初登校、ニージェ=カストル

 短いようで長い冬休みが明け、わたしはミージェ様……姉様と共に二年の三学期に初登校を果たした。

 まぁ、もっとも、わたしは通うつもりは無かったんだけど、姉様にしつこく頼まれては、断ろうにも断れないのだ。


 本当、学なんて、姉様一人がつければ充分なのに……。

 とはいえ、幼い頃に亡くなった姉様が、基礎も何もかもすっ飛ばして、いきなりわたし達が勉強する範囲に付いてこられるかという不安はあった。


 なので、姉様が困った時の助け船になればと、わたしは在籍し続けることに決めた。

 いや、し続けることにだと、少し違うかな?

 今までのわたしは姉様に成り代わり、《ミルキー・ウェイ》に出てくる悪役令嬢、ミージェ=カストルを演じていた訳であって、素の状態のニージェ=カストルで、登校するのは初めてのことなのだから。


 そして、姉様を復活させるためとはいえ、今までわたしがしでかしてきた、数々の悪態や醜態は怨恨を招く。そう、覚悟していたはずなのだけど……。

「はぁ……」


 と、初登校の放課後。

 わたしはこれまでと同様、唯一の安らぎの場である生徒会室で項垂れていた。

 この生徒会室は、生徒会役員と、顧問の先生、それから事前申請があった生徒と先生しか入れない特殊な魔法が掛けられていて、姉様復活させるためとはいえ、無理やり誰かを罵倒するのは、精神がまいる。


 そんな時に、良くこうしてここで、項垂れて自分の精神を回復させたものだ。

「ニージェさん、お疲れ気味だけど、だいじょうぶ?」

「え、えぇ、なんとか……」


 横で頭を撫でてくれている、ララさんになんとか、そのように返した。

「に、しても、凄い人気だったねー」

「それよ、それ! 今までのことがあったから、もうちょっと、ギスギスした雰囲気になるのかと思ったんだけど……」


 わたしの予想とは裏腹に、クラスの生徒達も、みんなわたしのことをこれまで通り、というより、冬休み前より気軽に話しかけてくれた。

 いったい、どういうこと!? なんて、ツッコミを入れたいが、姉様が昼休みに説明してくれたことにより、謎は解決した。


「それは、さすがは貴族ね。って言ったところかしら?」

「と、言いますと?」

 わたしの目の前に座り、ララさんとのやり取りを見ていて、ご満悦らしい姉様が、一人呟く。


 ララさんが不思議そうに聞き返すと、姉様はわたしにした説明と同様な説明をララさんにし始める。

「貴族ってね。大半が上下社会と、建前で動くの。それに加え、この年となると、自分のことだけでなく、家の事情とかも見えてくるのね。そんな時期に、私達が実は双子で、しかも、私だと思っていた子が、実はニージェちゃんで、私に呪いを掛けた教団に脅されて仕方なくやっていた。そのことを知っていた、アルゴー君やララちゃんも、私を救おうと、協力していた。という、噂が出回っているじゃない? これがウソなのにしろ、真実が分かるまで、敵対は避けたい、というのが本音のところよ」


「なるほど……これだから、貴族は……死ねば良いのに……」

 ララさんの唐突な毒吐きに、カチンとわたしは固まった。だって、ララさんの吐いた言葉には、姉様やレオンも、対照されてしまう。


 もちろん、ララさんはそういう意図で言ったのではないのは理解しているし、姉様も分かってくれると信じている。

 でも、多くの人がいる前で言ったらと、想像すると……、


 ララさんも自分が吐いてしまった言葉に気が付き、すぐさま口早に訂正する。

「あ、いえ、今のはそういう意味じゃなくてですね。身分だとか噂だとか、そういう表面的なモノで人を判断する貴族は、ということです!」


 姉様の微笑。

「良いのよ。分かってるから。それより、ニージェちゃんの作ってきてくれたケーキ食べましょ?」

「はい!」


 満面の笑みで答えたララさん。は、良いけど、二人とも口を開けるのみで、いっこうに食べようとしない。

「あ、あの二人とも、な、なにを?」

「なにって、ニージェが食べさせてくれるのを待ってるの」


「そうそう、ララちゃんから聞いたわ。ここではこうしてするのが普通だってね」

「はい!? いや、それはララが勝手にですね!!」

 というわたしの釈明も聞き届けられることもなく、姉様とララは静かに口を開けて待つのみだった。


 幸い、なのか? ここにはまだわたし達しかいないことも、次の瞬間になげやりな行動を取った一つの要因で、

「あー、もう、分かりましたよ分かりました!! 今回だけですよ!!」


 根比べはわたしの早々の敗退で、わたしが姉様とララにそれぞれ、乱雑にえぐり取ったケーキを丁寧に一口ずつ口へ運び終えると、

「んー、美味しい~やっぱりこれね! 自分で食べるより、恥ずかしがるニージェに食べさせて貰ったほうが、何倍も美味しい!」


「本当に美味しいわ! ニージェちゃん! あなた、ケーキ屋になれるじゃないかしら!?」

 嗜虐のララと全工程の姉様による、種類は違えど、羞恥を刺激する言葉を受け、全身が火照りだしているのを実感していると、ララが座っている反対側から、聞き覚えのある男声が聞こえてきた。


「二人とも、そんなことしていたら、ニージェ殿が自分のを食べられないじゃないか」

 その声に一度、肩を弾ませた後に、顔を向ける。

「で、殿下!!」


 パーっと気持ちが軽くなるのがわかった。

「ニージェ殿。何度も言うが、僕は王位継承権を剥奪された身。その呼び方は、もう僕には相応しくない」

「あ、失礼しました。あ、アルゴー様……」


「ん、まぁ、本音を言えば、ララ殿やレオンみたく呼び捨てで呼んで欲しいんだけど……」

「そ、それだけは無理です!!」

「アハハ……だよね。冗談だから安心して、とはいえ、二人とも、ニージェ殿に迷惑をかけすぎだよ?」


「はーい♪」

「それもそうね」

 と、ララと姉様は軽い口調でありながらも、アルゴー様の指摘をとりあえずは受け入れてくれたようで、これで、あんし……。


「ということで、はい!」

「あ、あの……、アルゴー様?」

「ん?」

「ここここれは、いったいどういう……?」

 わたしは、アルゴー様の顔と、わたしの口先にあるケーキを交互に見ながら、言うと、


「だって、ララ殿とミージェ殿に食べさせていたら、ニージェ殿が食べられないだろ? だから、ニージェ殿の分は僕が、ね」

「とういう理屈ですか!?」

 身体が燃えるような熱を口から放出するように、ツッコミを入れ終えたわたしの口に、アルゴー様は隙ありと言わんばかりに、ケーキを入れてきた。


 その瞬間、わたしの視界がぐるぐるぐるぐる、回り、意識が遠退いていった。

 その意識の中で、慌てるアルゴー様の声。

「ニージェ殿!? ミージェ殿、話しが違うではないですか!? 『無理やりあーん作戦』で、言い雰囲気になるはずだったのでは!?」


「アハハ……。まさか、ニージェちゃんがこんな純真だったとはね。ん、これは私にも予想外。これは、ヘタレなアルゴー君がゆっくり、自分で攻略していくほうが……」

 そこで、声が聞こえなくなった。

 やっぱり、犯人は姉様だったのですね!?

 少しグダグダになってしまいましたが、こうして、わたし達の遅すぎる青春は幕を開けました。

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暗殺令嬢、ニージェ=カストル 石山 カイリ @kanmoriyui

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