芥の王

草森ゆき

1

 シンプルで、スタンダードで、エキサイティングなやつにしようぜ。

 俺の目を真っ直ぐに見ながらガーベイジは言った。中々悪い冗談で、意外にも寛大な申し出だった。

 ガーベイジは更に言う。あんたが生き残ればすべてはチャラ、俺が生き残ればあんたは極楽浄土行き。イカサマはしない。なんならスティーブ、あんたが弾を込めろよ。

 ごとりと音を立たせて机の上にリボルバーを放る仕草を俺は黙って眺めていた。S&W M629。銃に興味がない俺に、ガーベイジはそう説明する。美しいステンレスシルバーが部屋の照明を跳ね返して燦いた。

「なあ」

 俺は銃を手に取り、胡乱に思いつつ前を見る。

「天国に映画はあるらしいが、ギャンブルもあると思うか」

 ガーベイジは笑った。くつくつと低く喉を鳴らし、刈り込んだ赤毛を掌で撫でつけながら嬉しそうに歯を見せて、俺に銃弾をひとつ手渡した。

「あんたの天国をノックするのはこいつだよ」

 銃弾を握り込む。撃鉄の音を思い浮かべる。あと三十分もすればどちらかが死ぬ。

 ちっぽけな火薬ひとつが俺とガーベイジの運命なのだ。


 一ヶ月前、俺のすべては順調だった。少人数の麻薬密売組織を立ち上げ地道に準備を進めて、ドラッグディーラーを各地へと送り、合成麻薬をばら撒いた。成果は実に上々だった。途中で組織の事務所にマフィアが乗り込んでは来たが、製品を見せて真摯に対応し、売り上げと製品を大人しく献上すれば一旦引いた。

 そもそも、ずっと続けるつもりはない仕事だった。はじめから俺は、最初期を共に乗り越えた数人と売り上げ金を山分けして、雲隠れするつもりでいた。

 その共に乗り越えた数人の中に、ガーベイジはいた。

 ガーベイジは俺が声を掛けた友人についてきた男だった。得体が知れず疑ったが、信用している友人が本当に有能な奴なんだと脇目も振らず熱弁したため、一旦は引き入れた。ガーベイジは気さくで付き合いやすく、友人が言うように有能だった。あまり流通しておらず、MDMAのように使える興奮性の合成麻薬を見つけて来たのはガーベイジで、俺たちはほとんどこれのおかげで成功した。

 実際のところ、乗り込んで来たマフィアの相手をしたのも奴だった。

 どうやって納得させたのか聞けば、

「売り上げと製品を渡して、丁寧に説明しただけさ」

 明るく笑いながらそう返してきた。俺は疑わなかった。ガーベイジを連れてきた友人も、他の初期メンバーたちも、奴をすっかり仲間だと信じ、好いていた。

 本当に本当に好いていたんだ。


「なあボス、ロシアンルーレットのルールはわかるよな?」

 ガーベイジはあの日と同じ明るい笑みを浮かべたまま聞いてくる。

「一応説明しようか? まず弾は一発、残りはカラだ。俺たちは裏か表かを選んでコイントスをして、上に出た側が先行後攻を指定する。そのあと、」

「一発ずつ、自分の頭に向けて引金を引く」

「That's right!」

 ガーベイジは手を銃の形にして、自分のこめかみを撃つ真似をする。大層なパフォーマンスだった。失笑すら出ない。だが俺はガーベイジに従うしかない。

 息を吐き出し、部屋の中を見回した。窓はなく、豆電球が剥き出しの照明は鬱蒼と暗い。俺は気付くとここにいた。事務所内で作業中、後ろから何者かに頭部を殴打され、脳震盪を起こしたらしく昏倒してしまったのだ。

 俺を揺り起こしたのはガーベイジで、殴打と昏倒を覚えていたため、助けてくれたのか、とはじめに浮かべた。感謝も述べかけた。太陽のように笑うガーベイジが銃を突き付けて来なければそうしていた。

「他の皆は?」

 銃口を見つめながら聞いた俺に、ガーベイジはあっさりと、ランチの内容を話していた時と同じ調子でこう言った。

「やってくれるって言うからマフィアに任せちゃったんで、多分皆死んでるだろうな」

 俺は絶句したと同時に理解した。今までガーベイジという人間を何一つ理解していなかったことを、理解した。

 ガーベイジはつらつらと話した。組織のボスだった俺だけにはある程度の敬意を持っている。だから人生を賭けたい。自分が負ければこの部屋から出すし組織の売り上げもすべて返す。しかしあんたが負ければ、俺はすべてを持ち去って自分のものにする。

 言い分を鵜呑みにしたわけではなかった。ただ現状俺は丸腰で、ガーベイジは銃を持っていた。立ち向かい、銃を奪える気は一切しなかった。指先に引っ掛けた銃をくるくると回す仕草は恐ろしく手慣れていたし、ガーベイジのほうが明らかに体格が良かったからだ。

 だが、賭けの内容によっては、勝算があった。だから勝負を受けた。

 そして目の前に、銀色に光るリボルバーが置かれたのだった。

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