カタチナキアイ

結城綾

カタチナキアイ

 僭越せんえつながら申し上げると、ある少女に出会った。

その少女はとても可愛らしい人であったし、何よりも私の世界……及び先入観にはない出来事だったので、ここに書き下しておく。






 いつものように会社の同僚との飲み会を怨嗟琢磨に励み二次会……三次会を終えて無事に終電を逃した。

時刻は午前一時。

夜も更けて黒に塗りつぶされた背景に、月の光と電灯が微量ながらも差し込む景色だった。


 そんな中街路を千鳥足で歩き繋いでいると……既に閉まっていた駅の周辺、電柱に一人の少女が横たわっていた。

この駅は小規模ながらも数週間後には新しい駅へと改築される駅であった。

そこにある撤去予定のロッカーを使用していたが、おあいにく様取りに行くことができずに辺りを彷徨っていた。


 私はまるでおとぎ話に登場してくる少女だと思った。

髪の毛は透明に透けたロングで双眸は蒼く輝く宝石と一致する綺麗さ、体つきは幼くパッと見ると十代前半の可愛らしさもある。

しかし、そう錯覚させたと思い込んだ私の発する濁声は、

「子供はこんなところいちゃあ駄目よ」

という無責任で無自覚で痴呆な発言だった。


すると幼稚な声で、

「子供じゃ……ない」

と返ってきた。

思ったより好感触な声だったので、好感度は少し上がった。

「君はなんでここにいるのぉ?」

「喧嘩……した、親と」

「なんで?」

「音楽で生きていきたいって言ったら」

彼女は一通り説明を丁寧にしてくれた。

その子の両親のことは何も知りはしないが、同時に合理的な考えとも思った。

今の時代で音楽一筋と虚勢を張っていると世間の目は冷たい。

その容赦のない冷風は私にも当てられたのだ。

ピアノや作曲がそこそこの実力があると自負していたが、世間の圧力に屈して"普通"を心がけてきた。

そんな自分に嫌気がさしていたのか、理想しか語らない彼女に冷酷な目を向けていたのかもしれない。

そんな私に目もくれず説明を終えた彼女は白いため息をついた。


「私は好きに生きたいだけ……」


「少女よ、少し現実を見ようぜ」

私は声を低くそして荒げてしまった。

声に出した瞬間に後悔の二文字がよぎってくる。


「その見る目はないの」

なんと彼女は盲目であったのだ。

冷酷な目に気がついていなかったのもこれが原因だった。

そうなると、彼女の持っている荷物の少なさに違和感がある。

彼女の所持品は小さな鞄と恐らくはギターケース、逆に言うとそれ以外にない……盲目であるならば必須の杖が。

余程親との口喧嘩が激しかったのだろう。

最低限の荷物だけ持ってきたのがひしひしと伝わってくる。


「その荷物だけでなにするつもりだい?」


「有言実行!」

自信満々にたからげに話す少女。


「無茶だ、第一どうやって生活をするんだ?生活する場所だって飲食物だっている」


「稼ぐ!」


「無茶だ、諦めな。謝れば全て解決する、親だってそんなに厳しい人ではないのだろう」


「やってみなくちゃ、行動しなくちゃだめ!理屈じゃ!」

かつての私には実現不可能だったことをしようとする。

私はそれを止める役割になるしかなかった。


「……大人はそれを許さないよ」


「私がそれを許します」


彼女が手探りでギターを探していた。

せめて諦めさせるために一曲でも弾かせようとそのギターケースを取ってあげた。

ギターケースの中身はアコースティックギター、極めてシンプルなデザインで入門用のギターだろう。


(できっこない……なぜ演奏を聞く前にそう感じた?)

私はまだ何も聞いていないのに全てを決めつけていた。

そんな大人になってしまっていたのだ。

"趣味で終わらせるべきだ"

"金を稼ぐなんて無理無理"

