第2話 ただの夜の贈り物



「お~い、早くー!」


 もう真冬だと言うのに、灰褐色の髪をした少女は元気に走り回っていた。

 白い息を撒き散らしながら、まるで散歩に連れ出した犬の様に俺たちの前を先行する。


 皆で買い物をするのが嬉しいのやら、冒険者ギルド労働に行かないことが嬉しいのやら。とにかく感想は一つ。元気だな、だ。今行くよと返事をしつつ足を速めれば、イグニスは俺の隣でその様子を微笑ましく眺めていた。


「なんか、リュカを見てるとカノンを思い出すんだよなぁ」


「そうかな。確かにあの人も一年中走ってるイメージはあるけど」


「ああ。冬場は動いてないと寒いと言って、あんな感じになるんだ」


 魔女は筋肉教ことフェヌア教を信仰する幼馴染の事を思い出していたらしい。けれど何を思い返すやら、緩む口元はニヨリと吊り上がり。ポケットの中でゴソゴソと手を動かす。


「くらえっ!」


「うぎゃっ」


 どうやら手袋を外していたようだ。頬にピタリと両手を添えられて、反射的に声が出てしまう。けれども赤髪の少女の手は冷たいどころか、むしろ温かかった。安らぐ。


 攻撃が効かずに馬鹿なとたじろぐイグニス。なるほど、カノンさんはよくこの少女を温石代わりにしたのだろう。お返しだと手を握りかえせば、俺の手は良く冷えていたかヒンと悲鳴が上がった。


(仲がいいのう)


 まぁね。イグニスとじゃれついていると、待ちかねた狼少女が、自分もかまえとばかりに近寄って来る。


「今日は冒険の準備をするんだろう? 肉をいっぱい買おうぜ」


「肉も買うけど食料は最後だよ。まずはそうだな、防寒具でも見よう」


 リュカの恰好をジロリと眺めたイグニスは言う。ベルモアを出てから金欠気味のリュカは、服にまで金を回す余裕が無かった。少ない冬服を着回すのでヨレヨレだ。俺もちょうど上着を欲しいと思っていたので賛成である。


 なにせ今回はスポンサーが付いているので買わなきゃ損だった。

 買い出しの主旨は浮遊島への備えである。冬の山に入り、高度2000メートル近くの島を冒険するのだから、用意は念入りにしたいところ。


 運べる重量を考えると厳選をしないとならないが、だからこそ見繕う必要があるだろう。防寒具などは最重要と言ってもいいと思う。


「え~オレはいいよ。ツカサから手袋貰ったからポカポカだ」


「絶対足りないから買っとけ」


 リュカはフンスと自慢げに新品の手袋を見せつけてくるが、手袋だけでどうしようというのか。俺とイグニスは見合わせ頷き、この馬鹿を服屋に連行することに決めた。



「このマント恰好いいなぁ」


「荷物を背負うんだ、それは止めた方がいいね」


 毛皮のマントをバサバサして遊んでいると、イグニスはコレはどうだと膝丈まである黒いコートを運んで来た。俺はまたかよと、やや呆れた目をする。この少女は黒い帽子と外套で身を固めるだけあり、黒を好む傾向があるのだ。


 リュカのコーディネートを任せて良かったのかと姿を探せば、灰褐色の髪をした少女はどうして上品な登山の恰好で纏められていた。なぜだ。


「あ、でもなかなかいいかも」


 羽織ってみれば、厚手のわりに動きやすい。これならば荷物を背負いながらでも剣を振れそうだ。せっかく選んでくれたのだし、これにするよ。そう言えば、赤髪の少女は満足気に頷く。


「じゃあ、それは私が個人的に贈ろう」


「えっ」


 反論をする間も無く、すたこらと会計に行ってしまう魔女。なんというか、してやられた気分だった。今から贈り物を買っても、お返しになってしまい後手感を拭えない。俺だって君に喜んで貰いたいのに。そう思い、ぐぬぬと歯噛みをする。


「ねぇジグ。俺にも贈り物をするような名目はないかなぁ?」


(儂に聞くのは間違っとるじゃろ……)


 しかし優しい魔王様は、一応親身になって考えてくれるようで。やがて、家の煙突から立ち上る煙を見ながら、こう言った。


(サンタクロースからのプレゼント、なんてどうじゃ)


「それいいね」


 季節もちょうど近い頃だろう。こちらの世界にクリスマスは無いが、俺がやってはいけない理由も無い。一年間良い子にしていた彼女たちへ、なにか素敵な贈り物をしようと、サンクロース大作戦を決意する。


(だが、はたして奴らは良い子だったか?)


「…………」


 プレゼントは何にしようかなぁ。不都合な事実から目を逸らし、俺は二人の喜ぶ顔だけを考えることにした。



 イグニスには上質な絹のストールを。リュカにはギルド証なども通せる銀のネックレスを用意して。さて、と俺は宿の布団の上で考え込む。


「あとの問題は、そう。靴下をどうやって入手するかだな」


(おおん?)


 なぜそうなると、不思議そうに首を捻るジグルベイン。馬鹿め、サンタさんのプレゼントは靴下の中に入っているものなのだよ。


(お前さんへのプレゼントは、一度でも靴下に入っていたか?)


