第33話 混ぜるな危険

「どう? 調子は」

「そこそこ。体調は平気だがここは魔力が淀んでて気色わりぃ」


 新たな地点に来ている。

 初心者用の坑道で慣らしを終えた開拓兵が来る場所で、魔力の流れが悪いが魔力量も多いためにモンスター数も多く、それに伴って入り口付近ではチラホラと開拓兵を見かけていた。


「仕方ないわよ。そういう土地なんだから」

「はぁ……ま、いいや。最近敵が単調すぎて飽きてたところだし、ここらでちょっくら戦い甲斐のある奴とやっときますかぁッ」


 危機感のない言動にクアークは溜め息を吐きたくなった。

 だが、事実としてヒイラギには単調だということも理解している。

 彼の固有能力による動きの模倣は個人の肉体に合わせた最適な動きというのは不可能だが、基礎を会得するにはこの上ないほど適した能力だ。

 そしてそれに依存するのは問題だということを理解しているヒイラギは模倣と独自の複合訓練を行っていて。

 それを固有能力ゆえと知らないクアークは彼の上達の速度が早いと認識していた。


「ちょっと待ってねー、今慣れっから――」


 ヒイラギはそういうと静かに魔力を放出する。

 薄く、探知のように流すがその範囲は手の届く範囲とほぼ同じ。

 そんな僅かな範囲に魔力を薄く行き渡らせ、球状空間に魔力が混在するとその魔力を引き絞るがごとく一気に吸収した。

 通常、人体はそのまま周囲の魔力を吸収はできない。

 呼吸によって体表魔力の反発を無視した魔力マナ魔素ミスト供給を行い、肺に入れることで反発力を低下、心臓部の魔石にその魔を送り届け、変換することで自身の魔力として用いる。

 が、魔力を自身の魔力として利用するという目的を無視してしまえば体内に取り込むということ自体は可能。もちろん利点がないとされているため行う者はいない。


「――よし、良いぞ。行くか」


 そんな利点のない利用不可魔力の体内取り込みも、やり方によっては価値があった。

 魔力に馴染みがなく、魔力に晒されてこなかった異世界人くらいにしかできないことだが。肉体が完全に慣れるまで個人差はあれど異世界人は魔に対して敏感であり、それゆえ逆に魔力濃度などに対しての適応力が高い。


「周囲の魔力を取り込むと違和感が凄いって聞いたことあるんだけど?」

「違和感なんてこの世界に来てからずっとだぞ? 最近はあまり気にならなくなってきてるけど」


 適応力が高いというのは肉体的なモノではなく、感覚的なモノだ。

 車酔いしない人間が船酔いはする。

 それに対し、どちらも経験したことのない者からすれば同じ揺れ。

 多少の差程度のモノ。


「っと、おいでなすった」




「腕試しと行きましょか。一体相手だし手ぇ出すなよ」

「了解。……やれやれ」


 感覚的にはゴーレムか。

 前までのと比べるとちょっと強いかも。

 ――青いな。色味的には青板晶か?

