第32話 善意、煩わしい

 ここに敵が、ねぇ。

 店の隠し通路の奥に敵の拠点。

 酒場だったら完璧だったんだろうけど、まあ鍛冶屋でも良いか。


 雰囲気は良好。

 店内は清潔感があって換気もされているから空気も淀んでいない。

 奥から僅かに流れてくる鉄と油の臭い、そして火の温もり。

 何も知らなければ普通の鍛冶屋だ。


「何をお求めで?」

「様子見をしに来たんだ。最近この街に来たばかりでね、どの店が良いとかそういうのを聞ける相手ってのも中々いなくて」

「なるほど。であれば当店は良いかと。ヌーヴェル・ヴァンからエルドエーベルまで取り扱っておりますので」


 一から十まであるよ、と。

 まあデカいし相応って感じだな。


「触っても?」

「ええ、どうぞどうぞ」

「じゃあ――これとか……」


 ん、握りがちと広いな。

 指にちょっと違和感がある。

 あと平坦だから滑りそう。

 それに指に遊びを効かせたら軸がブレやすい。


 柄が幅広なせいで強く握っても指が僅かに浮く。

 それが力の無駄を生むし、柄に滑り止めの工夫がされていないせいで力加減を弱くしている時や汗を搔いている時に外から力を加えられれば武器を手放してしまいそうだ。

 そして柄の形状と重心の位置。その都合で動きやすくするために指に遊びを効かせると軸が揺れる。


「次は~」


 これも握りにくいな。

 こっちは幅は良いけど厚みがちょっと……。

 全体的に手がしっくり来ねえ。

 ま、本題そこじゃないからどうでも良いけど。


「奥は防具? それとも鍛冶場だけ?」

「真っすぐ行けば防具売り場が、途中で曲がれば鍛冶場がございます」

「じゃ、あとで行くか……。お、これは?」


 気になったのは短刀。

 色付けした樹脂のような質感。色は暗い蒼に透明感と金属光沢を足したモノ。

 握り心地は既視感があり、恐らくは結晶金属クリスタリウム

 短刀ながらも両刃、膨らみ反った刃は鋭く滑らかに、凹み反った刃は荒く。腹は広く平たく。

 魔術的な要素はなく、意匠も見た目にはほぼ手を掛けずに実用性での見た目。


「そちらは結晶金属クリスタリウム緋金蟹アカガネガニの金属が割金として使われていて、こちらは重力鉱晶グラヴァイトに微量の夜金……酷使に強い装備構成ですね」

「ヨルガネ?」

「夜金というのは名前の通り夜のような色の金属で、単体なら簡単に砕けるほど脆いのですが割金として他の素材と混ぜることでその合金は硬くしなやかになるんですよ。知名度は低いので知らずとも無理はありません」


 そうなのか。

 まあ知ったからって役には立たなさそうな知識だな、魔道具系の本で目にしたことないし。


「詳しいな。鍛冶師?」

「いえいえ、鍛冶師ではございませんよ。職業柄知っているだけです」


 規模デカい店だしそういうモンか?

 店員が最新機種の情報頭に入れてる的な。


 褒められたことに照れるように首筋を搔く店員。

 手に持ち上げられた白髪。

 隠されていた首の部分に何かの傷跡が見えた。

 爪跡のように平行な二本の線と、その間のモノ。

 線の間の部分は見えたのが一瞬だったから正確な形はわからなかった。


「首のそれって怪我? 古傷って回復薬ポーションじゃ治んないんだっけか?」

「これはただの刺青ですよ。自然治癒で治してそのまま放置した傷は回復薬ポーションでは治りません」

「そっか」


 その手の回復阻害って呪いだけかと思ったけどそうか、自然治癒だと痕残ることあるんだな。

 あ~、そうか。仕組み的にそうだな。

 魔術だと……治癒も無理、回復も古傷は無理か。再生は可能性あるかな?


