ショートショート

いととふゆ

見事当選

「俺、議員になる」


 数ヶ月前、派手に頭をぶつけて記憶喪失になった息子が突然宣言した。

 政治家嫌いだった子が何を言い出すのか。

 しかし、意志は固いようだ。


 実はこの子の父親、私の夫は国会議員である。

 後を絶たない政治家の不祥事。

 父親も良からぬことをしていると勝手に決めつけ、父を尊敬できないと反抗的だった。

 

 そんな息子はいい歳になっても就職せず、気まぐれにアルバイトを始めては辞めていた。


 経歴もない息子だが、周囲の反対を押し切って立候補した。

 そして毎日自転車で演説に回り、努力に努力を重ねている。

 

 そんな姿を見て私は不謹慎だけれど記憶喪失のままでいて欲しいと思ってしまう。


「母さん、俺、記憶は戻ってないんだけどさ、“当選おめでとうございます”って言われることが前からの夢だった気がするんだ……だから頑張るね」

 息子の言葉に私は思わず涙ぐむ。

 なんだかんだ言っても父親のようになりたかったのではないか……。


***


「当選おめでとうございます」


 囁くように銀行員が言った。

 息子の部屋にあった数十枚の宝くじ……。

 これを買うためにバイトをしていたとは我が子ながらあきれてしまう。

 しかし、まさかその中から3億円が当選するとは……。


 奴は記憶喪失だ。宝くじのことなんて覚えていない。

 散々苦労をかけさせられ、妻にも何度嫌味を言われたことか……。


 決めた。俺は議員を辞めて妻と別れよう。そして長年愛人だった女と海外へ飛び立つとするか。


 息子が記憶を取り戻す前に……。

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