狭く脆弱でつまらない人間に。






 彼女は悴んだ手でギターで音程調節をする。

絶対音感持ちだと瞬時に気がついた。

絶対音感と相対音感。

主にこの二つがあるのだが、相対音感は努力で向上可能な技能。

一方、絶対音感の持ち主は才能の塊で生まれながらにして持ち合わしている。

視力を失った代わりに、聴覚がより敏感になったのだろう。


あっという間に調整を終えたら、擦って吐いてを繰り返して弾く準備を始める。


「……貴方の名前は?」

急に声が低くなり私は驚愕する。

さっきまでの甲高く幼い声とは一変、大人びた妖美な声となる。

猫をかぶっていたわけではないとは分かる。だからこそ、この変化についていけなくて戸惑いを持つ。


「何って、……春奈」

「春奈……私は蒼、瞳の色でつけたんだって、私はそれを見れないけどね」

「──────貴方、今日忘れ物はした?」

「?いや、ロッカーになら」

「そう、じゃあロッカー以外は?」

「いや、だからないって……」

「未練」

心の中を覗かれた気がして、顔面がギョッとする。

「……未練なんかないよ」

「嘘、私ね、声で心が読めるエスパーなの」

「ぇっ!うっそ!?」

「嘘よ」

平然と虚言を返されて私はホッとする。

しかしホッとしたことで虚言は真言へと変貌する。

「ああ、こりゃ騙せないか。あるわ、コイだったり、ユメだったりね」

私は今度こそ真言を伝える。

「だったら──その遺失物を掬ってあげる」

「え?」

愕然と声に出たが、演奏が始まりスマホを右手に持ち黙ることにした。






結論から話そう……私は彼女を完全に甘く見ていた。

スラム奏法とスラップ奏法使い分けた演奏から始まり、ギターを最大限に活かす弾き方をしていたのだ。

中高音はギター。

そうなると低音が薄れて軽い音になるのだが、その補強が声であった。

低音声で透き通るほど綺麗な声だったので、常時鳥肌状態だった。

しかも歌詞と曲がアドリブで、セミプロに近く技巧な点も加味できる。

何故私がそれに気付いたのか。

……お恥ずかしいながらも直感と経験則でしかなかったが、それでもどのレベルの水準も高かったのだ。

歌詞の内容が私の為に作られたのも、私が何を求めているのかもそれまた理解していた。

最後には自然とその曲で体が揺れていたのを実感していた。



「すごいじゃないか!」

私が素直に褒めると、彼女は平然風に装いながらも頬は少しだけ赤く染め上げられていた。



「もう一回、もう一回聞かせて」

「いいですけど困った点が少しあって……」

「なんかあるの?」

「実は……一度きりでしかできないのです、楽譜読めないので……」

当然ではあるが、楽譜を読まずに手触りと音だけで弾いていたのだった。

私にとってはありえないほどにすごいことである……正直真似できない程に。


「……録音しといたぞ、これで再現しろ」


「え?ありがとうございます!……と言いたいところですけど、やっぱり家帰ります」


「そりゃまた急にどうして?あんなに帰りたくないと駄々をこねていたのに」


「この曲歌ってみて、やっぱり居場所が大事なんじゃないかって……親にも頑張って結果を残して説得してみます」


「ん、それがいいよやっぱり。説得できる相手なんだから」


再び時計を見るともう午前二時になっていた。

この調子じゃ捜索願出されているに違いない。


「スマホ……貸してみ?」


「いいですけど……」


私は彼女のスマホで録音アプリに電話番号を言っているのを残して、登録も済ましておいた。

昨今のスマホには音声認識や盲目者などのサポートシステムもあるので、これで問題ないはず。


「これで音声でも聞けるだろ、またなんかあっても会えるさ……ああこれも」

私は財布から五千円出して彼女に渡した。

帰りのタクシー代ぐらいにはなるだろう。


「何から何まで……」


「いいのいいの、価値ある芸術品には金を払う義務があると私は思ってるだけさ。それじゃあ先に帰らしてもらうよ、夜道気をつけて」


「……さよならは言いません、また今度、ファン一号さん!」

ファン一号って……と訝しんだが、人からもらう初めての善意の称号を受け取らしてもらおう。


「そっちこそ、また今度、蒼君」



 



 こうして世間の人々が眠りに落ち休眠状態となる深夜、何かがあったようで何もなかった一日は終わりを迎えた。

その後彼女は両親にこってり絞られることになる。

どうやら話し合いの末無事に認めてもらったのか、彼女は夢を目指すことを許された。

すると彼女が「一人じゃ心細いから一緒にいていい?」と唐突に私との同棲が決定。

なぜこうなったかは私にも全く持って分からない。

私は彼女のプロデュース兼作曲編曲、彼女は同じく作曲と作詞をすることになる。

最初は慣れない生活が続いた。

仕事に行く私と学校に行く彼女。

意見の食い違い、価値観の違いに何度も悩まされたが……。

互いに支え合い隣で歩き合うことで、あの夜から一年後にSNS動画がバズり、世間の注目は高まっていたのだった。






 この忘却の記憶を残せた人間は私と彼女だけ、二人だけの記憶。

その記憶は日記として残されていて、久方ぶりに私は読書として読み込んでいた。

そのページの数十ページをめくった後が今日に刻まれるページ。

テレビを見ながら何事もなく過ごしている初春。

そのテレビの中身は歌番組、映っているのは蒼である。

少しばかり成長した彼女の体はあの頃より大人びている。

ボーカリストとして彼女は世間に注目されつつあるのだ。

──まさかここまで登り詰めてくるとは、と思わず感慨深くなる。

それは嬉しくもあり、巣立ちようで寂しくもあった。








 今日は雑誌の企画で彼女と電話をする。

それを動画としても投稿するそうだ。

なり染めから過程、そして現在まで二人で話すらしい。

電話越しは少し緊張するが、ずっとその電話を待っていた。


"チリンチリンチリンチリン!"

黒電話のような音が部屋中に鳴り響く。

これが合図だと気がついて電話の受話器を取る。



「おはよう?こんにちは?こんばんは?」

彼女は今が朝なのか昼なのかそれとも夜なのか。

とぼけるように話すが、恐らくは唯の気遣いなのだろう。

それに気づくと、私はコミュニケーションの魔法の言葉……おまじないを彼女に言う。


「こんにちは、だね蒼」
























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カタチナキアイ 結城綾 @yukiaya5249

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