第34話 繫がり
「――臭わないか?」
「そう? ……わからないわ」
「生臭いというか。……死臭?」
鼻腔を僅かな刺激が通る。
それは明確に不快感を与え、けれど同行しているクアークは気づかない様子だった。
「見に行っても良いか?」
「まあ、良いわよ。休憩ついでにでも」
「うし、行くか」
不快な臭いを感じ取ったヒイラギが先行。臭いの方向へ進む。
一分、二分。
進むごとに臭いはより鮮明になり、クアークも気づく。
「……誰かが死んだって話は聞いてないんだけどね」
「ああ。一人二人ならともかく、この濃さは異常だな」
臭いの強さに対し、未だに死体の姿が見えない。
探知にもかからずに、その正体はいまだ見えず。
一〇分ほど歩いたころ、更なる違和感がやってきた。
探知に。
モンスターというには邪気が足りず、人というには人の気が稀薄。
ヒイラギが眉をひそめるなか、クアークは密かに顔をしかめた。
「少し、覚悟しておいて」
「なんとなく察したわ」
閉じた坑道の、分岐を超えた先の奥まった場所。
滞留した腐臭。
辿り着いた先には。
亡者がいた。
「ッ……」
腐乱した人間の死体。
眼球が入っているにもかかわらず眼窩は窪み、皺枯れた眼球は変色。
生命機能を停止し、体内で微生物が活動したままだからか、その腹部は異様に膨れている。
そして共通して、彼彼女らは子どもであり、またおしなべて胸の部分が酷く抉れていた。
逆に言えばそれ以外はおおよそ外傷はないように見えた。
あるとしても亡者となってから坑道壁面でついたのだろう擦り傷。
それ以外に傷はなく。
あえていうのなら胸の傷から雷撃傷のような火傷の痕――いや、あれは歪んだ魔術回路の痕だ。
「ねえ、アレって――」
「だろうな」
「攫った子どもたちを……許せないわね」
亡者たちはその七割近くが獣人。
残る三割近くが普人種や、それ以外の人種。
何を目的としているのかは定かではないが、明確に何かしらの目的があるのは確実だろう。
この街は特別獣人が多いということはないし、孤児にそういう偏りがあることも、先日の下見の限りではないように見えた。
であれば、この人種比は理由があるのだろうし。
やはりロクでもない。
「魔石潰せば……死ぬか?」
「ええ、ただこの場合人間のとは別にモンスターの魔石も発生してる可能性があるから一つ砕いても油断しないように」
「了解――ったく、気分悪い」
殺すのは容易だった。
人とモンスターの異なる魔力を併せ持つがゆえに探知が効きにくく魔石の正確な位置を把握するのは難しかったが、人体というのなら自分とも共通している。
自分の魔石位置を子どもの身体に転写し、そこを貫けばいい。
モンスターとなったとはいえ所詮は子どもの肉体。
加えて、焼き付き歪んだ魔術回路の影響で魔術も身体強化もできない子どもというのは負ける方が難しかった。
「……どう思う?」
「胸を鋭利な刃物で切られた傷。長時間の過剰魔力で全体から砕けた心臓魔石、魔術回路。こんな場所に集められ放置された子どもたちの死体。確実に犯人はいるし、恐らくはこの坑道を利用していた人間」
「黒鉄の墓。いや、ララリマン鉱業……」
「この件は一度私が預かるわ。誰を信用できるのか知らない、知ってても繋がりがない貴方には対処の出来ない話よ」
「ああ、頼む」
「話して来たわ」
「そうか」
「信用できる人間で調査するけど恐らく証拠がないだろうからどうにもできないだろう、って」
「……んんん」
予想はしていた。
だが実際そうなると落胆というモノは確かにあった。
ヒイラギは落胆から全身の力が抜け、ベッドに倒れ込む。
「どうするつもり?」
「横で寝るな。……本拠に乗り込むしかなさそうだ。最悪言い訳すればどうとでもなる」
「重要な取り調べの時には虚偽がないように調べられるわよ?」
「その手の固有能力はあくまでも『相手が嘘を吐いてる』あるいは相手にその意思があることが条件だ。こっちが誤認してやればどうとでもなるんだよ」
それは結局嘘を吐くことではないのか。
であれば看破されるのではないか。
クアークが訊ねる。
「俺の固有能力は【洗脳】。いくつか条件を設定して後で解除するようにしておけば自分すら騙せる」
「へぇ?」
「なんだ? 固有能力言ったのがそんなに不思議か? 確かに一時は嫌だったけどよ、こういう一つの特性だって考えたら、まあ、どうでもよくなったよ」
「ふふっ」
「なんだ、気色わりぃ」
気の持ちようというのは思いのほか大切で。
加えていうなら実感も大切だ。
理屈としてはわかっていてもそうはできない、ということがあるように。
自分で自分の中に組み込むしかない。
「じゃ、アタシの固有能力も見せてあげる」
ヒイラギの前にクアークの細くも確かに筋肉のついた灰青色の腕が差し出される。
腕を用いるのか、と考えつつヒイラギはそれをジッと見つめ。
腕は不定形に変貌した。
「【抽象化】。干渉できる対象から任意で要素を使用あるいは排除できる。認知が大きく関わる能力で、今のは腕と骨から『硬度』だとか『伸縮性』を操作して形状を曖昧にしたの」
「炎から熱を抜いたり?」
「そうそう。だから結構汎用性があって、こんなこともできるの」
不定形な腕が今度は半透明になる。
それは腕の形状をしただけのまた別のモノ。
「腕の形状だけを特化させたの。こうすると――」
通常状態の腕で半透明の腕を握り、潰す。
