3

 ガーベイジが慌てた様子で立ち上がる。

「スティーブ、ちょっと貸してくれ」

 伸ばされた手に大人しく銃を渡したのは、訪れなかった死の余波でぼんやりしていたからと、ガーベイジの表情が真剣だったからだ。

 ガーベイジは手早くシリンダーを開き、

「本当なら俺が死んでる」

 と言ってから、引き金をカチカチと五回引いた。銃弾はやはり出なかった。

「……なんだ? 弾の不調か?」

 聞いてみると、ガーベイジは首を捻りつつコートの内側に片手を差し込んだ。

 引き摺り出されたのはステンレスシルバーの銃だ。先程まで頭に向けていた銃と、同じ形をしている。

 やはりもう一丁持っていたのか。予想が当たっていたことに複雑な気分になる。

 ガーベイジは俺の様子には構わず、最初の銃から弾を抜いた。それを出したばかりの銃へと込め直し、銃口を壁へと向けた。発砲音が大きく鳴った。ガーベイジの腕が反動で跳ね、壁には小さな穴が空いた。

「弾は出る、銃の不調だ」

 溜め息混じりに言ってから、ガーベイジはこちらへと向き直る。

「興が削がれて悪かった、ボス。こっちの銃なら使える、再戦で構わねえか?」

「はっ? いや……」

「あんたが先行後攻を決めていい、実はさっきのコイントス、出た目は本当は表だったしな」

 あっさりと不正を話された。そんなことだろうとは思っていたが、銃を持っていなければ即座に殴りかかっている。

 ガーベイジは肩をすくめ、新しい銃弾を一つ取り出した。開いたシリンダーに銃弾を込めて、伺うように俺を見た。見つめ返しつつ、コイントスと、一度目のやり取りを思い返す。

 カジノには何度も行ったことがある。確率はある程度収束するが、運の流れというものも確かに存在すると、俺は肌で感じたものだ。

 今もある。コイントスもロシアンルーレットも、本当は俺が勝っていた。ガーベイジは不備のある側の銃を出してしまうほど流れがない。

 加えて先程、順番を決めてもいいと言った。銃は五発で先攻が不利になる。

 こいつは自分で自分の首を絞めたのだ。

「俺が後攻でいいんなら二巡目をやろう、どうだ?」

 ガーベイジは何度か瞬きをし、緩慢に笑みを広げた。

「サンキューボス、あんたはいつも部下思いだ」

「言ってろよ、さあさっさと引き金を引け」

 わかったよ、と不貞腐れたように答えてから、ガーベイジはコートを脱いで床に放った。下に着ている半袖の黒いシャツは体のラインに沿っており、武器を隠している様子はない。その確認をさせるために脱いだのだろう。奴はにやりと笑い、剥き出しの二の腕に銃のシリンダー部分を当てた。そのまま手首まで滑らせてシリンダーを回していく。

「これなあ、映画で観たんだ。面白い回し方だろ?」

「なんの映画だ?」

「天国で観れるさ、焦るなよ」

 余裕そうに笑っているが、虚勢にも見える。ガーベイジは逆の腕にも当てて同じように回した。それから銃口をこめかみに押し当てる。

 引き金は中々引かれなかった。やはり、自分に流れがないと、内心では考えていたのだろう。煽ってやろうかとも思うが、黙っておいた。ガーベイジは少ししてから引き金を引いて、弾は一応出なかった。

「ずいぶん余裕そうにしてるな、スティーブ」

「ああ、そう見えるか?」

「もうちょっと愉しめよ、ギャンブル、好きだろ?」

「命さえかかってなきゃな」

 ガーベイジは皮肉げに溜め息をついてから、俺に銃を渡した。一瞬は躊躇うも、凪いだ気分で頭を撃つ。軽い音がして、弾はまだシリンダーのどこかで沈黙している。

「なあガーベイジ」

 俺は話し掛けながら銃を手渡す。

「どうせだから聞いておきたいんだが、お前ははじめから裏切るつもりだったのか? それとも途中で、金を持ち逃げにする案を思い付いたのか?」

 ガーベイジは受け取った銃を指先でくるりと回し、

「裏切ってなんかねえよ、今この瞬間も」

 悪びれもせずに言ってから、自分の顎の下に銃口を当てた。

「スティーブ。あんたは確か、はじめから仲間内だけで稼いだ金を山分けするつもりだったんだろ?」

「ああ、そうだ。後から雇ったディーラーや密輸に関わった業者には何の金も支払う気はなかった。勿論、商品そのものも渡さない。何なら殺してもいいと思っていた」

「はは! 悪人だよなあ、仲間もよくついていったぜ!」

 ガーベイジは指を曲げる。顎は砕けず、銃は再び手元に来た。四発目。俺の生死はこれで決まる。だが焦りも後悔も何もない、追い詰められているのは俺じゃない。

 銃口を床に下ろしてから、俺は目の前の男を鼻で嗤う。

「息を吸うように裏切って仲間をマフィアに殺させて、挙句にはボスである俺にこんなくだらねえお遊びをさせるような狂人に、悪人なんて呼ばれる筋合いは少しもねえよ」

 下ろした銃口を上げて、自分の頭へと持っていく──

 が、即座に正面へと向け直した。ガーベイジは目を見開いた。俺は思わず、笑い声を上げた。

 あと二発のうち、どちらかが当たりだ。なら大人しく従って自分の頭を狙う必要はない。

 たった二回引くだけで、確実にこの裏切り者を撃ち抜ける。

 俺の勝ちだ。

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