ではこの場でこいつをぶっ放すよ」
「不合格ってどういうことだい。とつぜん知らない女の子に不合格にされたら、誰だって傷つくよ」
「合格したいの?」
「不合格よりは」
「やめたといた方がいいよ。お仕事、忙しいんでしょ? 合格したらやらなきゃならないことたくさん出てくるよ」
「それでもいいよ」ぼくは言った。「不合格扱いされたまま生きていくよりはマシだ」
「わかった。じゃあ、試験を再開しよっか」
「また追いかけっこかい?」
「それでもいいけど、なんでもいいよ」
「なんでもいいって?」
「おじさんが決めて」
「本当にそれでいいのかい? それだと、ぼくが勝てる試験を選んじゃうよ?」
「いいの。つまんない試験を選んだらこいつをぶっ放すから」
女の子は水戸黄門の印籠のように防犯ブザーをぼくにに向けてかざした。ぼくはひれふさざるを得なかった。
ぼくが試験内容を考えているあいだ、メメント・モリちゃんはあたりを勝手にうろついていた。居間のテーブルの上にSwitchを見つけて、そのまま遊び始めるのかと思ったら手に持ったまま別の部屋に行ってしまった。
なかなか戻ってこないので、もしかしてSwitch盗まれたかな? と思って焦って見に行ったら、メメント・モリちゃんはまだアパートの中にいた。仕事部屋で、ぼく用に最適化された椅子の高さを勝手に高くして、原稿用紙にボールペンで勝手になんか書いてた。
「ああーもう、ダメだって。なんでそういうことするかなあ」
「おじさんのクソみたいな小説の続編書いてるから黙ってて」
「え、ぼくの小説読んだの?」
「それより試験はどうなったの?」
「ええと、3つ候補が浮かんだよ」と言って、ぼくは右手の人差し指と中指と薬指を立てた。
「3つ挙げとけば1つくらい通るって思ってない?」
「A案」ぼくは無視してつづけた。「ラムラーナRTA」
「なにそれ?」
「君が持ってるSwitchにラムラーナという鬼のように難しいゲームが入ってる。最初のボスを倒すまでのタイムアタックで勝負だ」
「却下。あたしが知らないゲームで勝負したらあたしが負けるに決まってんじゃん」
「そう言うと思ってたよ」ぼくは薬指を降ろした。「そこでB案。ぼくの小説を読んで、君がいいと思ったらぼくの勝ちだ」
「だからさっきクソみたいって言ったじゃん」
「君にそれ言われる前に思いついた案なんだよ」ぼくは中指も降ろした。残るは人差し指だけだった。「そしてC案」
「ちょっと待って!」メメント・モリちゃんが叫んだ。「ひょっとしておじさん何も考えてないんじゃない? 本当にいいの?」
「いいよ。C案には自信がある」
「よく考えて。C案もだめだったら、あたしは本気でこいつをぶっ放すよ」メメント・モリちゃんは防犯ブザーのストラップをつまんでぶらぶらさせた。
「ユーチューブで」
「ああ、わかったわかった。もういい。もうわかったから、あたしが代わりに考えてあげるから」メメント・モリちゃんは早口でまくしたててぼくを黙らせた。
「なんかごめん」ぼくは謝った。さっきから謝ってばかりだ。「自分がこんなに面白くないやつだなんて知らなかった」
「面白さは求めてないんだけどな」メメント・モリちゃんは独り言のように言った。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「あたし、しばらくこの椅子で寝てるから」
それは人間工学に基づいてつくられたエルゴノなんとかチェアだった。ぼく用に最適化された大きな背もたれに比べてメメント・モリちゃんの身体はあまりに小さく、椅子に座っているというよりも、椅子に抱かれているように見えた。
「そこにいたらぼくが仕事できないよ」
「仕事できないからってあたしを無理矢理どかすの?」
だって仕事だし、と言いたいのを飲み込んだ。なぜか、それは言ってはいけない言葉のように思えた。
「君が起きるまで待ってるよ」
「ふんふん」メメント・モリちゃんはなぜかちょっとうれしそうな顔になって言った。「ちょっとわかってきたみたいだね。じゃ、おやすみー」
ぼくは居間に戻って、やることもないのでソファに横になった。西日を避けようと、なるべく背もたれに顔をうずめるようにして目をつぶった。
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