暴露配信

星川士郎

 

1:

もうそんな時間か。

画面に着いた「配信中」のマークを見ていつものように画面を開いた。

お気に入りの配信者の生放送だ。

彼はいわゆる「暴露系配信者」というやつで、界隈で有名なインフルエンサーやゲーム配信者のゴシップを暴露したり、バイトがバックヤードで行った馬鹿な行為「バイトテロ」のタレコミを配信している。

バカな人間のバカな真似を世の中に晒すのだ。時としてそれは企業や警察を動かし解決へと導く。敵討ち、鬱憤ばらし、正義の鉄槌。他人のささやかな、けれども表には晒さない醜い人間性が垣間見える生放送を密かに楽しみにしていた。


「ということで今日の放送はですね、シリアスな話題なのでコメント欄に書き込む場合は気をつけて。それから何か情報がある方は俺にDM送ってね。それじゃあ相談者の方と通話します。」

いつもとは違った真面目な声で配信者が言った。

同時にスマホの通知が鳴る。


2:

「それじゃあ今回の相談について一から話してもらえる?」

「はい、ええと…娘のことなんですが…」

「はいはい娘さんのことね。今そこにいるの?」

「…いえ、娘は半年前に亡くなりました。電車にはねられて。」

「あ、そう。その娘さんの相談っていうのは?」

「警察は娘は自殺したっていうんです。学校でいじめられてたんじゃあないかって。それで学校にも連絡したんですけど、そんな事実はないって言われてしまって。仲の良かった子たちも知らないみたいで。だから何か情報を持ってる方がいないか探したいんです。この生放送は娘もよく聞いていて、こんなにたくさんの人も見てるならもしかしてという思いで…」

「なるほどね。じゃあこの情報は出していいのかな。〇〇市立〇〇高校の2年生、亡くなったのは夏休み初日の夜10時ごろ。遺書とかってないの?」

「遺書は残されていませんでした。スマホは破損してしまって…事件じゃないから警察もそれ以上は調べてくれませんでした。」

「娘さんが死んだ理由が知りたくて相談してきたってことね。家ではどうだったの?」

「娘は明るくて、小学校の頃から人気者でした。なんでも親に話してくれるし、今時珍しいじゃないですか、そいう子供って…。」

「いい娘さんだったわけだ。いじめを学校が隠蔽するなんてよくあることですからね。もし聞いてる生徒がいたら俺のところまでDMして。」


3:

ピコンピコンとDMが届く音がする。

こう言う時のほとんどは憶測や妄想やしょうもない噂だ。でも配信なんて活動を長年やっているとその中にたまにある「本物」がわかるようになる。

もちろん俺は配信者だから情報を出すタイミングも考える。流れを作り、演出し、その場のみんなで作り上げるライブ感。これが俺の配信が人気でいられる秘密だ。

いくつかの「本物」っぽい情報を精査して提示する順番を本能的に察知した俺は一つのメールを読むことにした。

相談者の娘が学校で落ち込んでいるように見えたという同級生のメールだ。もちろん偽物じゃないか学生証を示してもらって確かめてある。たくさんの視聴者がいるからこそ俺の元には情報が集まる。それがまた信頼につながるのだ。

相談者はやはり娘はいじめられていたのだという確信を強くしていた。でもこれだけでは証拠にはならない。

いじめられていたような痕跡や目撃情報は一向にこなかった。

でも母親には確信があるようだった。娘がよく連絡を取っていた1人の女の子が加害者ではないかとしきりに主張を始める。チャット欄も母親の意見に同調し始める。

でも俺に言わせれば無視されて仲間外れにされていただけ、なんてよくある話だ。

子供だってバカじゃあない。今の時代、いろんな選択肢があることなんかネットにいればすぐわかる。大人は子供をわかった気になるだけで結局何もわかっちゃいないのだ。逃げてもいいんだ、とか言うくせに本当に子供がネットに没頭したりや引きこもってしまうと嫌悪感を示す。そういう形で逃げるのは大人にとって負けなのだ。

俺は社会経験もないし、年齢的にも立派なおっさんだ。時代についていけないこともある。でも子供の頃、社会からドロップアウトし大人になりきれないからこそ卑怯者の大人に傷つけられる少年少女を救えるのだ。このネットという武器で。そして流れるような大量のコメントもその武器の一つだ。

いわゆるネット民、特にコメントを書き込むようなタイプは良くも悪くも素直な奴らが多い。こいつらは感情的な話に弱い。正しいことが大好きなくせに自分の暴力的な意見には無頓着だ。そして噂好きで拡散能力が高い。彼らを侮ってはいけない。そしてコメントをせずじっと聞いている誰か、それが一番恐ろしい存在であることも経験から知っていた。つまり配信者として成功する秘訣は彼らの矛先をうまいこと調整しつつ、自分の立ち位置を中立にみせ、存在の見えない誰かに付け入る隙与えないようにすることだ。

