第23話「ギルド長でござる」


 最初に思い付きでやってみたネージュの麦粥。


 あの時にたまたま再現できた地すべりは麦粥の煮詰まり具合が鍵だったのは確かじゃが、何より重要だったのはじゃ。


 冷えて固まった溶岩層の代わりを皿が担うてくれておったと考えたんじゃ。


 だから事細かく調べた溶岩層をフォジョンに作って貰った。

 ただの平らな皿よりもさらに、上手くいかん筈はなかったん――


「――ぅぅぅうぶもぉぉぉん! 俺が悪かったぁぁ! 許してくれヤヨイさまぁぁ!」


 びくっ、としたのは妾だけじゃなかった。

 泣いて叫んだテラスモ以外は皆が皆、大きく仰け反りびくっとしとった。


「――…………おほん。違うぞテラスモ。誰が悪いとかそんな事ではない。恐らくまた何十年後かに滑るであろう竜の瀬に、皆でどう立ち向かうか。それが最も大事なんじゃ」


 皆の顔をひと回り眺めてから続けた。


「ヌシも、力を貸してくれるか?」


 妾の言葉に皆は頷きテラスモはより一層に泣いて何度も頷いたんじゃ。


 そう、誰がどうとかどうでも良い。誰の命も奪わせぬ。全ての者が笑って暮らせれば、それで良いんじゃ。



「それでヤヨイ?」

はいひゃい義父上ひひふへ


 ほとんど目上の者ばかりじゃが、ちょいとばかし無礼を許しておくれ。

 もちろん真面目な話題なんじゃろうが、『冷める前に食わんちゃバチが当たっちゃけんな』と怨念を込めた視線で見詰める者がおる故しょうがあるまい。


 その、ちとな、皿がデカすぎた。


 長月と二人でむっしゃしゃむっしゃしゃ食ろうておるが減っておる気がせぬ。これでこいつが旨くなければさすがに無理な量じゃ。


「おい長月。まだまだイケるか?」


 想像を絶する量の麦粥に対し、昨日の疲れが出とるらしい、朝から割りと大人しい長月ではちと不安じゃな。


「余裕でござる。昨日たっぷり運動したでござるからな」

「ば――馬鹿言うでねっ!」


 ぼふんと妾の顔が朱に染まる。さらに訛る。

 長月の肩にゴツンと軽く拳を入れて慌てる妾に、この場の目上の者ども全てが微笑んでなま暖かい視線を寄越しよった。


「そ――それで義父上ちちうえ、なんじゃろう?」

「あぁ、今後の地すべりに対しては何か考えてあるのかな、って」


 それよ! よくぞ聞いてくれた!

 さすが長月を見出した御仁じゃ!


「もちろんある。策は大きく分けて三つじゃ」


 親指と人差し指で丸を作り、残りの三本指をビッと立てて言う。


「一つはこの鉄筒。使い方は先ほど説明した通り、理論上は幾らでも繋げて地面に刺すことが出来る優れものじゃ」


 長月が食うとる最中の麦粥。その斜面に斜め下から大麦の茎ストローを刺してみせるとテラスモが即座に言いよったわ。


「――水抜きか!」


「そう、さすが土木ギルド長じゃ。こんな風に百とか二百とか刺して地の下の水をマヤト川へ放ってやる。恐らくそれだけでも随分と違う筈じゃ」


 鼻息荒くテラスモが真剣な顔で聞いておる。


「二つめはこの、太筒じゃ」


 鉄筒入れとしてフォジョンが作ってくれた太筒をポンと一度叩き、今度は斜面に向けて真上からストローを刺す。


「これも継げる様に拵えてな、さらに何本か連ねて斜面に刺す。それを要所要所に散らして壁を作るんじゃ。そう、連ねた筒で壁を作るイメージ、連壁れんぺきと名付けた」


 真剣に聞いておったテラスモが首を捻った。

 む――――此奴こやつ、もしや……


「けどそれじゃ滑る地面と一緒に崩されちまうんじゃねぇですか?」


 でかしたテラスモ!

 その疑問が誰かから出ぬかと期待しておったんじゃ!