 てことは、ちぃと厄介だな。


「ふッ!!」


 振るった短剣は硬質の腕に阻まれる。

 やっぱり俺の実力ではそのまま断ち切ることも、性質を無視して砕くことも難しい。


 剥げすらしないか。

 垂直は無理。次、水平か。


「しッ!」


 少し手間だが腕の部分を水平に狙う。

 俺とゴーレムの攻撃が交差し、狙いは逸れて人体でいうところの拳頭の部分に攻撃が入った。

 薄く剥離する。

 板晶の所以たる特性。

 通常は塊で発掘されるこの鉱物。

 基本は砕けないが条件次第では容易く砕ける。

 その条件とは組織に対して真っすぐ水平に力を加える事。

 基本組織は板であり、それを割るように力を加えても割れず、逆に剥ぐように力を加えることで簡単に剥げる。


「っしゃぁ……」


 拳が薄く剥げ落ちる。

 が、被害もあった。

 そもそもが硬度の高い鉱物。

 使った短剣は様子見用の安物だったこともあって一撃で刃が削れていた。


 流石に硬――


「っぶねぇ……」


 頬を風が引っ掻く。

 荒れた石腕の棘が頬を割く。

 血の垂れる頬。指先に魔力を集め、傷口を撫でて止血程度の治癒をかけた。

 というよりも魔が濃いこの場所では俺の魔術技量が及ばず、使用頻度が高い魔術ならともかく使用頻度の低い治癒の類はほとんど使えない。


「意外とはえーなこの野郎……」


 巻き起こる超接近戦。

 超質量の双槌が地面を砕く。

 破片が飛び散り、避けた俺を叩く。


「おらッ、死ねッ!」


 新たに取り出した虚刃連杖・焔鏡を二連結。長直剣を生み出し斬りつける。

 虚ろな刃。実体を持たない刃は硬質な相手に躊躇なく使い潰せた。

 力任せの一撃。

 横薙ぎの巨腕に合わせるようにして青を割り割き。

 そして刃先を挿し込んだ。

 戦ってわかったことだが、こいつは多重構造。鎧の重ね着。

 つまり一度砕けば隙間が生まれ、そこから被覆を剥ぎ割くことは容易。


「体格差あるからってそんな減量しちゃって――ッ!?」


 いつだって思い込みは禁物だ。

 俺はゴーレムの力はその体積に比例すると思っていた。

 いくつかのゴーレムを倒し、その体積比による出力の違い。流石に体積二倍で出力二倍というほど単純ではないが、基本は構成材質と体積での出力だ、と。

 だがその予想と思い込みを裏切ってこのゴーレムは痩せた身体でなお俊敏。

 いや、むしろ痩せた結果より早くなっていた。


「くッ……ああそうかい……」


 咄嗟に庇った両腕。

 感触からいって右は折れ、左はヒビ。

 すぐ距離を取って回復薬ポーションを飲む。

 高濃度の魔環境の渦中に回復薬ポーションの接種。本来ならば大量に飲んだ時に起こる体調不良がたった一本で起こった。


「あ゙~……テメェのせいで気分最悪だ。死んで詫びろ」


 不意をつかれたから直撃だっただけ。

 あの程度避けれるっての。


 内心で言い訳をしながら全身を構える。

 ゴーレムの拳が空を裂く。

 俺は武器を宙に投げ、拳に合わせて身を横にズラし、止めることなく手首を掴んだ。

 脚を軸に回転しながら手首を掴んだ左腕を横に移動。全力で脚、腹、胸、腕と力を連鎖させ、ゴーレムの体勢を崩させる。


「ここッ!!」


 全身を覆う鉱石層。

 非常に頑丈だがいくつか構造上の問題もある。

 たとえば、肩などの部分。

 ゴーレムは内部でその都度構造を操作してはいるが、動かしている都合上はその動作中の動作部分は強度が下がる。

 また、同様に別の理由で強度が下がることもある。

 それは層の減少部。胴と腕では太さが違い、その部分を同じ強度にすることは難しい。一層辺りの厚さを全体で均一にすることは難しく、細くなる部分は一層の厚みが薄くなるのだ。