「ないけどぉ」


 聖人をリスペクトして何が悪いというのか。贈り物を入れるのであれば、靴下。妥協してブーツだろうなと俺は考える。


 だが野営時ならいざ知らず、ホテル暮らしで使用済み靴下を手に入れるのは難しい。なにせここは貴族用の高級宿だ。洗濯サービスがついていて、風呂に入る時に脱いだものは、籠に入れるとそのまま洗濯物として回収されるのであった。


「残念だけど未使用品を狙った方がいいか」


(当然じゃい。使用済み靴下に贈り物を入れられる身になれ!)


「ちぇー」


 そうして俺は靴下入手作戦に出る。簡単だ、何食わぬ顔で女子部屋に赴き、それこそ二人が風呂に入っている時に部屋を漁ればいいのである。遊びに来たよと扉をノックすれば、計画通りイグニスは無警戒に招き入れてくれた。


 浮遊島への支度を済ませ、上機嫌な魔女。事前の打ち合わせを兼ね、玄関となる山の話などをしてくれる。放っておくといつまでもペラペラと回る舌。話は半分に、適度に相槌を打ちながら、夜に忍び込む経路を探す。


 実は部屋に煙突が無いのだ。なにせ空調の魔道具があるので、部屋の中だけは年中快適な気温である。寝る時は鍵を掛けるので、扉は不可。ならば窓か。隙を見計らい、こっそり鍵を外しておけば、恐らくばれまい。


「俺はもう風呂に入ってきたけど、二人は?」


「まだだよ。けど、そうだな。私も酒を飲む前に身を清めて来ようかな」


 会話の切れ目を狙って話題を誘導する。このまま風呂に入ってくるという流れになれば、理想的だった。しかしイグニスの長話のせいで、リュカにはすでに眠気が訪れているらしい。オレはいいかな、などと言い放つ。


「いや、風呂くらい入れよ。だから足臭いんだよ」


「く、臭くねーけど!?」


「君も女の子なんだから、少しは匂いも気にしような」


 味方がいないことにガビンと目を剥くリュカ。別に普段は気にならないのだが、俺たちは大森林から馬車を牽いている。なので荷台の狭い密閉空間となると、少しの臭いが気になる時もあるのだ。


 そのあたり、イグニスは流石である。乙女力の差とでも言おうか。街中では香水の匂いを纏う貴族女子は、けれど旅の最中でも不快な匂いなど発生させない。


 毎日の清拭は当たり前。それどころかブーツなどの脱臭除菌を徹底しているので、一日歩いた後の蒸れ蒸れの足さえ、ほんのりいい香りがするのだ。つまらん。


「なぜそんながっかりした顔をするんだい?」


「……別に」


 ともあれ作戦は成功である。イグニスはリュカを連れて風呂に向かった。帰ってくるまでの間、俺のやりたい放題だ。


「ハァハァ、イグニスたんの靴下」


(お前さん、目的を忘れるなよ)


「分かってるよ」


 ガーターベルトで吊り下げる長靴下を見て思考が飛んでいたらしい。靴下の群れにダイブしたり、くすねたくなる気持ちを抑えながら、二人の物を一足づつ預かり。忘れぬ内に、窓の鍵を開いてカーテンで隠す。これで準備は完璧だ。



 深夜になり、いよいよ作戦を決行した俺。赤い服は無かったが、綿で付け髭をして、気持ちはまさにサンタさん。よい子のみんなにプレゼントを配るべく、窓から部屋に侵入しようとして。


「馬鹿な!?」


 開かない。確かに開けておいたはずの鍵が、綺麗に元に戻されていたのだ。くぅ、なんて用心深い。


(淫魔の騒ぎがあったばかりじゃしな)


「そうか、俺の部屋に盗みに来たんだもんね」


 警戒度が上がっていたのだ。これは失敗かなと考えれば、落ち込んだ俺の顔を見たジグが任せろと胸を張る。魔王は音も立てずに鍵を破壊してみせようというのだ。


(そんなこと、出来るの?)


「カカカ。まぁ見ておれよ」


 交代をしたジグは虚無からヴァニタスを抜き放つや、窓の隙間に慎重に刃を構えて。

 ヒュン。振り落とされた黒剣は、さながら空振りでもしたかのように、あまりに無抵抗に走った。


 本当に斬れたのかと疑うほどの静かな斬撃。けれど見事に両断をされていて、魔王の鮮やかな手並みに、心ばかりの喝采をする。


「助かったよジグ」


(なんのなんの)


 無事に部屋に侵入した俺は、靴を脱ぎ忍び足で少女たちが眠るベッドを目指した。

 寝顔を確認しほっと一安心といったところか。リュカは感が鋭いので、起きないか心配だったけれど、無事に枕元へプレゼント入りの靴下を置けた。


「ハッピー、メリークリスマス」


(ふぉふぉふぉ)


 親愛なる者たちへ、小声へで告げる。

 さぁバレない内に部屋に戻ろうと窓に足を掛けた時、風でカーテンがバタバタと暴れて。


「貴様、そこで何をしているー!!」


「……げっ騎士団!?」


 灯りを向けられ、下から大声で叫ばれた。止めろ、イグニス達が起きる。

 俺は仕方なく窓から向かいの建物の屋根へ逃げるのだが。感じる既視感におやと思った。


「そっか、全裸の不審者がまだ捕まってないから警戒が強まったままだったのか」


 まぁその犯人も俺なんですけどね。サンタクロースに成れなかった俺は泥棒として騎士団に追われるのだが、よく考えれば今日は別に聖夜でも無かったか。


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ノーブレスオブルージュ ss集 じゅん @kakakanoka

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