トンネル

 今日は恋人の裕一とドライブデート。だけど今日が最後のデートになるだろう。


  最近裕一の携帯を見て、彼が浮気をしていることがわかったのだ。


 裕一はいつも通りに何食わぬ顔をしてハンドルを握っている。この横顔に惚れ込んでいたけれど、もうそんな気持ちはない。


 今日で別れを告げて、裕一に買ってもらった指輪を返すつもりだ。

 でもなかなか切り出すタイミングがつかめない。少し先にトンネルが見える。

 よし、トンネルに入ったら言おう。

 

 心の中でシミュレーションをした。

 私は指輪を外し、ダッシュボードに置いて、言う。

(裕一、別れて。もうあなたのこと信じられない)


 そしてトンネルに入った。

 私は指輪を外そうとした。だけど指輪が抜けない。……どうして!? どんなに力を入れても抜けない。


「このトンネル結構長いな……」

 裕一が言った。疲れた顔を見せつつ、スピードを加速させる。

 

 別れの言葉を言わなければ……。

 このトンネルを出るまでに指輪を外して言うんだ。


 だけど、本当にそれでいいのだろうか。


 裕一から告白を受けたのはまさにこのトンネルだった。幸せの絶頂だった。

 そしてトンネルを抜け、明るい日差しを受けて、私たちはこの指輪を買いに行った。

 それからずっと幸せな日々が過ごせると思っていたのに、見事に裏切られた。彼の遊び癖の悪さに何度も苦しんだのだ。

 だけど裕一のことが好きだから、問い詰めることができず、知らぬふりをして今日まできてしまった。


「結婚を前提に付き合ってほしい。ずっと大事にする」と言ってくれたあの日のトンネルに戻りたい。


 トンネルを抜けた先にこんな苦しいことが待っていたのなら、あのトンネルがずっと続いていればよかったのに……。


 それにしても、長いことトンネルを走っている。ずっと指輪を引っ張っているのに、やっぱり抜けない。


 ふと、指輪を掴む指の力を抜いた。

 このまま指輪をはめていれば、このトンネルを抜けることはないと気づいたのだ。

 ずっと二人きりでいられる。誰にも邪魔されない……。


「あのさ、話があるんだけど……」

 裕一が言う。出口の見えないトンネルに焦りを感じているのか、汗だくになっている。そんな姿も愛しい。確か、告白のときもこんな風に汗をかいていた。

 ああ、あのときの幸せな気分がよみがえってくる。


「俺、他に好きな人が……」

 私は裕一の言葉を遮って言った。

「裕一、ずっと一緒にいようね!」

(完)

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