確かな証拠もないのにいじめがあったに違いないと盛り上がるチャット欄を横目に、そろそろ次の流れを作る頃合いかと俺は口を開いた。

「えっと、もう1人娘さんの同級生だって人が通話できるみたいなので繋ぎますね」


4:

いかに自分を「可哀想な被害者」に見せるかが肝心なんだ、とあの子は言っていた。

そして自分は被害者に見えるタイプではないと。

「もしもし?君が相談者の娘さんと同級生だったAさんであってる?相談者と面識は?」

「はい、同級生でした。彼女のお母さんとはあったことないです…でも話は聞いてました」

「話っていうのは?」

「家出したいって言ってました。お母さんとうまくいってなかったみたいです」

「それは本当ですか?相談者さん」

「娘がそんなこと…いうはずないです。仲も良くて、この配信のことも娘から聞いたんです…!」

「うまくいってないていうのは具体的にどんなふうに言ってました?」

「ちょっとそんなことないって言ってるじゃないですか!」

「まあまあ、相談者さん、落ち着いてください。いろんな視点から話を聞かないと全体像は見えてきませんので」

「えっと、まずお母さんがいじめっ子だって怪しんでる子は、娘さんと1番仲がいい子です。彼女は自分がお母さんから嫌われてるのを知っていました。それで距離をとったこともあるけど相談者の娘ちゃんが理由を聞いて仲直りしたみたいです。なんで嫌われてるかってわかったかってゆうと、通話したり遊んだりするのを娘ちゃんが禁止されてたからです」

「それはそのいじめっ子にパパ活とかの…悪い噂があったからなんですよ、娘を守りたいって思うのが母親じゃないですか。」

「確かに加害者だと思われてる子は母子家庭でバイトとかしてて派手に見える子だからお母さん的にはそう思っちゃうのかもしれないです。でもそんな悪い噂うちらの間にはありませんでした」

「でも娘はちょっと抜けてるところもある子だから、そういう子に影響を受けてほしくなかったんです」

「そういうところが嫌だって言ってましたよ」

「え?」

「お母さんのそういうところが嫌だったみたいです」


5:

コメントの流れが変わっていく。最初はいじめに憤り、母親に同情していた視聴者が母親へ疑心を抱き始める。うまいなこの子、と俺は感心した。被害者のポジションどりがうまい。喋り方も落ち着いている。客観的に自分がどう見えるか、わかっている子だ。母親は本能的に可哀想と同情され注目を集めることに快感を得るタイプだろうと事前に通話していて俺は勘づいていた。教えてもらったSNSのアカウントでも娘はいじめで殺されたと感情的に煽っていた。このアカウントだけを見ていたら母親の主張が正しいと思ってしまうかもしれない。被害者のポジションをうまくとった母親のアカウントはフォロワーもそれないりにいて賛同者も多くよく拡散されいた。でも同時に俺はほとんど誰にも拡散されていないアカウントからも情報提供されていた。母親から加害者だと名指しされた少女のアカウントだ。

アイコンは初期設定の簡素なもので書いている内容もなんとでも取れそうな曖昧なものだった。なんとなく身近な人間を亡くしたのだろうとわかる程度の。

「あの母親の言うことは虚言です」

そのDMに相談者の娘から託されたという手書きの遺書の画像が貼られていた。


「遺書というよりダイイングメッセージです」


6:

配信に出て話してくれた子はうまくやってくれた。自分ではあんなにうまく流れを作れなかっただろう。自分の性格はよくわかっている。喋り方とか態度とか、嫌われる要素しかない。