「その通りじゃ。けれどこれを見ろ」


 長月が無駄に掘り出した半間はんげん程もある二本の長い溶岩層。


「ここリッパの領主名代はな、妾でさえぶち抜けなんだ溶岩層を容易くぶち抜けるんじゃ。此奴こやつならば太筒の端部を溶岩層に打ち込める」


 やたらと硬い溶岩層を支持層とする事で、滑っていくやわい層を保持できると考える。

 この二種類の鉄筒で竜の瀬の地すべりをやっつけてやるんじゃ。


 冷えた溶岩を噛んで硬さを調べとったアルが、ホントかよ、なぞと長月のパワーを疑うような言葉を吐きよった。


「長月は妾よりも強い。さらに妾らはぞ? それしきのこと、出来ぬわけがなかろうが」


 …………しまった。

 どうやら妾たちが鬼だと知らなかったらしい。知っておるものだと何故か思っとったわ。


 妾の額のツノも、長月の二つのツノも、特に隠しもしとらんと言うのになぜじゃ。ちいと小さめなだけではないか。


 鬼と聞いた連中が少しばかり怯えよったから言うてやった。


「何を今さら。ヌシらは獣人。アグリはトロル。ここリッパの三割四割はそんな連中ばかりではないか」


「ん………………まぁ、確かに」


 ギルド長の中でただ一人、普通の人族マルシャンがキョロキョロしながら言うた。

 じゃろう? 鬼もトロルも獣人も似た様なもんじゃ。人族からすればな。



「で、三つ目は?」

「地すべり対策ギルドを興すことじゃ」


「土木ギルドじゃダメなのかい?」

「もちろん構わんがな。恐らくこの竜の瀬の地すべりとは永久に付き合わねばならん。リッパがここにある限り、じゃ」


 ふむん、と溢したジャンヴィエちちうえ殿が腕を組んで少し黙って何かを考え、そして徐に口を開いた。


「……なるほど……。土木ギルドも鍛冶ギルドも、さらには林業農業、商業ギルドにさえも協力させる必要がある……それらを繋ぐ専門のギルドを興す。そう言いたい訳か」


 さすがじゃのう。

 伊達に領主などしとらんわこの御仁は。


「そういう事じゃ。対策ギルドにはなんも要らん。たった一人のギルド員がれば良い」


 テラスモにフォジョン。

 さらにはアルやアグリ、マルシャンも。

 

 各ギルド長を見遣って続ける。


「鍛冶ギルドに鉄筒を作って貰い、土木ギルドに設置を頼む。最後のひと押しは長月がやるが、その際の運搬や足場、人足の手配やメシ、その他諸々を他のギルドに頼る。ただそれだけのギルドじゃ」


「分かった、良いだろう。また予算や細かい事は追って考えるとして、とりあえず初代のギルド長はヤヨイで決定だ。良いね?」


 まぁな、こんだけ派手にやればそう言われるわな。


「ん……まぁ、最初のウチはな」

「あら、不満かい? ずっとやってくれれば助かるんだけど?」


 やってやっても良い。

 それはまぁ、構わんのじゃがな……。


「妾らは新婚――妾は新妻ぞ? 新妻が朝から晩まで土に鉄筒ぶっ刺しては……な? 分かるじゃろ?」


 昨日の初夜(昼)を思い出して体の芯が熱くなる。

 そう言えばもうどこも痛うない。もう治ったか。さすが妾の体。


 男どもがほんのり頬を染めた、やや微妙な空気が流れるが、そんな事はお構いなしに妾の男前が言いよったんじゃ。


「完食でござる! 腹いっぱい食うたでござるから疲れも飛んだ。今夜もできるでござるぞヤヨ――あだっ」


 とりあえずドいたが……。


 これはいかん。

 できる領主名代と評判が立ち始めた長月が……ハマってしもうたのか……。


「長月。耳を貸せ」


 皆に聞こえぬ様に、長月だけに聞こえる様に、そっと小さく言うてやる。


『……妾ももうどこも痛うない。妾もそのつもりじゃ』


 たしなめるつもりが正直に言うてしもうた。どうやら妾もハマっとるらしい。


 きっともう顔真っ赤じゃろな。




   〈了〉





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 今回はここまでとなります!

 最後までお付き合い頂き誠に感謝!

 逃げまくる初夜、凸凹、大人の女性向けなのに土木、かなり自由にやらかしまして、ホント楽しかった〜(●´ω`●)


 長編化する際には、もちろん竜の瀬のこれからをメインにし、

弥生と長月の新婚生活、

ネージュ姐さんの日常、

ヴィヨレに惚れてしまった領主の次男ノヴァンブラ、

さらにはすでに忘れられているであろう長月そっくりの領主の長男セプタンブラが生きてた展開、

鬼ヶ島に残した弥生の弟・卯月からの報せ、


などなど、いまテキトーに考えた割りにはけっこう色々やれます。


もし続きやる際にはまた覗いてやって下さいませ٩( ᐛ )و!


あ!

お忘れ物(★★★)などなき様に、どうぞよろしくお願いしますღゝ◡╹)ノ♡

最後までありがとうございました〜!


ハマハマ

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鬼姫さま奮闘記 〜たった一人の地すべり対策ギルド員〜 ハマハマ @hamahamanji

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