「さて、お次は防具~っと」


 探査、開始。

 魔力纏い、完了。

 魔力濃度低下、開始。

 低下、低下、低下――低下。

 濃度固定。並行して範囲拡大。

 維持、良好。


 内で固めた魔力をゆっくりと外に出す。

 周囲に紛れさせて、見ずに観る。

 背に纏わりつく視線、監視の目。

 怪しまれないように表では一般客として、内では調査のため。


「重装鎧、軽装鎧、外套。金属製だったりモンスター製だったり……」


 店員の放つ魔力は個人差が大きいな。

 そこらの一般市民程度から俺と同じくらいまで。

 前職開拓兵か?

 おおよその上限、俺と同じかそれよりある程度上の人数は感じる範囲で……八人。

 働く時間帯だったりで変わるから少し増えるかもだけど、大体これくらいか。


「お客様の体格でしたら適正はあちらの辺りです。案内いたしましょうか?」

「さっきの。……んじゃ、頼む」


 今の魔術範囲だと範囲が狭くてダメだな。

 近づかないと具体的な店の感覚は掴めない。

 魔道具の故障確認とかだったら魔力流すの楽だから距離とか関係ないんだけど。


「お客様を見る限り装備は軽装。であればこちらのヌーヴェル・ヴァンの辺りがよろしいかと」

「それって武器の派閥じゃなかったっけ?」

「おおよそはそうですが武器に合わせて防具もお造りになる方もいらっしゃいますし、ヌーヴェル・ヴァン専門としている防具職人の方もいらっしゃいます」

「ま、相乗効果を狙うならそれが良いか」


 地下は――ダメか。

 建物の耐久性能を引き上げるために魔術的な処理をされてるからそこに阻まれる。

 俺の魔力操作じゃ突破できない。


「これは?」

「石榴烏の石爪を繊維処理したモノを布に加工しそれを用いた鎧下着ですね。強い耐刃性能と耐熱性能があります。熱伝導の低下処理を行っているため装着者への一定の火耐性を、しかし通気性もあるため熱が籠りにくく蒸れにくくもあります。が、同時に熱された空気への耐性は少し低いですね」

「魔術アリとはいえそれはそうか。物理に則した防御。耐熱耐刃は結構良いかも……これは?」

「そちらは白鉄晶岩石兵ゴーレムの鉱石を繊維加工した、同じく鎧下着です。そちらは斬撃に加え刺突に対する耐久性能、加えて魔変性への耐性。魔術処理によって一定までの損傷であれば自動修復が可能となってます」

「自動修復ッ。良いねぇ」


 ちょっと面倒ではあるけど反響させるか。


 魔力の反響。

 空気と石のように、大きく密度差のある二物質間では、魔力の伝導が一定条件下で大きく損なわれる。

 通常であればその二つには高い魔力伝導率の差がないため素通りに近い振る舞いをするが、俺が俺の魔力を放つ場合は少し変わる。

 あらかじめ、そこに条件を設定してやれば空気と石での魔力伝導を操作できるのだ。


 魔力、集束。

 解放。

 周期化設定――完了。

 魔力感知――完了。

 情報処理――――――完了。


「いかがです?」

「ん~、身体補助系の効果持ってるヤツってない?」

「身体補助ですか。発散した魔力を体表に留める力を補助するモノであればございますが……」

「じゃ、いいや」


 発散魔力を装備で補助するのは好かんし。

 もう調査終わったからここに居る理由ないし。

 装備欲しけりゃペトラんトコ行くわ。

 そっちのが安心できる。

 でもどうせだしもうちょっと見ていくか。


「これは?」

「そちらは舌に装着する装身具ですね。効果としては一定範囲内の大きさの物質を領域内に入れないというモノです」


 花粉症患者大歓喜!


「主に鉱山で働く方が購入なさいますね」

「こっちは?」

「そちらの指輪は熱変動を抑える効果がございまして主に製鉄関係や鍛冶師の方々が購入なさいます。他には地下溶岩溜まりにおもむく開拓兵の方なども」

「熱変動、ね。値段も安いし買っとくか」


 それに鉱山にもごく一部だけど火とか使うモンスターがいるっていうし。

 ま、こんなモンで良いだろ。




「あ~……メンドくせー」

「どうしたの?」

「この世界に来てから二件目の面倒事ですよ、と。関係ないから気にせんでいいよ……」


 なんか、もう、こう……結論だけ持ってきたい。

 厄介事があるから解決するってのは良いけど、なんか、そこに辿り着くまでの過程がメンドくせー。

 しかも答え導いても提出先間違えたら誤答扱い……クソがよぉ。


「言ってみなさい」

「耳貸せ」

「?」

「犯罪組織黒鉄の墓が表でララリマン鉱業の名で活動して鉱山資源の流通を操作してる。横流しとかの犯罪。それによる物価操作と戦力低下。衛兵に報告しようにも上から三番目の奴が黒鉄の墓の人間、二番目の奴も賄賂で上への報告を止めてる」