見た目も派手でクラスのみんなから遠巻きにされていた。不良みたいなやつは近づいてきたけど、正直話が合わなかった。私は大学に行きたくて、バイトしながら勉強を頑張っていた。自分へのご褒美として化粧やネイルをバイト代で買っていた。母親は夜勤で忙しそうだったけど、着飾る私をいつも褒めてくれた。クラスで孤立していた私に話しかけてくれたのは亡くなったあの子だった。真面目な印象だけど女子からは人気があった。優しくて裏表がない子だったからだ。あの子と仲良くなるにつれ家に帰るのが苦痛だという相談を受けるようになった。母親が過干渉で父親は無関心なのだと言っていた。過干渉なんていいじゃないかと私は思った。夜遅くなると心配してくれて、送り迎えもしてくれる。うちの母親は私を放置気味だったから羨ましいとさえ思った。でも聞いていくうちに私にもそれは自分の娘を信頼していないからこその行動なのだと理解できるようになった。理想の娘になるように子供の頃から考えや行動を制限されてきた、それが苦痛だったと今になって理解したのだとういう。それもそうだ、私は自分の意見を母親の顔色を見て決めたことなんか一度もない。でもそれはあの子にとって日常だった。自己表現すら母親の思い通りでなければ不機嫌な態度を取られて、自分がいつも悪いことをしている気持ちにさせられていたのだ。配信だって隠れて聞いていた。私に例の配信者を教えてくれたのはあの子だった。逃げ場になっていると言っていた。私にはよくわからなかった。でもあの子が隠れて反抗できるものがあるのは嬉しかった。あの子はずっと苦しんでいた。母親の理想の娘でいられないことに。それがおかしいと理解しながら自分は恵まれた環境だから愚痴は言えないと押さえ込んでいた。前触れがあったどうかはわからない。いつも通りの日だった。通過する快速電車に飛び込んであの子は死んだ。

うちのポストに手紙が入っていた。手紙って。そう思った。ルーズリーフがネットで見たらしいハートの形で丁寧に折られていた。

「遺書というよりダイイングメッセージです」

その書き出しで血の気が引いて、最後まで斜め読みしたけど内容はほとんど入ってこなかった。遠くで救急車のサイレンが鳴っていた。もう会えないのだという実感だけが痛いほどあった。

遺書には今まで母親にされたこと、逃げる方法がわからないこと、自分は被害者とは思ってもらえないだろうことが書かれていた。そして娘との夢のような日々が綴られている母親のSNSアカウントのID。きっとあの母親には現実はこう見えているんだろう。私は淡々と日常を送りながらそのアカウントを監視していた。何もアクションは起こさず、相手に見えないようにただ見続ける。スクショを撮る。あの子とのやりとりと比べる。どっちが本当とか嘘とかじゃない、きっとどっちも本当だ。でも感じ方が違った。そのことに母親は気づいていない。そしてある時を境にあの子は私にいじめられて自殺したのだと書き始めた。それは瞬く間に拡散されて私は見る人が見ればわかるレベルで特定されていた。私は加害者にされてしまった。不良だと噂も書かれてもうこれでは私がなんと弁明したところで無駄だ。ネットなんて見るのをやめたらいいと思っても頭の片隅にいつもそれがあって私の日常を邪魔してきた。

そういう日々が続くうち、隣のクラスの女の子が話かけてきた。配信で話してくれた彼女だ。彼女はネットの噂を知っていた。自分でも配信なんかをやっていてフォロワーも多いらしい。可愛くて自分の見せ方をよくわかっている頭のいい子だった。彼女は私があの子をいじめてないという確信を持ってくれていた。仲がいいわけではなかったけど、もしかしたら変わった家庭環境で育ったもの同士の共感があったのかもしれない。信頼できる子なのかもしれない、それ以前に疲れ果てていた私は彼女を信頼したかった。そしてあのルーズリーフを見せることにした。

「いかに自分を可哀想な被害者に見せるかが肝心ね」彼女はそのフレーズが気に入ったようだった。私たちは母親のSNSを監視しつつ作戦を練った。自分たちをいかに可哀想に見せるか。真実は思い込みや演技の前では胡散臭い。彼女はただの演技ではダメだと言って演出を付け加えることにした。例の暴露系配信者だ。


7:

驚いた。僕以外にも母親を怪しんでいた人がいたのか。なんとなく察しはついたが立場上黙っておくことにした。配信が始まったと同時に配信者から連絡が来ていた。例の母親について元々は僕が告発する予定だったからだ。でもこっちの方が真実味がます。僕は男で教師だ。まず怪しくないことを示す必要があるが同級生の少女だったらその手間もかからない。隣のクラスで自殺者が出た時、当然僕の受け持つクラスも騒然となった。ネットで活動している生徒を何人か知っていたから気を配っていた。その時あの母親のアカウントを発見した。初めのうちはいじめがあったなら教師である僕が気づくべきだったと落ち込んだ。そんな時クラスメイトの少女から相談を受けることになった。隣のクラスの女の子はいじめで自殺したのではないと彼女は言った。これは正しくないことですよね、先生。まっすぐこっちを見る彼女に僕は少し恐ろしくなった。彼女は見てるのだ。偽善や嘘を。子供だった頃を忘れ綺麗事を振りかざす大人たちをこんなさめた目で観察しているのだ。配信が進むにつれ彼女は僕に相談を持ちかけた時よりはるかに精度を増した情報で母親の思い込みを打ち砕いて行った。追い詰めたのは、選択肢を奪ったのはあなただと。なぜ気づいてあげなかったのだと言いたいのだろう。人は後悔して生きるべきなのだ。大人になると自分の責任や悪意に気付かず生きていくことが平気になってしまう。実際は力を持ちながら可哀想な人間で居続ける卑怯さを、誰も指摘すらできなくなる。みんなそうやって生き残ってしまった大人たちだから。

