07 明星の乙女
「旦那さま。はじめましてのところ申し訳ないのですが、早くお逃げになった方が」
「大丈夫だ」
控えめに言った申し出に意識を取り戻された旦那さまは疲れたように頭を振った。
全く大丈夫には見えなかったが、すぐに衛士がやってきて賊をしょっぴいていく。
呆気なさに目を丸くしていると洗濯物を被ってやりすごしていた旦那さまが顔を出した。
「妻なのか」
「ええ、妻です」
頷くわたしを何とも言えない顔で凝視したかと思えば、少し気まずそうに目をそらされる。
「言っておかねばならないことがある」
淑女らしく、つつましく続きを待った。
旦那さまは深い深いため息をつかれて重い口を開く。
「気付いているかもしれないが……朝焼け時と黄昏時は人の姿に戻れる。それ以外は」
鹿の姿になると耐えるように言葉がしぼり出された。
「お言葉ですが、旦那さま。人は鹿にはなれませんよ? 逆もしかりです」
「元素に分解して再構築しているらしい」
「そんな、まさか」
「貴女は錬金術に詳しいというのに、ありえないと決めつけるのか」
へそを曲げた言い方に苦笑して、ちょっと待ってと思考を掘り下げる。
錬金術のことを宮中で知ってるのは――
「まさか、
苦い顔する旦那さまに確信した。信じられない原理は事実かもしれないが、無理に姿を変えられるなんて、まるで呪いみたいだ。
「呪いではない」
見透かすように目を細めた旦那さまは自分に言い聞かせるよう、呪いではないと繰り返された。
旦那さまが言われるのであれば、そうなのかもしれない。『かもしれない』と思っても心は重くならなかった。うれしさを抱きながら話題を変える。
「私も何かの動物になれるでしょうか」
「無理だ」
あまりにも悲しそうな顔をしてしまったらしい。
一時、押し黙った旦那さまは言い直してくれる。
「違う、厳密には無理ではない。たぶん無理ではないが……」
視線をさ迷わせた旦那さまは観念したように、動物は衣類を着ないだろうとやっと聞き取れる声で続けた。
なるほど。衣類は分解して再構築されていない、と……つまり、その、え? 裸ということ?
どんどん頬が顔が、なんなら体全体が熱くなる。盗み見た旦那さまも熱をおびているように見えた。
✶ ✶ ✶
「占に
「
考え込む国一番の商人は顎の髭を撫で、しばらく考えた後、口元に弧を描いた。娘を愛する商人の瞳は瞬く星のようにやさしく、ほんの少しさみしさをにじませる。
「殿下、わかりましたぞ」
「誰か知っているのか」
訝しげに眉をひそめる男は、星の瞬きのようにいくつもの色を宿した瞳と明星のように輝く髪を持つ乙女をまだ知らない。
「わたしは、運命を信じているのです」
商人の口にした言葉は誠になる。
廃人旦那さまのお世話、拝命いたしました かこ @kac0
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