第3話 お茶でも

 「休憩時間、よければ一緒にお茶をいかがでしょう」と、藤倉さんが私を誘ってくれたのは、事件(?)の次の次の日のことだった。次の日は書店から連絡が入って、火急のお休みになっていた。まあ後片付けもあるんだろうな、とわりと納得し、一方で、あれは本当にあった出来事だったんだ、と戦慄した。


 「何から話しましょうか。いや、これだと聞きづらいか。じゃあ、何でも疑問に思った事を、僕に聞いて下さい」カフェの席に着いて注文を済ませると、藤倉さんはにこやかに、私にそう言ってくれた。その笑顔はずるい。何でも答えてくれそうに見える。

「まず、一昨日のあれは何だったんですか。なんでうちの書店にあんなものがいたんですか」

「えーと、まず、あれは妖怪、みたいなものだ、と考えてもらえるといいかな。なんであそこにいたのかは……そうだなあ、ここからは絶対秘密にしてもらえます?」

「まあ、話次第で」

「OK。実は、このショッピングモール自体が、そういうものの出やすい場所に建っているんです。なんて言えばいいかな……うーん。そうだな……いわば『次元の裂け目』にある、と言えます」

「なんでそんなところに、モールなんて建てちゃったんですか!?」

「それは……まあ、そういうものがある、って、信じていない人が大半ですからね。現に、あなただって、自分が体験したから分かっただけでしょう」

「それを言われると、まあそうなんですけど……。あ、だから、このモールではしょっちゅう何かが起こっている? それを解決しているのが、藤倉さん―――?」

「ええ。それで合っています」

「藤倉さんって、何者なんですか」

「僕は、そうだなあ、多分今どきの言葉で言うなら召喚士……いや、やっぱりちょっと違うかな。そういう怪異に対して、対応する怪異を顕現させて戦ってもらう、という職業が本業でして」

「陰陽師ですか?」

「いえ、陰陽道は修めていないので……やっぱり、召喚士、が一番近いかな。今回は樹の怪異だということは目星がついていたので、鎌鼬かまいたちを召喚しました。本当だったら、火蜥蜴サラマンダーなんかが一番いいと思うんですけど、何しろ場所が書店なので……周りの本に燃え移って、火事になるとまずいなあ、と」

「ご配慮ありがとうございます」

「いえいえ」

「じゃあ、藤倉さんのペットショップ店長、っていうのは、世を忍ぶ仮の姿、みたいなものなんですか?」

「そこは、そうでもあるようなないような……いや、そこはノーコメントでお願いします」

「えー。なんでも聞いて下さい、って言ったじゃないですか」

「すみません。あ、じゃあ、お詫びにここ、おごります」

「や! そんな! 私の方こそ、命を助けてもらった恩人に! こんなんじゃ全然足りないとは思うんですけど、でも、ここは私が! ……お礼、言えてなくてすみませんでした。改めて、ありがとうございます」

「いえ、お気になさらず。また気軽に、本のお話などできたら嬉しいです。前に伺っていた作家さんが、新刊を出すという噂が気になっていて……」

「え! どの作家さんですか!? 今月出る小説の新刊だと……」

 こうやって藤倉さんと話していると、まるで、一昨日の出来事が夢や幻だったのではないか、と思えてくる。


 でも、ペットショップには相変わらず、ショッピングモール内の店長さんたちが、毎日といっていいぐらい立ち寄っている。きっと、藤倉さんは引っ張りだこなんだろう。裏を返せば、このモール内にはそれだけ怪異が現れている、ということになる。けれど、お店が撤退する、という話はあまり聞かない。もしかすると一番怖いのは、怪異と隣り合わせでも儲けたい、という人の心なのかもしれない。

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ショッピングモール奇談 ごもじもじ/呉文子 @meganeura

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