王位継承権剥奪、アルゴー=ボルックス

 ミージェ殿、復活というめでたい日から、数日後。

 ついに、僕こと、アルゴー=ボルックスが長年計画してきた計画が実行に移す時が来た。

 ということで、僕は今、父さんと母さん、つまりこの国の国王と王妃の目の前で手枷を嵌められていると言うわけだ。


 前方には、数段の階段の上に派手な装飾が施されている二つの玉座。後方には、重々しいこの空間へと唯一通じる純白の扉。下方には、気品の象徴とされる紫色のカーペットが扉から真っ直ぐに敷かれている。


 そして左右には、信頼に足る国を支える、重鎮達と、第一皇子と、第三皇子、第二皇女の兄さん、姉さん達。

 そんな、謁見の間の玉座で頬杖を付いて、呆れ声を漏らす父さん。


「まったく……お前という奴は……」

「父さん、すみません。ですが、世の中には見せしめが必要でしょう?」

「みなまで言うな、分かっておる。分かっておるが、別にお前じゃなかっても良かろうに……」


「いえ、新しい法律は王族でも罰せられるという前例が大切なのです。それにより、国民や異国に真剣度が伝わります」

「そうであったな……」

 最後に父さんは、盛大なため息をついた後に、国王になった。


「では、これにて、昨日、第四皇子、アルゴー=ボルックスの長年の申し出により、新たに執行した法、【奴隷及び隷属関連装備禁止法】に則り、第四皇子、アルゴー=ボルックスに審問を行う!」

 国王は先ほどまでのやる気のない態度は、どこへ行ったのか、独特な圧を纏いそう高らかに宣言した。


 ん、自分が考えて昨日、執行した法律に裁かれる最初の人が、自分自身だなんて、何度聞いても笑える話だ。

「この者、アルゴー=ボルックスは、被害者の人権を守るため、名は伏せるが、ある者を十年間、《隷属の指輪》にて自由を奪っていたと、自ら自白した。間違いないな?」


「はい、間違いありません!」

 僕は、ミージェ殿……おっと、今はニージェ殿と言うんだっけ?

 ニージェ殿のことが好きで好きでたまらない。

 何度も何度もアタックした。


 だが、ニージェ殿に僕の好意が伝わることはなかった。

 なぜか。そりゃ、一番はニージェ殿の頭の中は、ミージェ殿復活のことしかなかったということもある。


 けど、それだけではなかったのだ。

 ニージェ殿は、幼い頃、教団に拾われ《隷属の指輪》を付けられ、無理やり暗殺者にならされた。

 この事で、人の善意を信じられなくなったのだと、掛け値なしで唯一信じられるのが、自分を解放してくれたミージェ殿だけだと、僕が彼女の協力者になると決めた時に、語ってくれた。


 それを知っていても尚、いや、その事を知っていたからこそ、幾度想いが伝わらなくても、何度も伝えた。

 本来、僕はそこまで心が強いわけではない。二回か三回かアタックして、あしらわれたら玉砕するような強度なのだ。


 そんな僕が、ミージェ殿に想いが届かなくても、何度も何度もアタック出来たのは、間違いなく過去の話を聞いたからだろう。

 ズルいって思う人がいるかも知れない。

 もしかしたら気持ち悪いも思われるかもしれないな。


 ま、そんな、僕に対する評価はこの際、どうでも良くて、重要なのは何度もニージェ殿にあしらわれ続ける内に、僕の中にとある炎が灯った。

 それは私怨の炎だ。

 ニージェ殿に、僕の想いが伝わらないと思いきらされる内に、段々と間接的に教団のことを憎むようになった。


 ニージェ殿の心を固く閉ざした教団が憎い。奴隷制度が、隷属関連の装備が、憎い。

 だから、僕は第二、第三のニージェ殿を作らないように、この法律を作り、経緯は違うがちょうど、ニージェ殿に《隷属の指輪》を着けていた王族である僕が、最初に裁かれるごとによって、国の本気度を見せつけるんだ。


「では、アルゴー=ボルックス何か申し開きはあるか? ないようなら、処罰を言い渡すが?」

 国王は形式的に聞いてきた。

「もちろん、ありません!」

 一切の曇りなく僕は言い切った。


 それに、答えるように国王は、頷いた後に、処遇を言い渡してくる。

「うむ、よろしい。では、アルゴー=ボルックスよ。お主から……」

 兄さんと姉さん達が、何か動こうとしているのを横目で確認できた。


 も、それはかなわなかった。

 外が何やら騒がしい。

「退いてください!」

「ですから、いけません! ただいま大事な審問中です! 陛下より誰も中に入れるなと……!」


 言い争いは、唐突な護衛の衛兵の失声で、終息を迎えた。

 この場にいる全員が言葉を失い、緊張が走る。当然だ。扉の外で待機させていた衛兵は、二人と少ないものの、国王直属の部隊で、それも実力は上から数えたほうが早いぐらいの実力者のはずだ。


