第32話 エピローグ 🍃
盂蘭盆会前の八月十一日から書き始めた下書きの筆を置いたのは同月二十七日で、せっかちで一心に先を急ぐ癖の作者ゆえ(笑)例によって超特急の執筆と相なった。ひとりの極めて個性的な女性作家の生涯をたどってみて、いつもながら、その人物に憑依されたような、熱い血潮に酔わされたような、高揚した気持ちに駆られている。
プロローグでは自分に似ていると書いたが、それは見当違いだったことが途中からあきらかになり、意表を突く暴走の連続に途惑いながらの執筆となった。そんなタイさんに翻弄され、こんなふうな生き方で本当にいいのか煩悶を重ねるうちに意外にも身内贔屓めいた思いがふくらんで来て、本人に代わって弁明したくなったりもした。
――ねえ、あなた、諏訪高女に首席で入学したんだから、もっと優等生の人生を選べたんじゃないの? なのになぜ茨の道を? 世間からはそう言われるだろうけど、この世にただひとり丸裸で生まれて“来させられ”、その瞬間からなにがなんでも生きねばならなくなった人間のひとりとして、この道しかなかったのよ、わたしにはね。
そして、名前を思い出せないほど数多の男たちのうちで、真実タイを愛してくれたのは「一流の女賊になるんだぞ」と送り出してくれた父親だけだったのではないか、そう気づくと、さらに稀有な一生が愛しくなった。わたしたちはみんなきれいな顔をしたがるけど、おそらくひとり残らずミットモナイパーツを抱えているんだし……。
*
拙いペンを顧みず大先達の生涯に分け入ったご無礼を、ここにお詫びいたします。そんな作品に寄り添ってくださった読者のみなさまに心から深く感謝申し上げます。ほとんど狂奔と言っていい破天荒な一本道を疾風の如く駆け抜けた女性作家の健気な軌跡にあらためて深甚な敬意を表しつつ、謹んで泉下のご冥福をお祈りいたします。
[完]
※ 参考文献
戸田房子『燃えて生きよ――平林たい子の生涯』(新潮社 一九八二年)
群ようこ『妖精と妖怪のあいだ――平林たい子伝』(文藝春秋 二〇〇五年)
ラビリンス/小説・平林たい子 🪶 上月くるを @kurutan
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