2

「さあ、弾を込めてくれ。それからコイントスをしよう。イカサマを疑われちゃあ困るからな、スティーブ、あんたが投げて構わない」

 銃を手に取る俺の目の前に、今度は10と大きく書かれた銅貨が一枚置かれた。ガーベイジは口角を上げ、ジャパニーズマネーらしいよ、と歌うように告げた。

 いよいよだった。じわりと汗をかき始める。落ち着けスティーブ。諦めれば終わりだ、何でも良いから糸口を掴むんだ。

 ガーベイジには、以前にポーカーで勝ったことがある。大胆な行動は得意だけど綿密な計算は苦手なんだよと、苦笑していた姿を思い出す。それゆえのロシアンルーレットだろう。考えろスティーブ。勝率を測れ。

 銃のシリンダーを何度かいじり、構造を理解してからゆっくりと開く。穴の数は五発、つまり三発撃つことになる後攻が不利には違いなく、コイントスが命運をわける。

 次に渡された銃弾を確認してみるが、特に何の変哲もない。考えられる不正といえば銃への細工だが、下手にいじれば暴発が起こりやすくなる。脳天を撃ち抜くよりも手の中で爆発したほうが生き残る確率は当然高い、その方面での細工は意味がないだろう。

「どうした? 早くしろよ、ボス」

 ガーベイジは軽々と、皮肉の色もなく言う。つい舌打ちが出るも、わはは! と楽しそうに笑われた。

 引き伸ばしたところで仕方がない。俺はリボルバーに手早く弾を込め、一旦机に置いてから、ジャパニーズマネーを持ち上げた。

 投げて、手の甲で受け止めてから、どちらが表裏かわからないことに気が付いた。どろりと冷や汗が噴き出した。物珍しいコインを使ったのは、俺に不利な先行を押し付けるためかもしれない──。

「表裏、どちらがいい?」

 俺の思考を読んだようにガーベイジが話し掛けて来る。

「あんたから決めていいよ。表、裏、好きな方を言ってくれ」

「……ガーベイジ、俺はこの銅貨の表裏が」

「持ってきたんだから俺が知ってるさ! さあ、遠慮せずに選んでくれよ」

 逡巡するが、裏、と答えた。ガーベイジは満足そうに頷いて、なら表だ、と軽やかに言った。

 そっと開いた手の中には、10の文字が鈍く輝いていた。

「おっと、そっちは表だぜ。運がないな、ボス」

「……、先攻後攻、どっちにするんだ」

「穴の数を見ただろ? 当然後攻」

 また舌打ちが出そうになるがどうにか堪える。この男はずる賢い、本当に表なのかどうか俺にわからないから、この銅貨を選んだのだろう。完全に失敗した。

「さあ、本番を始めようぜ、スティーブ。シリンダーを回せよ」

 俺の苦渋をわかっているだろうに、ガーベイジは笑顔だ。しかしもう引ける段階にはない、奴に銃口を向けて発砲してしまうかとも考えるが、着込んでいるコートに下に他の銃を隠している可能性はある。下手に動くより、運に任せるべきシーンだ。一発分俺が多いが、脳天に引き金を引くのはお互い様なのだから。

 シリンダーを指先で、祈りながら回す。それからこめかみに銃口を当てた。硬さと冷たさが伝わってきて思わず目を閉じる。吐いた息が唇ごと震えている。当然死にたくはない。指がうまく引き金にかからない。ああジーザス。悪事ばかり働いてきたが改心する、どうか俺を勝たせてくれ!

 カチリ、と間抜けな音がした。ガーベイジが手を打ち鳴らし、俺はそっと目を開く。生きている。安堵が一気に押し寄せる。

「さあ寄越しな、次は俺だぜ」

 伸ばされた掌の上に、銃をゆっくりと置く。恐怖の余韻が、俺の動作の全てを緩慢にさせている。

 ガーベイジは銃口を頭に当てたかと思えば、何の躊躇いもなく引き金を引いた。カチリという乾いた音が狭く息苦しい部屋に響く。ガーベイジは無言のまま、俺の前に銃を再び置いた。

 二度目は先程よりも落ち着いていた。一度──いや二度、空砲を目にしたことで、奇妙な平静さが胸のうちにある。そして引いた引き金も銃弾をノックすることはなかった。再度手渡した後も、銃はガーベイジを撃ち抜かなかった。

「おっと……お互い、悪運が強いみてえだな?」

 ガーベイジは愉しげに言うと、最後の一発がこもった銃を俺に差し出した。腕を上げるものの、受け取れない。脇目も振らずに逃げ出したくて仕方がない。

 当たりの確定した外れクジを誰が引きたいって言うんだ?

「ボス、自分でできねえなら俺が手伝ってやろうか?」

 ガーベイジが銃口をこちらに向けた。真っ暗な穴が、真っ直ぐに俺を飲み込もうとする。引き金に指がかかった。俺はほとんど無意識にそれを止めた。

 こいつに殺されるくらいなら、自分で頭を吹き飛ばしたほうがまだマシだ。俺の仲間たちとさっさと地獄で再会し、映画でもギャンブルでも密売でもやりながら、いつかは同じところにくるこの裏切り者にどう復讐するかを考える方が有意義だ。

 銃を奪い取り、こめかみに当てた。うっすらと笑っているガーベイジを視界に入れる。Fワードを口にすると肩を竦められた。俺は舌打ちをしてから、引き金を引いた。

「……おっ?」

 素っ頓狂な声を上げたのはガーベイジだった。俺は俺で、何が起こったのかわからずに手元にある銃を見た。

 俺を殺すはずの銃弾は、シリンダーに留まったまま出て来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る