 そんな二人が沈黙、即ち倒されたのだ。自ずと外にいるものが相当な手練れだということが、分かる。

 まぁ、最も僕が驚いているのは、外の衛兵が倒されたことではなく、声の主のほうなのだが……。


 そう、僕が彼女の声を聞き間違うはずはなかった。それを決定付けるように、扉を外側から開けて中に入ってきたのは、長い金髪を後ろで一つに結わえたニージェ殿だった。

 ニージェ殿は、起きてすぐ来たかのような、フワモコのパジャマみたいな服装をしている。


 か、かわ……、いやそうじゃないだろ!?

「陛下! お待ちください! 殿下は何も悪くないんです! 殿下に《隷属の指輪》を付けて欲しいと懇願したのは、このわたしなんです! ですから、どうか……!」


「ニージェ殿……」

「どうか、殿下を処刑するのだけは、お止めください!!」

「は?」

 真剣に言っているニージェ殿には、申し訳ないが、その懇願はあまりにも見当外れで、寸前まで感動していた僕でさえ、頭にハテナが飛んだ。


 したがい、父さんも国王モードを解いてしまうのも当然で……、

「……分かっておるわ。そんなこと」

 玉座に頬杖を付き、ため息を漏らした父さんの態度を見て、ニージェ殿も勘違いだと理解してくれたようで、顔を染める。


「へ?」

「だいいち、自分の息子を簡単に処刑って、わし、どれだけ独裁者なん?」

「あ、いえ、その……」

 どうやら、勢いでここまで来たらしいニージェ殿は、素に戻ったことで、萎縮してしまっていた。


 その事を悟った父さんは、再度ため息をつき、ニージェ殿にこんな質問をする。

「……まぁ、良いわ。それより、そなた。わしが息子を処刑するという話しはどこから聞いた?」

「み……あ、姉から」


「なら、その姉に嵌められたな……」

「えっと……?」

 未だに状況が飲み込めていないニージェ殿に、父さんの代わりに、僕が今日の審問会の趣旨を簡単に説明する。


「今日の審問会は、僕自らが望んだことで、その本当の目的は、僕から王位継承権をなくしてもらうことなんだ」

「一時的に、な」

「そうです! アルゴー君が王をついで貰わないと、なりません! 上兄様は、戦闘狂。中兄様は人格破綻者、下兄様は自由奔放。唯一まともだった姉様はお嫁に行ってしまわれましたし、アルゴー君が、王位を継がないと、この国は滅びます!」


「そうそう、オレら上三人は、王の器じゃないんだわ。だから、アル。オマエが王にならないと、大切な人は護れないぞ」

 本当に口々に好き勝手言ってくれる。兄さんと姉さんだ。


「ややこしくなるから、少し黙っててくれないかな!? 兄さん、姉さん! それに、王位は姉さんが継いだら良いじゃないか!? 姉さんは僕より、しっかりしているんだし!」

「あら、そうしたら、いつしか私をさらいに来てくれる白馬の王子様に顔向け出来ないじゃないですか?」


 冗談っぽく聞こえるかも知れないが、姉さんは本気で言っているのだ。

 姉さんは、頭脳明晰でその手腕は、父さんや国の大臣達にも認められるものがある。その上、下の者にも、分け隔てなく接している。


 本当に、これで脳内に花が咲いていなかったら、言うことないと言うのに。

「父さん、母さん! まだ頑張ればもう一人ぐらい出来るでしょ!?」

「なにを言い出すか!?」


「へー、君がアルの心を射止めた天女か……ん、なかなかの美人だ。アルのことがイヤになったら、オレのところへおいでよ。飽きさせないからさ」

「オマエ、ただ者ではないな。今度手合わせしないか」


「国の民が路頭に迷う未来など知ったことか。そんなこと。どうでも良く、彼は一人の女性を愛する道を選んだのだった。あー、妄想が捗ります。ごちそうさまですわ」

 少し目を離した隙に、兄さんと姉さんは、ニージェ殿の回りに群がってしまっていた。


 とうのニージェ殿はというと、その中心で頭から煙を上げている。

「兄さん、姉さん!!」

 これだから、ニージェ殿は呼ばなかったのに!

 この後、僕の王位継承権剥奪は、無事に実行された。

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