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「スティーブ、あんたがそんな奴だなんてガッカリだよ」

 ガーベイジは肩を竦めながら言った。どの口でほざいてやがる。何度も噛み殺した苦虫ごと、聞こえるように舌を打つ。

「こっちのセリフだ、二枚舌の裏切り者が。祈る時間くらいは与えてやってもいいけどな」

「無神論者なんだ、悪いね」

「そうか、じゃあ最期にもう一回だけ聞くぜ。はじめから裏切るつもりだったのか?」

 無言が訪れた。俺は苛立ちを感じていた。ガーベイジに対してもだが、自分が思っていた以上にこの男を信用して好いていた事実に対して、言葉にし切れない歯痒さを持っていた。

 ガーベイジは本当に気さくで、仲間内でも好かれていて、いつも中心にいる存在だった。明るい赤毛も相待って、共にいると場が華やいだ。カリスマというものがこいつには確かにあって、ボスは俺でも皆が惹かれていたのは確実にガーベイジの方だった。

 成功していた筈だった。今頃は仲間で金を分け、国外へとバラバラに逃げ仰せ、目が眩むような生活をしていた筈だった。

 そして資金が尽きる前に、俺は真っ先にガーベイジを選んで連絡をし、また違う仕事をしないかと持ちかけるつもりだった。

 こいつにはそういう魅力があった、今でもある。

 ロシアンルーレットなんていう正気の沙汰ではない遊びに付き合ってしまったのだって、今思えばガーベイジの持つ抗えなさのせいかもしれない。

「本当に、裏切ってなんかねえんだよ」

 やがてガーベイジは呟いた。

「スティーブ、一回限りの本音だぜ。俺はそもそも金にも麻薬にも興味はねえんだ。あんたをやる気にさせるために金の話を持ち出しはしたが、もし俺が勝ったなら、さっさと全部燃やして次のところへ行くつもりだった。だから、裏切って金を全額奪おう、って考えには一度もなってねえのさ」

「……金に興味がないなら、なんで俺の組織に来たんだ」

「まー、成り行きっつうか……そうだな、成り行きが一番近い」

「お前を連れて来た奴が誘ったって話か?」

「あーいや、それも成り行き」

 ガーベイジは舌を二回打ち鳴らしてから、ぱっと明るく笑った。

「つまりさ、潜り込んでめちゃくちゃにして遊べるんならどこでも良かったってこと!」

 一瞬耳鳴りがした。怒りのあまりの、肉体の反射だった。ガーベイジはにこにこと笑っていて、こいつのイカれた言い分を聞く気が消えた。

 引き金を二回引くだけで俺は大金を手にできる。

「さよならだ、クズ野郎」

 ガーベイジはまだ何かを言いかけたが言わせなかった。

 言わせないつもりだった。

「あ……?」

 弾が出なかった。でも俺は間違いなく二回、引き金を引いた。ハンマーは正しく動いた筈で、この銃は問題なく撃てた筈で、これは、何が……。

「ゲームオーバーだよ、残念だな」

 はっとした時には遅かった。机に乗り上げたガーベイジに頬を殴られ、衝撃でぐらりと脳が揺れた。ここに連れ込まれる前に殴られた時と似た衝撃だった。体勢を整える暇もなく、俺は床に倒れ込んだ。

 霞んでブレている視界の中に、銃を拾うガーベイジの姿が映った。ゴツ、ゴツ、と低い音を立たせながら、奴は俺に近づいて来た。視界が徐々に戻っていく。衝撃に震えていた脳も、少しずつ回り始める。

 ガーベイジは倒れたままの俺を跨ぎ、下腹部の上に腰を下ろした。重みに唸った直後、銃口が俺の額に当てられた。一瞬ひやりとするが何のことはない。弾はまた出なかったのだから。

「S&W M629」

 ガーベイジは薄く笑いながら俺の目を見る。

「覚えてる? この銃の名前だよ」

「……それが……」

 何だ、と続けながら逃げる方法を考えかける、が、

「実は元々、S&W M629の総弾数はなんだ」

 ガーベイジが口角を吊り上げながら先に言う。

 何の話をされたのか、すぐには分からなかった。最初の銃は確実に五発で、今突きつけられている銃は同じ形だ。六発のわけが。

 混乱する俺を皮肉るように、ガーベイジは笑い声を漏らした。

 そして、言う。

「最初のは俺が弄って、わざわざなんだよ。あんたが銃に詳しくねえのは知ってたからさ、はじめに五発式を見せて、次に六発式に変えて、俺が弾を込めさえすれば騙せるって踏んだんだ。綺麗に騙されてくれてよかったよ、不発になるようにハンマーもちょっと緩めて、わざとコイントスで不正して、二巡目に乗るように誘導すんのが肝心だしな!」

 何も返せなかった。どうにか口を開けはするが、何も言葉が出てこなかった。銃口がぐっと俺の眉間を押す。六発式。弾が、まだある。その確率って、一体幾つだ?

「っ、最後の一発まで弾が残るかなんて、運任せじゃねえか」

 不発の可能性だってまだある。そう考えて聞くが、首はあっさり横に振られた。

「腕に当てながらシリンダー回したじゃん? あれ何回も練習したんだぜ!」

「映画で観たって、」

「あー、映画で観て覚えたのはマジ。腕の長さ測って、どこまで滑らせればいい位置になるかも測って、結構な精度でできるようになったんだよ、すげーだろ?」

 そんな技。馬鹿げてる。失敗する確率だって。細かい計算は得意じゃないって、お前は。

 言葉が幾つも脳内を駆け巡る。でも何を言おうが全て終わりなのだと、じわじわと理解し始めている。

 俺は青ざめているだろう。ガーベイジはそんな情けない姿を見下ろして、花が咲くように笑った。

 やっぱり、こんな時でも、皆の中心にいた時と同じ顔で、笑っていた。

「ガーベイジ……俺は、俺は……」

「うはは! 俺が偽名だってことを疑わない時点で、全部終わってたのかも知れないな」

 ガーベイジ。garbage。不要なもの。ゴミ、芥。

 皆の関心を一人でむしり続けていた、何もかもが狂った男。

「じゃあな」

 ガーベイジは笑ったまま話す。

「楽しかったぜ、ボス」

 そして引き金が躊躇いなく引かれる。

 ハンマーが火薬を叩く音だけは、無様な俺にも聞き取れた。

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芥の王 草森ゆき @kusakuitai

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