「――ふぅッ」


 構造の穴と装甲の薄化部分。

 重なる肩は良好な弱点であり、上手く合わせれば俺程度の技術や力や装備でも充分戦えた。


「お疲れ。時間かかりすぎね」

「うぅい……」


 自覚あるとはいえやっぱそうよね~。

 様子見に時間かけ過ぎたか。

 違うな。そこを除いた時間での、時間かかりすぎって話だな。

 てこたぁ、もっと上手くできたってことだな。

 よっしゃ燃えてきた。


「ま、慣らせばある程度までは行けるんじゃない? どうする?」

「行けるとこまで行くに決まってるっしょ」




「じゃあ、そろそろ結晶系の岩石兵ゴーレムと戦ってみましょうか」

「……どんな感じの相手?」

「地質的な理由で周辺掌握力の強い相手よ。知能も他の岩石兵ゴーレムに比べたら高くて基本は自分の有利な場所から出ない」

「うへぇ……そりゃ賢いわぁ」


 自分を理解しているというべきか。

 決して地の利を失わない程度の知能はある。


「ま、やるだけやってみますか。どこ行きゃ出会える?」

「もう近くにいるわよ?」

「……えっ」


 言われて探知をするが、ヒイラギの探知には引っかからなかった。

 そんな様子を見かねてクアークが先導し、その場所へと着く。


「うわ、実際に場所確認しなきゃわかんねー。見ても勘違いと思うくらいだわ……」


 視覚的には言われれば気づく程度。

 だが魔力による探知への偽装は圧倒的。

 そのゴーレムを構成する周囲の結晶たちに同化するようにして溶け込んでいて、少なくともヒイラギ程度では微塵もわからない。

 言われてなお、疑わしいほど。


「じゃ、戦ってくる」


 三本連結。槍。

 刃を生み出し、魔力で全力強化。武器も、肉体も。

 そして風の魔術を重ね掛け、一撃の威力を限界まで高める。


「――――フッ!!」


 神経を研ぎ澄ませ、首を狙って投げ放つ。

 手から離れたその一撃は狙い通りに首へ突き進み。

 その切っ先を半ばまで埋め込んだ。

 続けて接近走行中に強化した右腕を振りかぶる。

 槍の石突に左手を触れ、刃を消して、槍を回収すると直後に刃が入っていた隙間に手刀を突き刺した。


「ハァァッ!!」


 最大出力をもってして魔力を内部に流し込む。

 臨界。爆発。

 首の内部から弾け飛んだ。

 宙を舞う結晶の頭。

 破壊は伝播し、上半身に亀裂を生む。

 その最中、連結を解除し一節となった焔鏡を短剣に形成し直し、亀裂に差し込み、魔石を破壊した。


「――――はぁ~、緊張した~!」


 不意打ち先制攻撃ならば倒せる。

 その事実にヒイラギは安堵しつつ霧散しないゴーレムの肉体から使えそうな大きな部分だけを見繕って回収し、残った部分は他のゴーレムに再利用されにくくするため粉々に砕いた。