僕は配信者に彼女の言ってることは本当ですと言って証拠になるような画像を添付した。自殺したあの子のインスタ裏アカウントのIDだ。鍵はかかっていないが限られた人にしか教えていないようだった。1番最後にあの子があげた写真は今回いじめっ子とされた子とカフェに行った時のものだった。教師が生徒の裏アカウントを知ってるなんて気持ち悪がられるかもしれませんが、と付け加えた。当然だ。でもネットとはそういう場所だ。見つけられる人には見つけられる。誰かが見ている。僕はネットで際どい発言をした人のスクショをとっている。ジャンルごとに非公開リストに入れて監視している。スクショは最悪のタイミングで誰かに提供する。そんな最悪なことをやっている。綺麗事を幾つ並べても正しいことなど時代によって変わる。それが発言の矛盾を生む。もうそれは取り消すことはできない。覚悟があって発言してる人はどれくらいいるのだろう。彼女は本当に賢い子だ。いじめ加害者にされた子もネットには浮上しているように見えない。リスクを理解して行動している。その行動が視聴者にとって好ましく見えたのだろう。SNSでも母親がおかしいといった意見が出てきた。母親は理解できていないようだった。自分がいかに良い人間か、娘を愛していたかを語り出したがもう遅い。その行動は胡散臭いのだ。可哀想ぶるのはそもそも間違いだ。弱さは強さにはなり得ない。利用されるだけなのだ。


8:

あり得ないと思った。娘はいい子だった。他の子とは比べ物にならないくらい。

確かに子供の頃は親戚の子と比べて出来の悪い子だなと思って落ち込んだこともある。よく風邪をひいて学校を休むから従兄弟は皆勤賞をもらってるのにと鼓舞するつもりで言った。娘の負けず嫌いな性格をうまく利用できていたと思う。趣味や得意な教科が自分に似てくると可愛さが増した。自分の子供の頃を見ているようで子育てとはなんて素敵なものなのだろうと感激していた。しかし成長するにつれ私とは違う面が際立つようになった。私は真面目で性格もよくみんなから好かれていた。今は疎遠になってしまったけれどいつもクラスの人気者グループにいた。だから娘が性格の悪そうな不良を連れてくるととてもイラついた。子供だからわからないのかもしれない。私はよくSNSで娘のことを愚痴っていた。みんなが励ましてくれた。自慢もした。自分の人生が煌めいていた。

しかし突然娘は死んだ。スマホには何も残っていなかったが家では問題なかった。となるとあの不良にいじめられたとしか考えられない。あんな派手な子が娘と一緒にいようとする理由なんて利用するためとしか思えない。学校にも必死で訴えたが取り合ってもらえなかった。そのことをSNSに書くとみんなが同情して応援してくれた。私と娘のことをわかってくれるのはフォロワーしかいない。

それなのに。

「やっぱりおかしいと思った」だとか「嘘つき」なんてコメントがついている。あの配信に出たせいだ。あの配信者は若者人気で可哀想な人を助けてくれるって教えてくれたのはSNSで繋がった人だ。なのにどうして私が攻撃されなくちゃいけない?可哀想なのは、泣きたいのは私の方だ。大体毒親って何を見てそう言ってるのだろう。嫉妬だろうか?みんなどうかしている。


9:

「昨日の配信すごかったね」

動画編集を手伝ってくれるマネージャーが話しかけてきた。ネットニュースにもなってるらしい。

決め手が重なって母親は完全に被害者から加害者になった。娘を追い詰めて死なせた自覚のない毒親。

視聴者の満足度も高かったようで神回と言われて視聴回数も伸びている。母親はあれからSNSで発言していないが批判コメントは増え続けている。

真実がどうかは知らないが、実に真実っぽい流れが作れたと思う。みんなも楽しかっただろう。正義が悪を倒す物語の一部になれるのは。

俺はあくまで第三者としてあの場にいなくてはいけない。可哀想な被害者でも叩きのめされる加害者でもなく無関心の第三者。それが1番安全で賢い位置だ。

正義感がないわけではないけれど、配信者としては配信が面白ければ相談者たちの真実などどうだっていい。昨日の相談者の物語はもう幕を閉じたのだ。

今後は考えない。どうせみんなそれなりに生きていくのだから。

視聴者も彼女たちも、それから君も。

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暴露配信 星川士郎 @shirowhoshikawa

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