けれど腕は崩れ落ちず、握った腕は透過、握られた腕はそのまま。
「物理攻撃無効、ってね」
「つっよ……」
不定形で半透明の腕は、指先だけ残して元に戻る。
「魔術は無効化できないけどね。あと魔力で強化した肉体からの威力も少し受けるわ」
「ぅ、へー」
指先が口に入れられる。
温度は感じず。
感触は形容し難いが少なくとも肉のそれとは異なった。
「どう?」
「ろう、っへ……」
歯茎を、内頬を、歯を、舌を。
撫でる指は不味い水をそのまま形にしたよう。
「そんな趣味はねえ」
「つれない」
引き抜かれた指から銀糸が垂れる。
ゆっくりと、離れ、プツリと切れ。クアークは指を舐めた。
「改めて考えて、好きとかわかんねーよ。誰かを好きになるって、ホント……。俺は自分の損得でしか他人を認識できない気がする」
「好き、わからないの?」
「ああ」
「……そう」
揶揄うような、妖艶な笑みから一転して。
クアークの眼が細く絞られる。
起き上がり、ヒイラギを襲うよう、上に。
大の字に開いたヒイラギの両脚の間に膝が。
顔と顔が近づく。
「正直他人に能力を行使するのは好きじゃない。けど、俺に危害を加えるなら話は別だ。好きでもない奴とヤるのは趣味じゃねえ」
「大丈夫。すぐ楽になるから」
頬に添えられた手の平。
伝わる温もり。
腕を伝って降るクアークの匂いがヒイラギの鼻を通る。
香料のない、甘さのない彼女特有の匂い。
汗と、彼女の入り混じった匂い。
不快ではなく、僅かな安堵を感じるような。
「やめろ」
「大丈夫」
彼女の魔力がヒイラギの魔力と触れ合う。
非実体の手がヒイラギの中を犯すように、魔力が中に入り込む。
反発せず。
溶ける。
まるで一つになるように。
「
「!?」
動きが止まる。
力も抵抗もなく、ヒイラギは彼女をゆっくり押し退けて。
「意識はあるはずだ。俺がいなくなって少ししたら解除される」
「どういうことなの?」
「それがお前の固有能力か? 本当の――いや、もう一つの」
ヒイラギは感じていた。
自分に介入する魔力を。
心に介入する魔力を。
自身の能力ゆえ。
「ええ。アタシは呪いとしか思ってないけどね」
「精神を捻じ曲げるのか」
「正確には【好感度操作】けど、アタシはこの能力を上手く操作できなくて、常に暴走していて。生まれてからみんなに好かれて来たわ」
「操作できない。……そうか」
「誰もが好いて、勝手に好いて。そうじゃないのは高い抵抗を持つ開拓兵。けど……時間とともにそれも意味をなくすの」
「防御を威力が突破した。いや、抵抗がなくなったか」
「そ。嫌わせられない。けど好かせる方向の操作はできる」
「それを使ったってか? バカバカしい」
「良いじゃない。貴方も好きを理解できたかもしれないのよ?」
「それはお前の価値観での好きだ。俺の価値観での好きじゃねえ」
不快に顔を歪める。
ヒイラギは吐き捨て、部屋を後にする。
「アタシの能力が、弾かれた……ふふっ」
「あ~、気持ちワリィ」
「店の中で吐くなよ?」
「そこまでじゃない」
プロミネンス工房。
やることもなく、ヒイラギは訪れていた。
「俺さぁ? この世界に来て、色々違うんだなって思ってたのよ。けど、どこの世界も権力者ってのは面倒なのか?」
「……なんかあったのか?」
「――噂程度の話なんだけどさ、この街の衛兵団の上層部がちょっと裏の人間と繋がってるって聞いたからさぁ」
「……奥に来い。――お袋、ちょっと店頼む」
「はいはい」
店内に他の客がいないことを確認し、その上でペトラが信用できるのか曖昧なため内容はボカして話す。
すると眼つきを険しくしたペトラがヒイラギを掴んで店の奥へと連れて行った。
「本当か?」
「まあ、そういう話があるって」
「……具体的にどいつかは?」
「上から二番目と三番目? 三番目がクロで、二番目が金を積んだらで。って」
考え込む。
その思考はわからない。
だがヒイラギはその様子を見て、噂の出所ではなく内容を聞いたことからペトラは白なのではないか、と考えた。
「ポー……いや、そんな時間はないか」
「どったの?」
「なんでもない。今必要なのは上の人間との繋がりか?」
「うん。でも知り合いがいないからさ~」
「あのよ。お前隠す気あるのかよ? 話は噂だとどんな奴が面倒なのかって話なのによ、対処の話に乗ってくんなよ」
「……」
「気ぃつけろよな。……とりあえずどうにかできないか知り合いを探してみるけど最低でも三日四日は掛かる。悪いな」
ペトラの指摘に、己の失態を自覚する。
認識の甘さ。未熟さ。
状況を軽んじ、油断し、容易く失敗する。
「あ、ああ……」
「正直言ってな、おおよその状況は知ってるんだ。あッチらは鍛冶師だ、この街は鉱山都市だ、異常があれば少しは気づける。製錬士の奴らとも、鉱夫の奴らとも繋がりがある。話を聞きゃ何が起きてるのかくらいは察する。だがそうか、ようやく手掛かりを掴めたか。進展がなければ一手打ったが、その前に気づけて良かった」
「すまん」
「気にすんな。街はみんなで守る、そうだろ?」
「……ああ」
――――後書き――――
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ワリとクズな主人公の異世界人生 ~洗脳と能力と生活と~ 軒下晝寝 @LazyCatZero
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