「ふふっ」

「?」


 何を言うでもなく。

 唐突に笑ったクアークにヒイラギは眉を顰めた。

 そんなにも無様な戦いだっただろうか、と。

 少し不快に思い、訊ねようし――悪寒が奔る。

 ゴーレムの気配。

 流石にとは思いつつも砕いたゴーレムを見るべく振り返る。

 やはり違う。

 ならば何が、と警戒し、周囲を観察した。

 動きはない。探知も理解可能範囲では敵反応なし。

 ――通路が蠢く。

 鼓動するかのごとく奥から手前へと波打ち。

 凪ぎ。

 炸裂のごとく地面が牙を剥く。


「はッ!?」

「あははははッ!」


 愉快そうに笑うクアークは既に遠く後方。


「おまッ! 知ってたろ!!」

「当然。そのためにここに来たのよ?」

「――」


 揺れる坑道。

 奥から現れるのは総数七のゴーレム。

 個人がどれだけ強くても数に負けることがある。

 だが、それ以上にヒイラギの実力が伴っていない。

 クアークが見極めたのは結晶系ゴーレム相手に通じる一撃をヒイラギが持っているのかどうか。

 その条件を突破した。

 突破してしまった。

 それがなければクアークは撤退を許した。

 が。

 許さない。


「全力でやらないと死ぬから。じゃ!」

「――は? ……はぁぁぁぁッ!? ちょッ、まッ! 早え!!」


 取り残されたヒイラギ。

 ご丁寧に遠くから道を塞ぐ揺れを感じる。


「…………」


 背後を見て。

 前を見て。

 揺らぐ七の人型の陰。


「ひっ――ひゃはハハハ! やってやろうじゃねえかぁぁぁぁッ!?」


 声を裏返しながら叫ぶ。

 撤退はなく。

 残されたのは勝つか負けるか、生きるか死ぬか。

 距離確認。

 回復薬ポーション魔力回復薬マナポーションをあおり、待ち時間で体調不良がマシになるのを待つ。


「精神はともかくとして体調は万全よぉッ! 勝たせてもらうぞ一般兵どもッ!!」


 そう叫び。逆に精神を落ち着かせる。

 通路幅は広く、ヒイラギ同様の体格であれば五人以上は手を伸ばして横に並べる程度。

 が、それ以上にゴーレムの幅が広く、戦いで動くことも考えると三体。余裕を持つ意思があれば二体といったところ。

 つまり第一事項は囲まれないことで。

 それさえ免れれば戦いは実数以上に楽になる。


「――シッ!」


 手始めに斬撃を飛ばす。

 構築の未熟な飛翔斬撃はゴーレムに防がれるどころかそこに辿り着く前に魔的抵抗によって掻き消された。


「なるほど直接ね。思ったより濃いわここッ」


 強化した脚力をもってして三歩で10メートルを地面からほぼ浮くことなく低空跳躍で距離を詰める。

 勢いそのままに短剣を魔石目掛けて胸に突き刺す。そして刺す勢いで回転、二本目の短剣を一本目の僅か上に刺した。

 二度の攻撃によって疾走の勢いは消える。

 そこを正面のゴーレムが攻撃。

 だが拳の振り下ろし攻撃はゴーレム本体にしがみつくことで防げる。

 腕力で一気に登り、半ばで短剣を回収。

 首部分に脚を回してしがみつくヒイラギは執拗に頭部を刺し砕いていた。


「――――ッ」


 魔力の高まり。

 咄嗟に離れる。

 ゴーレムの全身から針が生えていた。

 間に合わず、手が少しの刺し傷を持つ。


「さて、どう――」


 ゴーレムがゴーレムを殴った。

 白いゴーレムは赤みがかった白のゴーレムに殴られ、横転する。


「同士討ちしない岩石兵ゴーレムは異なる材質の場合は敵対こそしないが誤って攻撃になることがある。だったか?」


 ゴーレムの持つ生態の一つ。

 ゴーレムは一種の友好値のようなものが存在するのか、同一素材の場合であれば巻き込まないように仲間の近くへの攻撃は控える。異なる素材の場合はそこにゴーレムがいようとも敵の排除を第一とする。

 が、同族として敵対は絶対にしない。


「忘れてたぜ。へへっ」


 悪戯をする幼児のように。

 ヒイラギは小さく笑い、ゴーレムの間を疾走した。

 間を潜り抜け、それぞれの種類と立ち位置と距離感を正確に把握。

 それを終えると壁面や天井なども用いて三次元機動を行い、ゴーレムの頭部や胸に着地する。

 躊躇なく行われる殴り。

 頭部は砕け、胸は剥がれる。

 生まれた防御の隙間を狙って攻撃を叩き込み、魔石を砕く。


「あと三。行けっかな?」


 一体。

 防御が硬く、同士討ちでは胸の完全破壊には至らなかった黒。

 一体。

 動きが早く、ヒイラギの動きに反応し迎え撃とうとした結果同士討ちが不完全になってしまった青。

 一体。

 位置の都合で同士討ちが脚部に留まってしまった白。


「ボタ山にしてやるよ、ゴリゴリども」


 落ちていたゴーレムの残骸を掴み、投げ飛ばす。

 魔力の強化を失った残骸はゴーレムにあたると同時に粉砕。

 あたりに飛び散った。

 降る砂礫。

 ゴーレムに降りかかる。

 動作でそれを巻き込んだゴーレムたちはガリゴリと粉砕音を発しながら歩んでいた。


「やっぱりか。鉱物操作能力は構成材質以外には行使できない。だから巻き込むと内部に排除してしまうし、岩石兵ゴーレムにその認識がないから異物は中に留まる」


 近くに寄り、動きを誘発し、観察。

 二〇秒ほど近くで動き回っているとそこでようやくチラホラと異物が露出し、降り始めた。


「動くことによる内部の鉱物操作で少しずつ排除されたってトコか。その意思がなくても自然と、って感じだな」


 考察し、対抗手段を考える。

 そして行動に移った。


「後がこえー……」


 地面の残骸を握り砕き、投げ上げる。

 強化した握力は細かく砕き、大量の砂塵を生んだ。

 それを都度、五回。

 降った砂塵はゴーレムたちに巻き込まれた。

 そしてヒイラギは呼吸を止め、一気に勝負を付けに入った。


(――――お前からだ!)


 一番初めに砂塵を覗かせたゴーレムに攻撃を仕掛ける。

 異物の存在は部分的な空白を意味する。

 操作できないゴーレムにとって異物は構造的欠陥の種。

 そこを狙って剣を打てば、亀裂が入る。

 異物と異物を亀裂が伝播。

 全力など不要なほどに容易く胸が割け砕けた。

 魔石が割れれ、物言わぬ石と成り果てる。

 攻略完了とばかりにヒイラギは笑い。事実、勝利を収めた。




――――後書き――――

ノースミナス坑道(奥):強力なモンスターである結晶系ゴーレムが徘徊することにより地中ではなく表面に結晶が析出している

            奥に行くにつれて幻想的な風景が広がっているが、それは同時に地獄の光景でもある

            一定以上の結晶地は許可された開拓兵しか立ち入ることが出来ず、許可された開拓兵たちには定期的に依頼が入る

            それは危険だが、相応の莫大な対価が支払われる

            ノースミナスでの活動を長期的に目論む者たちにとってその許可とは憧憬そのものである

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