「本当なの?」

「ああ、裏取りはした。ついでに言えば奴らの本拠自体は突き止めた」


 いくつか調査しないとと思っていたが、まあそこに関しては運が良かったっぽくて一発で済んだ。

 どうせ運がいいなら街歩いてたら衛兵団で一番目の人と偶然遭遇、みたいなそういうのにしてよな。


「……なるほど、状況は理解したわ。随分と面倒なことに首を突っ込んでるみたいね」

「成り行きだよ」

「でもなんでそんなことするの? 貴方はこの国で生まれたワケじゃないでしょうに」

「あ? ここで暮らす以上は当然だろーが。放置は自殺行為、なら仕方なくとも俺がやるわ」


 何言ってんだオメー。


「そう。……なら知り合いを頼ってみるわね」

「え、マジで? そんな知り合いが?」

「繋がってりゃどうにでもなるわよ」

「繋がるってそういう?」

「そうそう――っておバカッ、普通の繫がりだって私にもあるわよ!?」

「そっか……」


 意外。


「ちなみに時間制限は?」

「ない。わからない」

「状況的にまだ目的が未達成だから今すぐってことはないでしょうけど……なるべく急ぐわね」

「助かる」

「それと。貴方一人でこれに関わって自分の時間として使えてないでしょう?」

「ンなことねぇよ」

「先輩に任せて自分のことをちゃんとしなさい。元々の目的である開拓兵活動もすること」

「うん……」


 心配事ある方がイヤなんだけどなぁ。

 自由時間の時は重要局面とかでもなければ強く意識しないように自己洗脳で制限かけておくか。

 尾を引いても面倒だし数日ごとに効力が切れるように設定して。


「別に異世界人だからこの問題に関わるな、ってことじゃないわよ? ただ新人の貴方に背負わせたくないだけ、これ以上貴方に依存した解決をしたくないだけ。成長のために経験できるなら経験して欲しいし、力を貸してくれるなら貸してほしくもある。けどこの問題はこの国のことで、この街のこと。皆の問題であって一人で背負い込む必要はないの」

「そうか……」


 これまで問題が放置されてたのに?

 ……ダメだ、人の心がわからない。

 ずっとやって来てなかった人間たちにその後を託すってのは普通なのか?

 って、それは俺が衛兵に事件を託そうとしているのも一緒か。

 ……いや、違うな。

 衛兵に関しては事件を個人で解決するのは法的に問題があるだろうって理由で、今回とは少し話が変わる。

 ……なんか、ホント、メンドクセエな。

 

「わかった。ちょっと運動してくるわ」


 あ゙~、もうヤダ。


「憂さ晴らしじゃい……」


 全力で筋トレしてやる。

 動けなくなるまで動く、吐くまで動く、吐いても動く、何も考えられなくなるまで動く。

 よし、そうしよう。

 それが良い。

 そうしよう、そうするべきだ。




――――後書き――――

ヒイラギ

ヒ:あ~、気持ちいい。心臓バックバク、肺が酸素求めて苦しー。脚上がんねー。楽しー。……うひひッ

  (でも最近あまり筋肉の成長を実感しないんだよなぁ。そろそろレベルアップするか? 流石に未だにレベル1ってのは……いや、やめとこ。筋肉がそんなに早く成長するワケもなし、魔術で補助して序盤ズルしたとはいえ着実にやろう)

  鼓動が全身で感じるぅ。頭ボーっとするぅ。……眠い

  (眠い、というか。酸素が足りんし疲労で意識が遠のく。流石に休憩するか)

  水水水水水。――冷たい……

  (やり過ぎ……)

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